第10話 染谷道浩
染谷道浩
私は何を見ているのだ。先程まで華奢なまな板JKに世間の厳しさをわからせようとしていたのに。目の前の女、いや男、いや聞き覚えのあるあの声のアイツは…
「久しぶりだな。
「お前は、殺したはずだ」頭では、現実では間違いなく殺し、もう過去の人物だと理解している。しかし目や耳や鼻、肌に触れる空気までもがアイツの存在を認識している
「殺したってどうやってだ。現に俺はここにいるぞ」アイツは昔みたいに舞台俳優のように歩き窓を背にした。逆光で表情が読めない
「そんなはずは無い! あの後學園同窓会からお前の訃報が回ってきた。葬式をしているのも部下に確認させた。報告書に目を通しても間違いはなかった」トリックだトリックに違いない。幽霊なんてパチもんなんかある分けが無い。だって目に見えないものなど存在するわけが無い
「そうだよ、丸ちゃんの言う通り。俺はあの時死んだよ。今ここにいるのはこの子の体を間借りした幽霊、お化けさ」アイツの目が紅く光った気がした
「やはり貴様はサタンの手先か。プロテスタントの家を、親を持つ異端者め! 」十字架をアイツに向けローブから以前教祖に買わされた聖水を手に取る。アイツは両手のひらを上に向けやれやれと呆れた素振りを見せる。
馬鹿にするのも今の内だ。全てこの女の演技であろうと関係ない。聖水をぶつけて怯んだ好きに体当たりで窓から落としてやる。聖水の中身などただの水だろうが一瞬気を引けばいい。高い金を払ったからには役に立ってもらわねば。悟らせないためにも取り乱すふりをせねば。
「悪魔めっ、これでも喰らいなさい」灰皿を力いっぱい敢えて狙いを外して投げた。勿論当たらない。次は聖書を同じ場所に向かって投げた。窓ガラスは目論見通りに割れた。
「丸ちゃん、ものは大切にしろって先生教わっただろう」
「減らず口を叩くなっ」焦ったふりをして机にあるカップや鉛筆を投げつける。幾度も笑いながら躱すが笑っているのも今のうちだ。ここは5階だ。もし本当にアイツが乗り移ってたとしても体格差は歴然。力押しで今度こそコンクリートとという地獄に落としてやる。
「くそっ、悪魔め、他人種族や神道仏閣の猿め、神にひれ伏せっ」もう投げるものが無く方で呼吸をして疲れたふりをした。アイツは私が無意味に放ったと思っている文房具を目で追って窓の方を見た。
好機。私はやつの胸めがけ本気で聖水を投げ、同時に駆け出した。アイツは反応が遅れ聖水が腹に当たった。
「ぐぅ~ 」俺はそう言って手で顔を抑えて痛がる演技をして借りてる体で蹲った。
「なんと! 」まさか聖水が本当に聞くとは3000ユーロを支払っただけの事はあって本物だったのか。首からかけたロザリオをアイツの顔に向けると明らかに嫌がって苦しんでいる。「やはり悪魔だったか。このまま神の威光にひれ伏すがいい! 」やはり効いている。このまま十字架を向けていれば… 少しだけはだけたスカートから少年のような筋肉質の生足に思わず股間の十字架が熱くなった。「ふひひ、馬鹿にしたこのJKも性的に可愛がるとしようか」私は胸のリボンに手を伸ばした。
「なんちゃって」へっ? と思う束の間胸に伸ばした手首を捕まれ、左手に持つロザリオをひったくられた。
「こんなもん、効く
「ああ、そんな」まずい、隙きを突くはずがこのままではこちらがやられてしまう。自分のホームグラウンドにいるはずなのに、絶対的に優位なはずなのに。苛立ちつい歯ぎしりをしてしまった
「震えて可愛いじゃないか。どうだ〜 十字架も聖水も効かない本物のお化けだぞ〜 殺された無念を晴らす為にこの子に取り憑いてここまで来たぞ〜 」
「あ… ま、待てこのまま私を殺したらこの少女が殺人者になるぞ。それでもいいのか」声帯を震わせ膝の震えを止め両手を振り、捻り出した声でなんとかこの凍える場所から逃げ出さねば。あいつが人を小馬鹿にしたような舐め腐った声を出す時は本気の証だ
「往生際が悪いなぁ、この期に及んで。大丈夫。安心して、丸ちゃんがこれから感じるのは俺が前に感じた死ぬ程度の痛みさ」
「ひっ」肩を手に置かれ耳元で囁かれた。脳髄に響く魅惑的な声。かの堕天の誘惑はこれほどまでに甘美な響きから始まるのか。アイツの手が離れ何故か私から少し距離を取った。少女の全身を目に収め緊張が若干和らぐ。割れた窓から強い風が吹き込み支部長デスクの書類が舞う。カーテンが揺れる。蛍光灯のスタンドも振り子のように動き明かりが消えかかっては点灯を繰り返す。ふいに支部開設時の集合写真が落ちて割れた。音に体がビクッとするが目はアイツから離れない。
点滅が終わり暗くなる。くもり空の薄明かりのみになるが少女の姿はよく見えた。おもむろに彼女いやアイツは自身のシャツを少しづつめくった。柔肌がスカートとシャツの間から覗きその隙間は胸のすぐ下まで上がった。そして右腹を後ろから岩が突き破った。岩は腹部の右半分をえぐって床に落ち身体から血が溢れモツが
「こっちを見ない方がいいぞ。流石にグロいだろう。でもその血がお前に触れたら感じられるぜ」何かを想像し声にならな声で懸命に後ずさり壁に背をつけた「熱くて痛くて辛くて気持ちいい世界」血の泉は勢力を増して行く。足音が近づくとよりアイツの目と同じ紅が近づく。恐怖ですぐ下を向いて目を逸らした。
「どうしたの。女子高生の腹筋とくびれだよ」急に取材をしていた時の少女の声が聞こえた。こんな時に自分の煩悩は女の肌を見たがっている。だが絶対に見てはダメだ。だってアイツがそう言ったから。
血の雫がぽつんぽつんと音を立てる。アイツ以外の辺りを見渡すといつの間にか部屋中が紅に染まっている。雫が王冠を作る音が迫る
「こっちを見るな… 」あいつの声。眼を瞑り耳をふさぐそれでも声が聞こえる
「こっちを見て… 」足元から
「ここを見るな… 」頭上から
「ここだよ見てみな」後ろから壁から座っている下から、耳をふさぐ自分の手のひらから。老若男女すべての声色のあいつの声が! 血の滴る強烈な小さな音が! いつの間にか顔が引きつり目が閉じられていない。やめろやめてくれやめてくださいおれがやったやりましたもう分かった頼む許してくれっ
「おじさん大丈夫」肩に感触、あの少女の声。はっとして顔を上げた
「だーめ。許さない」アイツの満面の笑みを浮かべた臓物を見た衝撃と痛みで私は
「おい、起きろ」急に意識が覚醒した。少し眩しいが誰かが体を揺さぶる「おい、しっかりしろ。返事もしなさい」まばたきを何度か繰り返した所で視力が戻った。目の前には警察と思しき二人組がいた。
「なんだ、なぜ警察がいる… 」一拍置き状況を思い出す。そうかあの女子高生が通報したか。奥で別の警官と何やら話している。だが無駄なことだ明らかな現行犯でも無ければあのガキだけの証言では
「名前を答えなさい。年貢の納め時だが確認しておく必要があります」はやりおって若輩察官が
「証拠はあるのか。令状もなしにこんな不当捜査逆控訴してやる」証拠になりそうなテープレコーダーは壊した。この部屋には監視カメラも無い。どちらにしろ今日のことはうやむやで終わりだ。
「ありますよ」あの少女の声がさっきよりずっと低い気がするが
「何を言ってる」
「おっさん。このリボンにはね」言いながら少女はリボンを外す。留め紐が非常に長くその先には親指2本ほどの機械があった「それでここをいじると」リボン中心部の銀色のボタンから光を反射する管状のものが
「ま、まさか」もしかして隠し…
「カメラが内蔵されて、今までの一部始終は@ローマンガさんの生配信チャンネルで中継中ですよ」
「待て、許可ない録音録画は証拠能力が」鑑識らしき警官がビニール袋に入れたテープレコーダーを運んでいる。私はレコーダーの裏面にカメラレンズを見つけた。こいつはじめからそれを下にして敢えて見えないようにしおったのか。
「あれ、最初に聞いたじゃないですか。記録してもいいですか、って」
「このメスガキっ」立ち上がろうとするも取り押さえられ顔面を床に押し付けられた。「離せっ、離さんか。国の犬どもが」
「おっさん、まだ気づかないの」奴は髪を掴んだ手を下ろす、一緒に髪の束も下りカツラだった事を明かされた。少女いや少年を見て戦慄した。あの髪型とあの役者のようなわざとらしさは…
「ああ、あああ」
「どうしたんですか〜 」あの馬鹿にした喋り方は!
「観念しなよ、丸ちゃん」私は気を失った。
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