第8話 西方カト教会

   西方カト教会


 自室でノートパソコンを開いてあの西方カト教会について調べてみた。しかしパソコンは毎回電源を入れてパスワードを入力するのが面倒くさい。学校から配られたタブレットは制限が多くプライベートでは役立ちにくいうえ検索履歴がすべて学校に筒抜けらしい。本当は自分専用のタブレットが欲しいけど流石に高価でお母さんにねだりにくい。

「PCあるだけ十分だろ。むしろこっちの方が色々できるだろ

「ちょっと静かにして」あいよっと彼は小さく返事をした。検索をしてみると色々出てきた。

 西方カト教会。正式名称『西方キリストの導きを望む日本カトリック教会』いわゆる紀元後に成立した比較的新しい(そうは言っても2000年近く前の)一神教の外国神教で基督キリスト教の一派と自称する宗教法人だ。

 教団の結成は50年程前。古代から欧州を始め白人国家に信仰され、その欧州国家が外国を征服した際に拡がり後の中世の宗教改革でカトリックとプロテスタントに分かれた。そのカトリックの総本山であるバチカンで洗礼を受けた「アザミーイッキ」なる人物が教祖の団体である。

 教義はカトリック教会と若干の差異があるものの大まかに同じで新約聖書を教典としそれを教祖アザミーイッキが独自解釈を加えたものになる。日本の神仏の否定と破壊目指すのみならず基督教以外すべての宗教を邪教、異端として聖書を布教し全人類を主のもとへ導き、主の名の下に世界平和をもたらす。また人間であるホモサピエンス以外の亜人種は人を惑わす悪魔や怪物とし人権の撤廃を目的としているらしい。調べ始めて5分、これだけで以前の旧バチカンの思想をより過激にしたカルト団体だと分かった。

 新興宗教団体として僕のような普通の高校生がその名前となんか胡散臭い団体とは認知している程度にそこそこ知名度があり、ちょくちょく詐欺や暴行脅迫などの犯罪をニュースで取り上げられているイメージだ。昔テレビを賑わすような事もあってか組織的に殺人や地上げなどをしているなどの黒い噂も絶えない団体である。

 「にしてもなんで外国宗教、特に旧基督教系の新興宗教団体は日本排斥とか亜人種差別を前に出してるの? 」僕は素朴な疑問を投げかけた。なんでも彼は大学時代に専攻学問の派生として詳しいらしい。

「簡単に言えば限りなく神に近い自分たちが劣等な人種に負けたのが悔しいからだろ」染谷さんはかいつまんでの説明を始めた。


「歴史の授業である程度は知ってると思うけど分からないことはその都度聞いてくれ。

 室町時代日本にバテレン宣教師が訪れて宣教の傍ら人間亜人問わず攫っては奴隷として出荷してたのは知ってるよな。その奴隷たちが外国で日本のことを伝えると多くの白人以外特に亜人族は自分たちの待遇との違いに衝撃を受けたそうだ。宣教師たちが伝えた黄金の国ジパングという言葉も相まって遥か彼方に楽園があると認識されていた。また余談になるが宣教師の他にキリシタン大名や九州の大名の一部が奴隷出荷を続けていたので太閤秀吉がキリシタン弾圧をしてそれをやめさせようともした事も欧州の市民にも伝わっていたそうだ。

 だいぶ経って明治維新を迎えた後日本は外国から多くを学び近代国家となり富国強兵の一環として自国から逃れた亜人種族を積極的に受け入れていた。日清戦争当時は欧州各国が世界中に植民地を作っていて、80年以上前の世界大戦時には世界の8割以上が白人種の国家が支配していた。もちろん極東の島国である我が大日本帝国もそれに飲み込まれる可能性もあった。武力でも宗教や文化の面でもだ。まあ当時日本は日露戦争に勝利して、名実ともに列強の仲間入りを果たし注目を集めていた。

 そうなると亜人種族の移民や亡命は更に加速していった。もちろん帝国でも亜人種族への偏見や差別はあったが八百万の神などアミニズム的考えを持つ神道の日本では他の大国に比べれば天と地の差だった」

「人馬族とかのこと? 」

「そうそう、分かりやすい所だと人馬族ことケンタウロスなんかがそれだな。日本だと認めた者しか背に乗せない誇り高い種族で、戦国最強の武田騎馬軍団のイメージだが海外では乗り捨てる家畜で上半身を麻袋で覆って酷使していたからな。種族ごと色々違いがあるが白人以外の有色人種も亜人種並の差別を受けていた事も忘れてはダメだぞ」

「先生みたいだね」と茶化すが気にせず、続けるぞと彼は言い

「なんやかんやで大日本帝国は力やその支配域を増していくうちに少しづつではあるが外交的に追い詰められて開戦となった。ここからはまだ授業で習ってない部分かも知れないから細部は省くぞ。

 ドイツとイタリアと三国同盟を組んだ日本。ドイツ、イタリアその他枢軸国は欧州戦線で、日本は主にアメリカと中国相手に太平洋東アジア戦線で互いに多くの死傷者を出した。アメリカは日本の数百倍の物量があった。にも関わらず攻めきることが出来ずに長い戦争状態に兵士や国民に厭戦感情が高まり続けた。最終的には外交交渉で条約を締結し終戦宣言を行った。条約内容は日本は満州などいくつかの併合地の放棄と敗北宣言を行うこと。アメリカなどの連合国は日本への軍事行動の一切を終了と随時国交及び交易の回復で合意した。

 日本の敗北宣言とはいえアメリカや白人国家からすれば動物かそれ以下の存在である日本相手に事実上痛み分けになった事が宗教的な考え方からも許せないのだろうよ。当時の日本に対する連合国のスローガンが〈神に仇なす悪魔を討伐せよ〉だからね。基督教の教えでは主のもとに平等であるのは人間のみで他の言葉を話すもの達は悪魔か怪物という考えが中世や近代では一般常識だったからな」僕はつくづく一神教は度し難い存在だと思った。しかし

「間違えても一神教や基督教が害悪な存在だと考えるなよ」

「どうしてさ。だってあの宗教が無ければ他の民族への弾圧や差別もなかったはずでしょ? 」

「諸悪の根源はは宗教でなくてそれを私利私欲に使って権力維持の道具に使う人の悪意だ。今まで説明した基督教やカトリックの教えは本来の聖書やジーザスの使徒たちの書簡には無いものだよ」

「え、そうなの? 」

「ああ。元々神の下の平等だとか隣人を愛せなどはあるけど白人以外は人で無いと言うような教えは無くて、信者を増やし勢力を増やしたい教皇庁が長い歴史のなかその都度自分たちやその土地の市政者が都合のいい形に変えて行ったのさ。確かに神道や仏教などの多神教に比べて尖鋭化や過激化はしやすい傾向にある。ただそれは多神教でもありえる話なんだ。今現在の常識で過去の人の行動や考えを裁くことはよくない。それはあとから生まれただけで知り得た情報を武器に自分たちを上に置いて安全圏から馬鹿にする。まさに亜人種を差別し続けた白人たち同じだからな」

 僕は言葉を無くした。いくらでも言い返せそうな論理なのにまるではるか昔から人間たちを見てきた様な物哀しい凄みを感じたからだ。

「説教臭くなちまったな。歳を取るとこれだからいかん」ふっと凄みがなくなったみたいだ「まあ単純に自分がいじめて毎日お菓子を取り上げていたのにある日反抗してきて、お菓子が貰えないことよりも反抗することが気に入らなかった。そんな感じだよ」

「なるほどね」ふたたびパソコンに向き直り西方カト教会について検索を再開した。以下ネットの掲示板やまとめサイトなどの教会に対する噂である。

 田舎や道にある小さな神社や祠を破壊している。(解像度の悪い写真付き)

 仏像や刀などの御神体を盗んで闇マーケットで売りさばいている。

 帝国各地のパワースポット付近にアジトを建ててそこの力を悪用したり破壊活動をしている。

 子供を攫って生贄に捧げる儀式をしている。攫うだけでなく信者達は孤児院から引き取っては慰みものにして大陸に向け人身売買をしている。

 宗教団体を隠れ蓑にして日本弱体化を狙うテロ組織である。バックにはお決まり大陸の某国。

 駅前の勧誘時に着用している白ローブは教義上洗剤を使えないで夏場は結構臭い。

 SNSで頻繁に布教活動をしているがリプライで論破されている。

 公式ホームページの布教用アニメがクソ笑える。

 敵対する宗教家やジャーナリストや政治家をポアと言って暗殺している。(リスト付き)

などなど・・・

 他にも色々あるがアホらしくなって来たので今日は寝ることにした。


 「おはよう昨日は良く寝たか」

「そこそこ」あくびをして1階のリビングへ。すでにお母さんが朝ごはんを用意してくれていた。

「おはよう。ちょうど起こしに行くところだったわ」

「おはよう。いただきます」手を合わせて机に乗った2人分のスクランブルエッグの自分の分を頬張った。

「お母さんもう仕事に行くからいい子にしててね」テキパキと水をためた桶に食器をいれている。エプロンの紐を解いている時に玄関のベルが鳴った。「はいはーい」

「僕が出るよ」

「ありがとう。助かるわ」

「ん」麦茶をコップに半分残して荷物を受け取った。

「ありあしたー 」間の抜けた声の配達員は軽トラに戻ってエンジンをかける。走り去るとあの事故現場が見える。崖、落成防止用の鉄製ネット、誰かが描いたのかバランスの良い大きさの鳥居の絵。

「どうした」

「なんでもないよ」ハンコを靴箱の所定の位置に戻し荷物を端に寄せて食卓へ戻った。お母さんは出る準備を終えてコーヒーを飲んでいる。

 「あるがとう。こんな早い時間に届けるなんてちょぅと迷惑よね」

「そうだね。受け取り時間が午前中になってたから仕方ないよ」

「そっか。じゃあ仕方ないね。でも便利になったものね。あんたが年長さんの時はまだ時間指定なくていつ届くか全然わからなかったのよ」

「ふぅん」

「ただでさえここは集荷センターが遠いから荷物は朝一番か夏でも日が落ちてからのどちらからだったのよ」

「へー 」ん? どういうことだろう。何かが引っかかる。

「天気予報も確認完了。お母さんは行ってきます」そういいながら軽く敬礼のポーズをして早足で出発して行った。

 食べ終わったあと食器を洗い乾燥台へ置き部屋へ戻った。動きやすい服装に着替えて道に出る。染谷さんと僕が事故にあった現場に行く。

 すこし彷徨うろつく。キョロキョロ辺りを見回す。車がぶつかったであろう凹みがまだ岩壁に残っていた。落下した大きな岩は道路の隅、邪魔にならない位置にまとめて移動してあり干からびた花束とワンカップのお酒が備えてあった。頭上の崖を見上げると斜面に崩れた痕も岩が通った跡も分からなかった。ただ

「どうした。今日は随分とだんまりじゃないか」聞こえていたけどそれよりも。


「わかったかも」事故の記事、当時のテレビ番組の切り抜き動画、SNSの書き込み。それらが直感で繋がる感じがした。もちろん全てが推論に過ぎない。でも

「おいちゃんは不安だよ。でもその目は知ってる。人が確信を得た時のものだ。それでもう何を言っても聴かない顔してる」その時の彼の表情は呆れたような、出す言葉は煽るような、そんな二側面であった。

「うん。だから今から連絡するよ」そう言って自分のスマホを手にとった。

「できる限りの知恵を貸してやるよ」

「頼むよ」そのままSNSでダイレクトメッセージを飛ばした。

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