第7話 横田と藤井

   横田と藤井


 名古屋で生まれた喫茶チェーン店『うなぎ珈琲店』戦前は小さな喫茶店だったが名古屋感あふれるこってりとした甘さの飲食物の数々にカタカナや横文字を多く使ったメニューが大受けし、今では喫茶店といえば『うなぎ』というワードが、初めて日本に訪れた外国人が頭を悩ます文言になっている。そのうなぎ珈琲店中野駅前店が今回の集合場所。お店の名前に店の文字2つが入ることもこのチェーン店の特徴の一つである。中高生にはすこし高い値段のため大人のお店という感覚とその雰囲気がある。夏休みとはいえ平日は流石に空いているので目的の人たちはすぐにこちらに気がついて手をふる。僕は奥の席に進んだ。

 「はじめまして、横田です」

「僕は君が小さい頃に会ったことあるよね。ごめん、藤井だよ、このもじゃもじゃアフロに見覚えないかい」

 見覚えが無いこともない天然パーマに小太りのシルエットに綺麗な作業着を着ているのが藤井さん。仕事はサーバー関係のインフラエンジニア。もうひとりの横田さんは僕より同じくらいの背丈に無精ひげを生やしたアニメでよく見るオジキャラという風体で

「仕事はテレビマンさ」

「そこはカッコつけて映画監督って言っておけよ」藤井さんがすぐにちゃちゃを入れた

「まだメジャーデビューしてねえから良いんだよ」

「映画を作ってるんですか? 」

「まあマイナー部門やドキュメンタリーで賞もらう程度には」

「自慢はそのへんしておけよ、元お巡りさん」

「お前が話振ったじゃねえか」口は悪く拳を肩にぶつけるが笑顔で応対し合う二人に仲の良さを感じた。


「染谷さんの同期の方ってみんな仲がいいですね」

「はっ? 」二人してハモった。少しの間をおいて藤井さんが「いやいやいやそんな事ないから」

「確かに俺らはあいつの事は好きで仲が良いけど」

「アイツのことを嫌うような奴とはあんまり仲良くないよ」横田さんは縦にした手のひらを左右に早く振った「それも含めて聞きに来た。そうだろう? 」背もたれに体を預けてふぅと軽く息をついて手を上げた。すぐにウェイトレスさんが来て「甘み入りコーヒーを一つ。君のドリンクはコーラでいいか? 」目配せをしたのち僕が頷くと同時に「コーラの一番でかいサイズで頼みます」

「かしこましりました」ウェイトレスさんはお辞儀をしてそのままの姿勢で180度回転しながら厨房へ。

「アイツとは小学生の頃サマースクールで一緒になったのが最初かな。5年生の時かな」


「外国宗教ねえ。うーん」僕はそれとなく今日の僕にとっての本題を切り出してみた。横田さんは腕を組み首を傾げた。すると藤井さんが

「丸山じゃないか」

「そうだ、マルの奴そのな事フカしてたわ」手のひらを拳でポンッと叩いて藤井さんにを指差す横田さん。さっきのウェイトレスさんが両手と前脚を器用に使って卓上の食器3人分をすべて持ち片付けてくれた。

「さすがアラクネアの人は若くても丁寧で仕事量が多いな」藤井さんヒューっと口笛で囃し立てる。するとウェイトレスさんが

「ありがとうございます。ただお客様、よろしければ種族名はちゃんと和名を使って頂きたいです」

「すまんすまん。こいつは漫画オタクでその時の癖が抜けてないんだ」横田さんがフォローする

「大丈夫ですよ。私も大学で漫画文学や歴史も勉強してますから」ニコッと笑顔で応じてJDの蜘蛛人族くもひとぞくウェイトレスさんは中脚と後脚を動かし気品ある仕草で音を立てずに去っていった。横田さんは藤井さんを咎めるように首を下げため息をついた。そして思い出したかのように丸山という人物について教えてくれた。

 「マル、丸山は簡単に言えば同学年での嫌われ者だ。すぐに知ったかぶりをする男で、俺らもオタクだけど奴は色々な事をネットでかじって評論するけどちゃんと作品を見たりゲームをプレイしなくてな」藤井さんが割って入る

「丸山は背が高いからオタク仲間には強気でいるのにちょっと不良ぽい人とかスポーツマンには弱気だったり日和ったり逃げたりとかっこ悪いやつだよ」

「そのうえその知ったかで他のオタク連中を小馬鹿にするから段々内部生から疎まれて年々ハブられるようになって最後の方は外部生の同じ様な奴とつるんでたな。一応中学時代は同じ排球部のメンバーだったけど」横田さんは今では嫌っているより今はもう呆れる様な素振りで話していた。

 2人のヘイトの強さに驚きつつ「えっと… 」と押されてしまった。

「・・・ 」

「その丸山さんって今どうなっているんですか? 」

「卒業後は別の大学らしくて詳しくはよく知らない」横田さんがコーヒーに口をつけた。するとスマホをいじっていた藤井さんが

「あいつのアカウントなら知ってるよ。この前猫の動画でバズったのが丸山だったよ」

「マジで? 」

「おおよ」スマホを直角にして画面を僕らの方に向けて「あいつの顔写真。全部が写ってるわけじゃないけど面影あるだろ。それに、 」バズった動画の背景からどうやら自宅のようだ。藤井さんは「奥の壁の方見てみなよ」動画に映る壁にはカレンダーとユニフォームみたいなシャツが飾ってあった。

「あっ、あのユニフォームうちらが使ってたやつだ。大切にしてるのか」横田さんが小さく呟いた。

「胸の学校名が完全に母校と同じで、綾地に聞いてみたら間違いないって」

「綾地さんもバレーボール部だったんですか」知ってる名前が出てきて驚いたがそもそも同級生なんだから出て来てもおかしくはない。

「アヤジンにも会ったのか。そう綾地も排球部員でリベロだったよ」

「まま、面白いのはこれからだ。よく読みでみな」藤井さんは話を遮りプロフィール画面を指差した。そのSNSのプロフィールには西方教団八王子支部支部長と教団の教義が簡単に書いてありその上で興味がある者はDMまでとあった。また注意書きに『亜人種には対応しない為あしからず』とも。最後に人種:ロシアンハーフで締めくくられていた。

 ため息を深くついて横田さんが

「丸山の事を悪い奴だとは言いきれないけどSNSに新興宗教のプロフィールは引く… 」

「それにロシアンハーフってなんだよ」対照的に藤井さんはケラケラと笑っていた。「先に言っておくがあいつはこてこての日本人だよ。親父もお袋も純日本人」

「昔から外国かぶれで、色白なのをいい事にいつからから自分はろしあ連邦の血が入っているなんてのたまってたな」

「そういう人なんですね」丸山さんという人の感想としては厨二病をこじらせたやばい人。重要人物と思う前に横田さんと同じでただただ内心引いてしまった。

 笑ってひとしずくの水が目から溢れた藤井さんが鼻から息を吸って気分を整え「それにしても大きくなったなあ。どうだその顔ならもう彼女はできたのか? 」すぐに横田さんが

「それよりも学生は勉強だろ」

「横田はそればっかだから女運悪くなって寂しい学生時代過ごしただろ」

「関係ねえから」凄む横田さんを尻目に

「久しぶりだから焼き肉行こうぜ。もちろん君の分は奢るよ。横田が」

「おい」2人の楽しそうなやり取りを見て今の自分クラスメイトたちを思い浮かべた。僕らもおじさんやおばさんになってもすっとこんな風に仲良くいられるだろうか。


 焼き肉食べ放題の店を出て横田さんの車で送ってもらうことになった。初っ端からビールを飲んでいた藤井さんは後部座席で寝息をかいていた。もともと母親を迎えに行くため自家用車で来ていた横田さんは調子に乗る藤井さんを睨みながら烏龍茶で我慢していた。

 「そういえば話を聞いて回っているんだってな。わざわざ俺も呼んだのはどうしてだ? 」暗い車内で急に質問された。藤井さんがいて気が付かなかったけどこの人は口数がかなり少ない。

「ちょっと当時のことを知りたくて… 」

「そうか。気持ちはわかる。俺は片親で同じようなことしたからな。結局会えなかったがな」声のトーンが変わらない上うすくら車内で表情も判別しにくい

「・・・ 」

「でも後悔はしてないですよね」

「おう」横田さんは強く頷いて「自分のルーツを知りたくなるのは当然さ、だからといって今をおろそかにしちゃダメだ」

「はい」声に優しさが含まれているようでなんだか安心した

「それにしてもよくわかったな。あの空気で言い切る所も豪胆だな」

「どういたしまして」

「ん」横田さんは駅のロータリーで母親を見つけたらしく軽くクラクションを鳴らし女性の前横付けした。

「今日はありがとうな、久しぶりにアイツのこと思い出せたよ」親指を立てるボディランゲージにこちらも真似をして応じると後ろのドアが開いた。

「後部座席座れないじゃない」すこしだけしゃがれた声がした

「お袋、悪い悪い」僕は慌てて助手席から降りた。横田さんの母親に僕は会釈をした。すると彼女は僕越しに運転席の横田さんを見るように首を傾けた。すぐにこちらを見て

「あんた、すごいのに憑かれてるわね」

「おい、お袋やめねえか。本当に悪い、ボケ老人の言うことだ気にしないでくれ」

「大丈夫ですよ。横田さんこそ」横田さんの母親は何食わぬ顔で助手席に乗り込んだ。車を出す時まで横田さんは何度も申し訳無さそうにこちらに頭を下げたり手を上げ謝るジェスチャーを繰り返していた。

 

 車のテールランプを見送りながら

「あのお母さん昔から霊感が強いって評判だったからな」

「本当なの」

「今の今まで本物だとは知らなかったよ」

「そう」あの母親が憑いていると言った時後ろにいた彼も僕と一緒に驚いていたようだった。

「さてお前のお母さんも待ってるから早く帰ってやろうぜ」

「うん。わかってるよ」

 今日は家の最寄駅に行くには乗り換えのため隣の駅まで歩く部分があった。乗り換えの先の駅前ロータリー。そこに『西方カト教団』と書かれたのぼりが何本かありその袂に教団員であろう人達ビラを配ったり、マイクで演説をしていた。その勧誘活動に誰も見向きもしない。むしろ避けて通り白い目を向け、若い人はヒソヒソと悪口を言っているようだった。

 すぐ後ろからクラクションが鳴り驚いて振り返るとお母さんの車がいた。信号で停まっている隙きに乗り込み「ありがとう、よくわかったね」

「電車乗る連絡合った時ちょうど買い物行っててね。タイミング合いそうな気がしたら目の前に居て。ラッキーでしょ」お母さんは上機嫌そうだ。「よしじゃあ安全運転で飛ばすよー 」

「本当に安全運転でね」窓越しに教団の幟が小さくなっていく。

 「あら事故あったみたい」お母さんの声にドキッとして正面を向く。お巡りさんと現場服を着た人が交通整理をしていた。家はまだ先なので別の国道を使って迂回することになった。「このトンネル越えた次の信号曲がる見たことある風景になるわよ」お母さんの声は明るい。多分僕のさっきの動揺を見ての気遣いだと思う。トンネル前の信号が赤に変わり

「うわー ここにできたんだ」嫌そうなその声と指差し方向。トンネルすぐ手前左側に石の門構え、石で出来たオベリスクに『西方カト教団八王子支部本館』とあった。

「うわあ」僕も思わず声で自分の思いを吐いた。

「この辺りが霊地だから建てるのはわかるけど微妙に近所なのは嫌よね」

「そうだね」

「ただでさえ新興宗教っていだけでうありえないのに外国宗教が元とかよく日本でやるわね」トンネルを過ぎてその先で左折、ようやく見覚えのある風景に安心感を覚えた。

「そうそう、大丈夫だと思うけど近づいたらイケニエにされちゃうわよ〜 」だいぶ冗談交じりで明らかに子供扱いをして来たが

「大丈夫だよ」今はそれの子ども扱いに苛立つ気分になれなかった「近づかないよ」


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