第6話 染谷美知子

   染谷美知子


「思ってたより普通の家だね」

「そりゃそうだろう。一体どんな家を想像していたんだ」

「そりゃあ豪邸だよ。高い塀に強化シャッターのガレージ、外から見えるのは2階のベランダと庭から生える大きめの木だけ。もしくは手入れの行き届いてる料亭みたいな日本家屋」

「なっはっはっ」下を向きこらえていた笑いを解き放って腹を抑える目の前の家の実子。

「ドラマやアニメの見過ぎだ」まだ少し震えていた「肩書は立派かもしれないがどこにでもいる普通の家庭で普通の両親だ。貴族や華族の血流でもないただの医者家庭の家だ」

「そうは言っても… 」

「いいから行くぞ、呼び鈴は俺が押してやる」そう言って勝手に押そうとするので慌てて僕は呼び鈴を押した。ドアホンから落ち着いた女性の声で「どうぞ」と、同時に玄関の鍵が開く音がした。顎でしゃくられ中に行く。正直僕は今まで一番緊張していると思う。染谷さんの言うこれから合う女性、染谷美知子さんが持つ立派な肩書とは「日本医師会会長の妻。今は引退しているが本人も医師で、この狛江・稲城・調布・三鷹地区統合基幹病院の元院長。しかもその人の父親は総理大臣の担当医をしていたというなろう系もびっくりの属性盛り盛りなのだ」

「おい」ハッとして顔を上げると落ち着いた雰囲気の老女が待っていた。

「こんにちは。久しぶりね」小さいが聞こえにくくない声で迎え入れてくれた。この人が事故で死んだ染谷さんの母親、染谷美知子さんだ。


 彼女の話す思い出を聞くと今まで話してくれた同級生とは違った染谷さんの面が見て取れた。漫画やアニメが好きだったこと、妖怪やホラーが好きなのに怖がりなところ、幼い頃は体が弱くよく体調を崩したことなどなど。

話を聞いているうちに染谷さんはどこか行ったのか姿はみえなくなっていた。

 「あの子は本当に兄弟の中で唯一病弱でね、私もプロテスタントだから教会で健康を祈っていたけどなかなか良くならなくて。近所にある七五三をやった神社の神主さんに私は外国宗教の洗礼を受けた身だけど祈っていいのか尋ねたら心良くオーケーしてもらって時間がある時にお参りをしたわ。笑っちゃうでしょう、医師で洗礼を受けた私が神社にすがるなんて」

「いえ、そんなことは」

「そうしている内にあの子が大きくなるにつれてどんどん元気になって一安心よ。まあ教会にも神社にも行こうが行くまいが子供は成長に伴い免疫力が強くなって体力もつくから当たり前といえば当たり前なの。でも今でも感謝しているわ」窓の外の入道雲を見て「ただそのせいかあの子は一神教系の外国宗教ひどく懐疑的に育ってね。でも生きてていてくれればなんだっていいのよ… 」僕はなんだかいたたまれずに出された紅茶をぐっと飲もうとして強い香りとヒリヒリとする味に驚いてむせてしまった。それを見て美知子さんはにこやかに笑った。

「ごめんなさいね。ローズヒップティーは苦手だったかしら」

「これがあのローズヒップティーなんですね、初めて飲みました」まだ口に強い余韻が残り「すごい味ですね」

「その顔を見るとお口に合わないみたいね。コーラでいいかしら」お願いしますと頷き彼女は氷たっぷりのグラスに並々と注がれたコーラを出してくれた。それを一気に半分飲み、ふぅと一呼吸おく。目の前の老女性はクスリと口角を緩ましてこちらを見ていた。僕はなんだか恥ずかしくなった。

 「炭酸飲料をそんなに飲めるなんて貴方も元気に育ってくれて嬉しいわ」

「ありがとうございます」流石に気恥ずかしくなって彼を探し目を泳がすが視界に入らない。

「あの子も大きくなるにつれ体力が有り余っていたからけがれなき聖母の騎士団に入団させればよかったかも、絶対に入らないだろうけど」にこやかな顔で「私は君の母親ではないけどあの子が生きた証でもあるのだからまたいつでもおいで、今度うなぎでも食べに行きましょう」

「うなぎいいですね、夏にぴったりです」しばし談笑後

「あまり遅くなると貴方のお母様に心配をかけてしまうから今日はお帰りなさい。ちょうどあの子の弟が来てるから車で送らせるわ」

「ありがとうございます」

 玄関先で弟さんと挨拶を交わし車に載せてもらう。動き出した車から手を振って美知子さんに別れの挨拶を、彼女は見えなくなるまでこちらに手を振っていた。


 弟の春彦さんは昔からちょくちょく僕の実家に染谷家からの贈り物を届けてくれたり親同士がよくわからない話をしていた時に遊んでくれた記憶もあり、会う回数は少ないが兄貴分みたいなものだ。

「そういえば道浩さんの事あまり聞いたことなかったですね」

「そういえばそうだね。まあ俺から話す事でもないしな」そう言い板ガムを噛み、一枚を僕に渡してくれた。

 「喧嘩もしたけど、総合的にいい兄貴だったよ、性格イケメンだったし」弟から見た染谷さんは見た目にあまり気を使わないプライベートでは少し野暮ったい感じだったらしい。それは他人の見た目や家柄を気にしないということで

「確かマレーシア人とかトルコ人とか同盟組んでない友好国の人にモテるタイプだったよ。医学部の俺がモテる人とは別のタイプの女性に人気、な」高校生の自分には野暮ったいという感覚がイマイチわからなかったが深くは聞かずになるほどと顎に手を当て続きを求めた。

 「うちのお母さんはやおばあちゃまはプロテスタントで俺ら兄弟もなんとなく影響受けているけど兄貴は完全に神道の考え方の人だもんね。別にこだわりがあるわけじゃないけど」信号待ちでガムを包み紙に出して包めた。「そんなんだから敬虔な遠縁の外国人達から兄貴はきらわれてたなぁ」

「親戚に外人の方が? 」

「おばあちゃま、祖母はハーフでね。本人は普魯西人プロイセンとのハーフって言ってたらしいけど親戚自体は欧州連合のいくつかにいるからよく分からない。そうそう又従妹はけがれなき聖母の騎士団の団員で日本にいるよ」

「その人は? 」

「本人はクォーターの半分位? って自称してるけどようはコテコテの日本人さ。そういえば風の噂で兄貴の部活仲間か同級生にも外国宗教のやつがいるって聞いたことあるな」

「・・・」

「それはお兄さんから聞いたんですか? 」

「いやいや風の噂だよ、多分兄貴の葬式やらのゴタゴタの時に耳に入ったのか、誰かから言われたのか覚えてないよ」車は僕の自宅最寄り駅駐輪場前で停まった。

「それじゃあまだまだ暑い日続くから水分補給しっかりな」

「ありがとうございました」応と左手をあげて春彦さんはそのまま高尾にある医学部附属病院に向かって行った。


「部活の仲間に外国宗教ねぇ」

「寝耳に水みたいだね」

「まあな」

「もうひとつ寝耳に水があるよ」

「なんだ」

「ちょうど次に合うのがその時の部長だよ」

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