第3話 綾地勇気
綾地勇気
電気自動車の静かな加速に合わせて伴田さんがサイドミラー越しに小さくなる。一つ目の交差点を通過した時には見えなくなり、代りに夕陽が少し眩しかった。
「伴田からまた遊びの誘いかと思ったらまさか君の送迎を頼まれるとは」
「申し訳ないです」
「いやいや、大まかな事は前に聞かされていたから気にしないでおくれ」落ち着きのあるいかにもモテそうなおじ様。話し方や所作からそう感じられた。伴田さんと同年齢だとは思えないほど年相応な大人。「伴田からどんな話を聞いたのか教えてくれるかい」
「中高生時代に色々やんちゃをしたと聞きました」
「それだけ?」
「はい、あと染谷さん事を少し」
「… アイツの話か」車は高速道路の自動料金ゲートを通り抜け一気に加速を始めた。
「アイツに対して初めて持った印象は器用貧乏だったな」首都高速道路を飛ばしながら綾地さん続けた「中一の頃はそこまで目立ってなかったけど二年三年になるとどんどん頭角を現し始めて高校卒業する時はどの分野でも上位陣に一目置かれる存在だった」
「器用貧乏でですか」
「そうだよ。テストの点数は良い、運動もできる、音楽や書道みたいな芸術系も卒なくこなす、馬鹿な事もやるし教師達の心証も悪くない。
ここだけ聞くとなんでも出来る天才みたいだけど飛び出た物はあまりなかった。むしろ馬鹿と天才は紙一重の馬鹿の方だった。これは今でもそう思っているが」車は道路に合わせて加速と減速を繰り返す
「多分同期の多くは未だにこの高い水準で
器用貧乏なイメージを持っていると思うよ」急なカーブに吸い付く様にGを感じさせないハンドリング「だけど違った」
「どうしてそう思ったんですか? 」
「中二の部活で、校舎の外周を使う30分間走をした時。確か三学期だったかな。
私は持久走が得意で全学年参加のマラソン大会で高校卒業までほとんど毎年同学年順位で入賞する程だった。
アイツは短距離走の方が明らかに得意でマラソン大会はおろか普段の授業でも持久走は苦手だった。ただあの日はひたすら私に食い付いてきてね。初めはペースメイカーとして走っていたけど残り5分の段階で本気のスパートをかけたのだけど」
「・・・」
「ラスト1周で抜かされて十秒以上の差で負けたとかですか? 」
「そうそう! あの時は悔しかったなあ! 」力が篭るが悪い感情は込められていない明るい声「何で知ってる? あっ伴田のやろう余計な事も話しやがって」
「それからどうなったんですか? 」
「それまでアイツはお世辞にも体力がある方じゃなくて部活でも補欠だった。それが幼稚園の頃からママさんバレーで鍛えられた俺に走りで勝つとは思いもしなかったよ」だいぶ朗らかな話し方に変わって僕も少し気分が楽になった
「その時の噂が広ってアイツに話しかける奴はかなり増えたよ。そうなると中心人物とはならないけど話題に良く上がる様になって」
「話題ですか」
「そう。俺は部活で一緒だったから性格は良く知ってたけど、アイツの交友関係が広がるにつれて色々新情報が増えてきた。それからアイツは何でも器用に出来る人間だと分かってきたよ」車はトンネルに差し掛かった。
「当時俺は結構ひょうきんな事をするムードメーカーで運動部のエース。それなりにチヤホヤされていて悩みなんて無かったよ。ただ学校で何をしても必ずアイツの行動が目についた。かなり勉強して挑んだ定期試験の得意科目で負けて、球技大会でクラスでは優勝したけどアイツの率いたチームにのみ負けて、カラオケだとアイツは歌いながら天然ボケをかまして盛り上げたりと兎に角ちょこちょことムカついた。
今考えると完全に嫉妬だな」内容の割に綾地さんは楽しそうに続けた。
「子供だった俺は結構悪い態度で接したと思うよ。多分自分が同じ感じで接しられたら多分嫌いになっていたと思う。
ただこっちが嫌なイジリ方をしても、馬鹿にしてもアイツの態度は変わらなかった。明るく壁を作らない素直な言動を続けられて、いつの間にか毒気を抜かれたよ」
「素直… ですか?」
「誰に対してもあの感じで接していたよ。伴田ほど深く関わった間柄ではないけど、アイツの頭の良さや能力の高さに嫉妬したけどそれが気にならない位いい奴。そんな印象だね」トンネルを抜けて中央道初台の看板が見えた。外は日が落ちて逢魔時に入ったが外灯とテールランプが都会の美しさを光と動きで表現していた。
高速出口から5分も経たずに駅近くについた。車は交差点の手前にある本屋の前で停車した。
「見えていると思うが、ここを真っ直ぐ進めば駅に着く」
「ありがとうございました」シートベルトを外してドアを開ける
「その本屋はアイツが漫画を買う時によく使っていたな」青く少し古い看板が電灯で照らされていた。東京の片田舎にある本屋は現代的というよりは少し昭和の様な落ち着きを僕に感じさせた。
「そうだ、アイツの事を知りたいなら一人紹介しようか。
「お願いしてもいいですか? 」
「構わないよ。後で猪狩の連絡先をメールしておくよ」
「ありがとうございます」綾地さんはどういたしましてと左手を軽く上て車を発進させた。無音の車は交差点をすぐに曲がり20秒もしない内に視界から消え、僕が交差点に着くまでの僅かな間にいなくなってしまった。
下り電車が最寄駅の1つ前に差し掛かった時に綾地さんからメールが届いた。先程の猪狩さんという人に僕を紹介しておいてくれる事と彼の連絡先が書いてあった
「聞きに行きたいのかい」
「まあね、どんな人か知りたいから、色々な人に聞いてみたいし」一番後ろの車両に今いる客はもういなかった。
「確かにいい部分だけじゃなく悪い部分も聞けばひととなりが見えて来るだろうね」
「別に付いて来なくてもいいんだけど」事が事だけどさすがに高校生にもなって付き添いの人がいるのは少し嫌な気がして冗談半分で軽口をたたいた
「そんな寂しい事言うなって、俺だって興味はあるし」少しヘラついた兄貴の様な態度で躱された「裏の顔が見てみたくて」
「裏の顔、ねぇ… 」綾地さんが壁の作らない人と評価した彼の裏の顔について想像したところ、少しモヤついた気分になって駅に着くと同時に早足で降車した。
興味はあると答えたのにいざ想像してみるとどうやら僕は記憶は無い命の恩人が悪く言われる事に不快感を覚えるらしい。ただ今更になって綾地さんの提案とはいえ自分が頼んだ事を断るのは悪い気がした。
「お、どうした? 」気付くといつの間にかすぐ近くいるこちらの気も知らない付添人が肩に手をかける
「別になんでも無いよ」僕はその手を軽く払い除けようとするが空振りに終わり駐輪場まで無口で歩いた。夜になると蒸し暑さを撫でた風と木々の擦れた音が寝苦しいであろう夏の夜が始まったことを分らせてくれた。
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