第2話 伴田光則

 2 伴田光則

 

 伴田さんは小太りの男性で僕の命の恩人である染谷道浩さんとは同郷で同じ中高一貫校に通った

「そう友達、それもかなり仲が良かったんぜ」少し鼻声でたまに滑舌が悪くなる喋り方。彼の動画はかなり見ていたがそこでは同一人物とは思えないほど聞き取りやすくテンポよく喋っていた。

「意外だろ。本物は発音下手だなんて」

「本番はスイッチが入るのですか? 」

「いやいやこのまま喋るんぜ。ただこれを付けてな」伴田さんは机に置かれた小物入れから小さいインカムを取り出し耳にかけ「どう? かなりクリアになっただろう」

 声を聞いて驚いた。先ほどまでの鼻声ではなくよく通った声に変わった。

「初めてこれを見た奴はだいたいその反応をするね。自分としては動画を通して聞かないと違いには気がつけないのだけどね」

 鼻声が解消されただけでなく声色が変わらないままクリアになっている。

「これは何ですか? 」

「これは鉄鋼人ドワッちゃん特製の音声変換フィルターだよ」自分の頭に疑問符が生じて顔の動きが少し止まった

「これはねドワッちゃん、鉄鋼人てっこうびとであるドワ

ーフの凄腕エンジニアさんに作ってもらった物さ。投稿する動画や配信の際に普段声だと聞き取りにくいってコメントが多くて困っていたらアイツが紹介してくれたのさ。他にも色々なデバイスを作ってもらって今ではすっかり相棒さ」

「もしかして配信でよく出る便利アイテムって… 」

「そうほとんどがドワッちゃん製作だよ。アイツからの最後の贈り物が最高の相棒になるなんて皮肉だよね」一瞬表情が翳った。

「すまない。若干湿っぽくしてしまった様だね」

「いえ、あの人からの紹介なんですね」

「そうさ、アイツは顔が広くてね。お祖父さんが貿易会社の会長と医学研究施設長官だから交友関係が人族だとか亜人族だとか外国人だとか関係なし。相手が誰だろうと堂々と話しかけ、仲良くなる。嫌われても悪く言われても気にしない。良い意味で芯がある庶民派、悪く言えば空気の読まないマイペース大王」

「あの人はどんな人達と知り合いだったのですか? 」

「角付き鬼の仁侠ヤクザから奄美の人魚姫まで北南。東西には外国人牧師から幼稚園児までさ」

「はあ」独特の表現に生返事で答えると伴田さんはくっくっくっと肩で笑った。

「元々クスクス動画が出来てすぐ仲間内でふざけ合う動画を配信したのが始まりで、まだまだネットへの理解は悪かったけどアイツ達との撮影ごっこは笑ってたなぁ」

「楽しかったですか? 」

「ああ今でもよく思い出すよ。水鉄砲を持って海洋高校へ殴り込んで海に引き込まれたり、座敷童子の目撃情報のある心霊スポットで隠れんぼをしたら幽霊の子を連れ帰って誘拐沙汰になったり、背の低い可愛い系同級生に女装させて蛇女ってあだ名の女子校に潜入したり… 」

「・・・」

「その時全員女装したのでは? 」

「そうそう! あの時向こうの先生に追われて全員の貞操が危なかったのだけど、そういえばよく知ってたね。知らない内にまたリーク系まとめサイトでも出たのかな」

「ええ、まあ」

「それにしてもアイツが居るみたいで気分が上がるなぁ。あの当時もこんな馬鹿話や行動が楽しくて、正義感とか社会の闇を暴くとかの煽りは建前で楽しければそれでよかったけど」そう言うとため息を吐いて呟いた

「働きながら趣味で配信を続けていたら今はこっち本業さ」目を細め斜め下を向き反対側の親指を立てて、その指で窓側方向少し下を指した。そこにはゴミ箱の様なプラケースに様々なトロフィーがまさにゴミの様な扱いを受けていた。僕はその雑な扱いが逆に権威に対して媚びない姿勢を感じたが

「アイツがたまに送ってくる辛辣な動画感想コメントが無いと張り合いがなくて」伴田さんは机に手を付いて立ち上がると冷蔵庫からプリンを2つ出して一つを僕の前に置いた。お礼を言おうと顔を向けると表情は動画で見るニヤついた笑顔になっていた。

「そういえば、蓮くん、よく見ると君もだいぶ素材はいいね。今度ゲストで俺の動画に出ないか? 」

「えっ、それはちょっと…」正直満更では無い。ゲストとはいえ出演したら夏休み明けには僕が高校で1番の有名人。しかもあの@ローマンガさんの動画に出たら男子だけでなく女子にも質問攻めにあって、チヤホヤされる。そう言った淡い想いを

「セーラー服とか似合いそうだ。猫耳も良さそうだね」腐やショタ好きの匂いすら感じさせない彼の至極真面目な観察眼と声色に砕かれた。


「今日はありがとうございました」

「こちらんこそ、楽しかったよ」外まで送ると言った伴田さんは鼻声に戻り、仕事で都心部いる女装させた可愛い系の同級生に連絡をして、僕を途中まで彼の車で送るよう取り計ってくれた。

 マンションの1階ロビーフロアでは先ほどのおばさんが丁度交代をしているようだ。夕方からの勤務なる人は明らかに人間離れした巨体で僕の掌より大きいであろうレンズのサングラスをしており、その姿はコンシェルジュ

と言うよりサイクロプスである。少し蔑視した渾名を思いつき、反省していると

「サイクさん、おひさー 」と伴田さんが声をかけ僕はギョッとした。コンシェルジュはこんばんは、と挨拶をしおばさんと引き継ぎ業務に戻った。外に出て

「ちょっとなんて渾名つけているんですか」

「えっ、ああ。あの大きいコンシェルジュさんの名前は斎木さんだよ。なんて聞こえたんのかなぁ」伴田さんはニヤつき「基本的に空耳って言うのは聞こえた本人の認識によるんだよ。蓮くんが聞こえた良くないワードは君が思っているからこそ聞こえてしまうんだ。あの場で君以外はその蔑視的なワードを認識すらしていなかった」

「気をつけな。人間は自分たちが思っている以上に思いあがる生き物さ。特に外国人の多くは人を神と獣の間にある存在、他の種族より一つ上なんて真面目考えたりする」年長者特有の説教臭さを感じたのか伴田さんは自ら首を軽く振る仕草をして「やばいなぁ、俺は上から目線の大人キャラは嫌いなのにやってしまった」敢えて軽めの変顔を見せ、こっちが少し吹くと軽く両手のひらを見せる仕草で空気を和やかにした。この変り身は流石プロである。

 お互い少し笑顔になったところで乗用車が停まった。助手席の窓が開き

「先に待っているなんて、常識人振りやがって」

「サンキュな、綾地」運転席から少し背の高い男性が降りて僕を見るなり

「おおっ、君が春川くんだね」手を差し伸ばしこちらの右手を掴み握手の状態にして「初めまして、私は綾地勇気あやじゆうき。そこの豚さんの同級生さ」


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