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@huyumasaaki

第1話 始まり

   始まり


 日々新聞地方2面より抜粋

 今月十九日午後三時頃東京都青梅市菅生の国道415号線から入った脇道付近で乗用車が男性(30歳)と幼児(4歳)を轢く事故が発生。病院に搬送され男性は意識不明の重体。幼児に軽い脳震盪が見られるものの命に別状はなし。

 青梅署は、車を運転していた同市の畠山 流士王ルシオ

(無職)を過失運転致死傷の疑いで逮捕した。

 畠山容疑者も軽傷を負っており、「岩が落ちてきた事に驚き運転を誤った」と説明しているという。

 現場には最大一辺2米に及ぶ岩石が多数存在し、巨大な岩が落ちた形跡から警察は国土交通省に周辺地域に同じ様な落石事故が起きる危険性のある場所が無いか等の調査を求めた。


 日々新聞西東京地方版3面訃報欄

 染谷道浩そめやみちひろさん今月二十一日未明脳挫傷のため死去。30歳。同月十九日の交通事故子供を庇って大怪我を負った。葬儀は親近者のみでおこなった。


 月刊文潮八月号 噂のコラム「交通事故は祟り? 」より抜粋

 一昨年の緊急時代宣言中に起きたあの交通事故について記憶している人も多いのではないだろうか。勇気ある青年が子供も庇って死亡したあの事故のことだ。

 ワイドショーで一時的に取り上げられた事でテレビで知った読者も多いのではないだろうか。事故後数日で緊急事態宣言解除と後の予防薬の開発成功のニュースですぐに大手をはじめマスコミは取り扱わなくなったが私は独自に調査を続けていた。その結果面白い事が見えて来た。

 私が当時取材した時岩の破片の一番大きな部分はまだ残っていたのだが・・・ 

 中略

 死亡の要因の一つに出血多量があるが岩の破片が彼の体を貫いていた事が警察への取材でわかっている。

 中略

 また事故の後近所の土地を新興宗教団体が購入したため地上げの一環ではないかと話題になったが、どうやら購入の交渉自体は数年前から行われていたため関係はなさそうだ。

 死亡事故が起きた事で縁起が悪いとして土地代が下がったのは新興宗教団体には僥倖だっただろう。

 以下略



 春川蓮は自宅玄関からガレージまでの短い段差にいた小指爪蛙の翠玉色に見惚れていた。まだ湿気と曇り空が抜けない文月の下旬、高校初めての期末試験を終え3日後の登校日、その3日後に終業式を迎える。

「確か最寄り駅は麻布十番って言ってたよね」

蓮が聞くと

「メモ見ればいいだろう。流石に細かくは把握してない」とあくびを噛み殺した声で答えた。「高校の夏休みは短いぜ。早く行こう」

「別に急いでないし」

「そっか」自転車に跨る蓮の跡に続き「わかっている」と蓮に聞こえない声で呟いた。



 都心にある高級マンション群の一つに入りインターホンを押す。眼鏡をかけた丸顔が液晶画面いっぱいに映った。

「はじめまして、春川蓮です」

「待ってたよ。今開けるから」

 強化ガラスの自動ドアが開き中に入る。受付にいたスーツをきっちりと着た筋肉質のおばさんが

「4番エレベーターをお使いください」と笑顔で手の先を左奥側へ向けた。

「ありがとうございます」気恥ずかしく小声で答えそそくさとエレベーターに乗った。

 六本木ヒルズレジデンス第二棟24階5号室。そこに住んでいるのは巨大動画サイト

『クスクス動画』の有名配信者「@ローマンガ」さんが住んでいる。

 彼は学生時代からカードゲームや実況ゲーム配信を行っている。歯に着せぬ物言いと独特の言葉遣い、コミカルな演出で人気となりネットを使う人で知らない人はいない程の有名人である。

 ある配信でかなり際どくそれでいていわゆる悪人以外に迷惑をかけない企画を実行し、追い詰められた時は謎の便利アイテムを使い危機を脱する『闇を暴くシリーズ』、その生配信を初めてから人気に火がつき今では高額納税者の一人だ。

 部屋の前にあるインターホンに指を乗せ音を鳴らす。ほぼ同時に扉が開き彼が元気よく出て来た

「よく来たね、遠慮せず入って」促され玄関でお邪魔しますと言い靴を脱ぐ。

「それにしても大きくなったんなぁ」初対面のはずだと思っているとそれに気づいたのか「直接話すのは初めてだったね。あいつの見舞いに行った時ちょうど退院する君を見たことがあってね」彼は歩きながら話しリビングへと案内してくれ

「改めて初めまして、@ローマンガこと伴田光則ばんだみつのりだ」

 広いリビングはキッチンと一体になっていて、萌えキャラのクロスが敷かれた家族用サイズの食卓、パソコンチェア、ソファー、床にトルコ調のカーペットがあった。

 一見普通のマンションの一室であるが細部にアニメやゲームなどのサブカルチャー要素が主張しおもちゃの類も見え隠れしていた。

「いかにも社会人オタクの部屋って感じだろ。宅飲みをする時はここでやんだ」伴田さんは冷蔵庫から瓶コーラを投げ渡してくれた。

「ありがとうございます」

「栓抜きは机の上にあんよ」瓶蓋が取れるとシュッと炭酸の抜ける心地よい音がした。

「さて、何から話すか」一口でコーラを飲み干した伴田さんが言った。

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