その頃の…。 ④

 軟禁されて何日たったのか、ヴィリロスはあまり正確には把握はしていなかった。だが、何回も日が暮れたのは覚えているから、何日もたったのだろう。まだ、足の痛みは進んではいるものの、まだ耐えられるからひと月には程遠い。


 城に出向いて閉じ込められて以来、ヴィリロスは再三再四、コラリアとの離縁を要求されていた。それはもう、初夏の蠅のごとくうるさい。不自由をかけてその要求を通そうというのだろうが、そうはいかない。


 さすがに、自分の理不尽さをある意味理解しているらしく、拷問等はしてこなかった。取り巻きではない貴族の中には、ヴィリロスの味方がいることも分かっているからだろう。そして、ルプスコルヌ家の存在が大きい。ルプスコルヌ家は身分こそ当初の公爵から伯爵に落とされているが、古い家でそれなりの権威がある。禁書庫の共同管理を任されている家でもあった。


「おやじ殿のおかげだな」


 自分とさほど年頃の変わらない容姿をした、義父を思いだす。事なかれ主義でやる気のない実父よりも、妻の父であるランプロスのほうが好ましかった。彼は有能で面倒見がいい官吏であったがために、今でも慕うものは城内にも多い。


 つまり、いつランプロスに密告されるかと、王族は内心おびえているので、拷問に訴えることができないでいる。おかげでゆったりとした軟禁生活だ。軟禁自体は彼らの中で許容範囲らしい。よくわからない基準だ。


 まあ、特段不便はしていない。変えられない寝具も、一向に掃除されることのない洗面所や厠も、洗浄すればなんということはない。食事を抜かれたのは腹が立ったが、もともと、戦争中からの習慣で、家族が半年くらいは籠城しても大丈夫なように食料や身の回りの物資を整えている。それも、手放さなくともいいように、袋ではなく装飾品として身に着けていた。


 この魔道具はヴィリロスの最高傑作であり、妻であるコラリアにも渡している。ただし、一度身に着けると複雑な解呪をしない限り体から離せないので、息子にはまだ身につけさせていない。ちなみに物理的に切り離そうとしても、かなりの確率で守護が発動する。ヴィリロスを上回る魔力と技術がない限り、無理な話なのだ。


 息子と妻に手出しをされたら激怒するだろうが、その前にルプスコルヌ家が彼らを他国に逃すだろうから、そこまで心配はしていない。ただ、下手に動くとろくでもないことになるので、情報収集中なのである。


 そんなことを考えて足の手入れをしていると、勝手に扉があき、同世代の男がやってきた。


「情けなくはないのですか。仮にも王位継承権を持っているものが、こんな狭い部屋に押し込められれて、断食を強いられているのですよ」


 まだ若い、宰相補佐だった。確か、ヴィリロスの二つ下の学年にいたはずだ。突出した魔力はないが、知識が豊富な真面目な努力家だったと思う。宰相には向かないが、補佐にはいい男だ。事実、宰相は彼をいいように使っているようだった。


 一向に手入れをやめないヴィリロスに、彼が呆れた視線を向けてくる。


 だが、やめるわけにはいかない。治癒魔法と抗呪の魔法をかけ続けないと、ヴィリロスの体は足から始まり、いずれ腐り落ちる。歩けないだけで済んでいるのは、偏に彼の魔力と知識が豊富なためだった。


「別に?戦時中は掘っ立て小屋で寝起きしていたしな。国が出し渋ったから、相当悲惨だったぞ」


 与えられた拠点は、雨が降れば雨漏りはするし、人食いネズミは出るし、吸血ダニは発生するし、最悪だった。だが、そのおかげで衣食住に関するあらゆることを賄うことを学んだので、何が幸いするかわからない。


 つらつらと思い出しながら、抗呪の文字を書いた靴下をはき、ひざ下ガーターを留める。だいぶ抑えられてはいる。だが、それでも、外すたびに若干だが呪いは進んでいく。一定期間で呪文の効果が薄れるために、外さないわけにはいかないのだが。


「それは……」


 若い宰相補佐は言葉に詰まる。彼もまた、戦争時のことを理解している年齢だった。補佐と言えその立場にいるのだから、ヴィリロスと王家との間に起きたことも知っているだろう。


「ですが、この国の貴族と生まれたからには義務があるでしょう。この国に尽くす義務が」

「ああ、まともな王族に対してはな。だが、単に貴族を駒として動かすだけで、大した犠牲を払わない。挙句、策が思いつかず、こちらを差し出してごまかそう、って言うのが気に食わないだけだ」


 言われた瞬間にうなだれる、宰相の側にいながら、未だ老獪さの足りない男を見て、ふっと笑う。弱い者いじめの趣味はない。打ちのめして楽しいのは、相手が強者だからだ。まあ、こいつはせいぜい補佐どまりだろうな、という感想である。


「……離縁はしないが、なぜそれを頑なに求めるのか、その理由だけは聞いてもいい。ま、大方、外交問題だろう。最近、魔国の一部と問題があったらしいな。俺を差し出せと言われたか?」

「いいえ。あなたと指定されたわけではありません。全属性を持っており、濃い魔素に耐性があり、なおかつ聖別魔法が使えるものを、と」


 数か月前、魔国との境で王国のとある部隊が、冤罪で捕まえた魔族の若者を問答無用で処刑したという情報がヴィリロスのもとに入った。まだ、年若い、少年といっていいような年頃の魔族だったという。

 魔国とは協定を結んでいるが、お互いにあまりいい感情はない。その所為か、処刑は多分に独断と偏見に満ちたもので、本来ならば許されるものではなかった。王家と首脳陣が必死に隠ぺいしたおかげで表ざたにはならなかっていないが、当然、国際問題にはなる。


 特に、処刑された若者が国家間の特別移動許可証を持っていたこと、処刑を行った部隊長が王兄のひ孫にあたる男だったことも問題だった。裏にはシャルムの残党がかかわっている恐れがあるとの報告も受けている。


 戦争を何とか回避しようとする交渉の中、魔国が戦争回避のために突き付けた要求が先ほどのそれだった。貴族の中で、条件を満たすのがヴィリロスだったというわけだ。王族は魔力を強めるために、時折、秘密裏に魔族の血を入れているため、魔国に行っても問題はない。だが、一般の人間が行くと魔素酔いをして動けなくなることがあるのだ。


 おそらくは向こうもそれを見越していたのろう。戦時中、ヴィリロスは先陣を切って戦っていたから、多くの国からある程度能力を把握されていた。直接相対したのは魔国ではないが、情報収集はされていたと思われる。


 戦争を回避することができる条件を引き出した王国側は安堵したが、難易度はすこぶる高かった。合致するのがヴィリロスだけであったらしい。


 当然、彼を引き出そうとする。王族ではなく、貴族を一人差し出せばいいのであれば、それで構わないと思ったのだろう。ところが、そうはいかない事情があった。


 実は、ヴィリロスとコラリアは法律的には受理された婚姻ではあったが、王位継承者としてはいろいろと問題があった。そこで、様々な交渉の結果、最終的に国王と誓約を行ったのである。


 不幸にして、その時点で現王の血を直接継ぐ者はヴィリロスしかいなかったので、王位継承権と爵位の返上は認められなかった。


 交わされた契約は、「一、王都にひと月以上住まないこと。二、生まれてくる子どもにはアウルムもプラテアドも名乗らせないこと。三、決して国外へと逃れないこと。」である。


 この中で一番強制力が高いのが三だ。三番目の契約を破った場合、ヴィリロスは命を落とすことになる。通常ならば彼の命を奪うのはたやすくないが、彼自身が受け入れたために可能となった。だが、これをするとルプスコルヌ家の怒りを買うので、実は結構現実的ではない。


 また、ひと月以上王都に住まないというのも、結構厄介だ。彼にかかっている呪いとは別物なのだが、この誓約で抵抗がうせ、呪いの加速が進みやすくなる。


「それで離縁というわけだな。他にはいなかったのか?」


 前提条件となる結婚破棄されれば、国外に出ても問題はないし、王都にいても問題はない、と国王は考えた。つまり、息子に最大限の嫌がらせを行った結果、国王は自分で自分の首を絞めたのだ。何せ、国外に出せば死んでしまうし、死んでしまっては魔国との交渉が成り立たないのだから。


「……王家の端の端に一人います。ですが、まだ五歳の女の子なのです。あまりにむごいでしょう」


 例の兵士の異母妹らしい。皮肉なことだ。宰相補佐は幼い子どもなのだから、といいたいのだろうが、ヴィリロスは冷たく見下した。したがってやるいわれはない。


 ついでに、ヴィリロスには、他の条件が当てはまる人物に心当たりがあったが、黙っておいた。誰であろう、息子のルセウスだ。


 封魔の印をしているだけあって、耐魔性はある。今は封印しているが、外して魔族としての器官を稼働させれば、濃い魔素の中でも生きていける。ついでに、弱いかもしれないが母親の血の関係で聖別魔法も使えるはずだ。どこまで使えるかはわからないが、適性を持っていることだけは確認している。知らないだけでコラリアが何か教えている可能性もあった。


「食事を断って、監禁するのはむごくないと?」


 魔法袋でこっそりと食事をとっていることを棚に上げ、わざと聞く。まあ、あまりばれても困るので、一日一食にしていたが。


「いえ、それは……」


 きまり悪げに黙り込む宰相補佐は、まったく練れていなかった。この分では補佐どまりだろうな、とどうでもよいことを考える。


 ふう、ともう一度大きなため息をついて、ヴィリロスは言った。


「……魔国との交渉役をよこしてくれ。身柄を完全に渡さなければならないのか、それともやってほしいことがあるからなのか。妥協点を見つけたい」


 ヴィリロスの迫力に、宰相補佐は背中にうすら寒いものを感じた。

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