第41話 呪い。
「また、必ず来るのだぞ」
「はい、是非に」
そろそろ時間だ、といって祖父のところを辞したのは、夕食の時間まであと一時間というところだった。食べ物や本などといった、僕の心をくすぐる色々な土産を持たされて引き留められながらも穴に入る。
うぬぼれではなく、僕のことをかわいがってくれているらしかった。生まれてからも写し絵と文章でしか知らなかった孫が出てきて心底うれしかったのだと、熱弁をふるってくれた。
とってもお高い通信鏡ももらってしまったがどうしよう。確か、今祖父は無職だった気がするのだが。大丈夫だろうか。戸惑っているのを気づかないのか無視したのかわからないが、返すわけにもいかず、おとなしくとりあえず持って帰ることにした。
「おじいさま、失礼します」
「おう! また早めにな」
穴についていた扉ををグーグーが閉める。ギィという音とともに視界が急に暗くなった。
再び明かりをつけて、進んでいく。そうして、ハタと気づいた。
「どうしよう。フツーに歩いたら間に合わない。軽く走る?」
北時間を逆算すると、僕の足では間に合わないだろう。それに、行きよりも魔素がよどんでいる気がする。昼は平気でも夜になると活性化する魔物もいるから、そのたぐいだろう。まあ、さほど恐怖は感じないけれど、足止めくらいは食らいそうだ。
「ふぅむ。……お前、俺の背中にしがみつけるか?」
鼻を少しひくつかせると、グーグーが言った。僕の頭から足の先まで見下ろし、大きさを測られているようだ。頭が微妙に上下している。
「え?うん。しがみついていいのなら。それくらいの握力はあるけど」
一応、苦しめないように、一発で鶏を絞められるくらいの力はある。苦しませるのは趣味じゃない。だから、単にしがみつくくらいだったらわけないだろう。
「んじゃ、乗れ。負ぶってってやる。入り口付近になったら降りればいいだろ」
なんと!グーグーが背負ってくれるらしい。僕は感じなかったが、何か危険があったのかもしれない。何せ、基本は犬なのだから。
「じゃ、乗るね」
ほれ、と言いながらしゃがんだグーグーの首に、できるだけしっかりとしがみつく。大人の姿をしているグーグーは僕がしがみついたくらいじゃびくともしなかった。まあ、抱っこしている時も感じていてけれど、かなり頑丈にできていそうだ。
鼻先にある少し硬めの髪の毛からは、お日様のにおいがする。本当に面白い生き物だ。高位精霊とは言っているけれど、まあ、生き物でいいだろう。しゃべるし、たべるし、怒るし。
「苦しくない?」
「ああ。これくらいならば大丈夫だ。足も腰に絡めとけ」
そう言いつつも、片腕をお尻の下に充ててくれる。がっしりした腕で支えられ、お尻が安定した。赤ちゃんの気分である。
わあ、親切、といった瞬間だった。
「じゃ、いくぞ!」
その途端、グーグーは風になった。
否、風のような勢いだった。彼がきった風のあまりに強い圧で、窒息しそうになる。必死になって、頭を下げて肩口にうずめようとしたが、はねたグーグーのおかげで、頭ががくり、と後ろに引っ張られた。
「グー…っ」
「黙っとけよ、舌かむぞ!」
しゃべりたくてもしゃべれない。抗議しようにも風圧で声が出なかった。
それでも何とか話しかけようとしたところで、舌は噛まなかったが、歯同士がぶつかってガチン、と鳴る。欠けてなきゃいいけど、というほどの衝撃である。
そして、黙るとますます速度が上がり、気がつけば僕は意識を失っていた。
「…い!おい!ルル、起きろっ」
どれくらい経ったのだろうか。きっと、あの速度からすれば、そんなに経っていなかったかもしれない。
大きな声と、ゆすぶられる勢いで目が覚めた。目を覚まし、見回すと、行きにグーグーが大人に戻ったあたりだった。
これから先は小型化しないと出られない場所だ。
「あ、もう着いたんだ…。どんくらい時間たったのかな」
「十五分ってところか。まったく、背中で寝コケるとは図太い奴だな。さっさと出て、服を整えるぞ」
顔、頭、手、足と一通り確認される。過保護な割にずれている。寝てたんじゃない。気絶してたんだ、と文句を言いたかった。
まあ、夕食に間に合ったからチャラにするけど。
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それから数日は、同じように朝と昼と鍛錬した。たいぶ質のいい杖にも慣れてきたようで、少しずつ目標を定める速度が上がってきている。おかげで狙った位置に命中させられるようになってきて、内心、かなりほっとしていたことは秘密だ。
実のところ、このまま、一生、うまく加減ができないのではないかと危惧していたのだ。だが、授業中に言われたことを改めて参考にしながら鍛錬したおかげで、亀の歩みではあるが、形になってきた。
今日は自らちょっと進み、雷と氷も扱ってみたが、まあ、何とかなっている。これならば次は火を扱えるかもしれない。まあ、火事を起こさないよう、グーグーに補助をお願いしようとは思っている。
家事は相変わらずプントがやってくれていた。猫らしく気まぐれで、しょっちゅう短い昼寝をとっているが、確実に館はきれいになっていた。埃っぽかった部屋は日を経るごとにきれいになっていき、庭もぼさぼさだったのが、きれいに整えられてきている。破れたカーテンやベッドカバーなども見事につくろわれていた。
今まで、こんなに家事に加わらないことはなかったことである。なんとなく手持無沙汰で、僕もやろうかと言ったら、それよりもさっさと魔法を使えるようになれ、と怒られしまった。優先事項が違うだろう、と。
今も、キノコの煮物のつぼ焼きをおいしくいただいたばかりである。時期なのか趣味なのか、プントの作るものにはキノコが頻繁に登場する。
「しょういへはそういえば、
ぴんぴんとした立派な髭についたクリームを舌でなめとりながら、不明瞭な発音でプントが
「なんだろう。ここで開けてもいい?」
「かまわないにゃ。後で皿をさげといてくれにゃ。薬臭いから、スティルペース当たりかもしれないにゃあ」
そう言って、プントはさっさ自分の分の食器を流しに置くと、日の当たる窓辺に陣取り、昼寝をするべく壁に体を預ける。あの前掛けに隠されたおなかにいつか顔をうずめてみたい。日に当たったプントの毛はふわふわで、それはもう魅力的なのだ。
「ほれ、さっさと開けてみな」
最後の一口を匙で詰め込んで僕が食べ終わると、グーグーが開けるように促してくる。彼は机に置いたそれを行儀悪くも流しに置き忘れた匙で引き寄せた。
麻でできたざっくりとした臙脂色の袋で、口も麻ひもで縛ってあった。紐をほどき、中に手を入れようとした途端、グーグーが僕の手を強くつかんだ。
「った! 痛いよ、グーグー」
「待て!手を出すな。お前は自分とプントに結界張って待っとけ」
「え、う、うん」
返事をし、結界を僕とプント側にはる。緊急時なので、もちろん杖は使わずに。まだそこまで自信はない。
グーグーが手を挙げると、彼の張った結界の中に、金色の土台に黒とも紫とも土留め色ともつかない禍々しい石がはまった指輪が浮き上がってきた。ものすごく趣味の悪い、ごてごてした指環だ。
「呪具だな。魔力は、匂いがひどすぎてわかんねぇ。俺たち…いや、俺への対策をしたとしか思えんな」
何か呪文を唱えるでもなく、彼が腕を一振りすると、禍々しさが取れ、指輪の石が住んだ紫になり、趣味はともかくとして、普通の指輪に変わった。そのまま、ことりと音を立てて、テーブルの上に落ちる。
「まだ結界解くなよ」
そばにあったフォークをとって、それでつんつんと麻袋をいじる。
他に特に反応はなく、中をくつろげてフォークで書きだすと、魔法を通さない布と、魔よけと防臭効果のある草が入っていた。
どれも、普通では手に入らないような、特殊なものだとグーグーは言う。それを除くと呪いが発動するようになっている仕掛けであった。
「たちが悪いにゃ」
いつの間にかやってきていたプントが僕の後ろから首を伸ばし、指輪と袋を眺めている。ふわふわの毛が僕の頭をかすめた。
「検閲済みで、入れることができたってことは、僕、学校側から呪われたってこと?!」
「学校全体かは知らねーが、あのぼんくら教師どもの中には確かにいるんだろな」
「リューヌ・カタリナも情けないにゃ。抑えきれてにゃいとは」
ぷふーという呆れたようなため息が後ろから聞こえてくる。学長を呼び捨てにすることと態度からすると、きっとプントは学長よりも年上だ。
「まあ、あとはこの結界の構造をきちんと把握して、学校関係者を装っていれたっつーこともあるがな」
「どっちにしろ、お前を明確に狙ってるにゃあ。ご愁傷さまだにゃ」
あきれた目で二人とも僕を眺める。
そんな目で見ないでほしい。僕にはそんなに悪いことをした覚えはないんだけど。
起こった理不尽な事態に、なんとなくもやもやしたものが腹の中に渦巻いた。
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