その頃の学友たち。

エルキス&エランドーラ


 ルプスコルヌ家のルセウスが学校から消えた。それも突然だ。

 廊下ですれ違った同室のアーギルにそれとなく訊いても、微妙な表情で「病欠だ」というだけである。


-そんなわけあるか!


 と、エルキスは心中で突っ込んだ。動揺した表情が隠しきれていない。目が泳いでいて、ルセウスに何かあったことは明らかだ。アーギルはとことん腹芸に向いていない。ただ、少なくとも何か表沙汰にできないことが起きたことは分かった。

 学長のお声がかりでつなぎをとっておけ、と言われた直後の出来事だ。何かあると疑うのが当然だろう。

 趣味である自家製ジャーキーを、許可をとって裏庭で天日に干しながら、エルキスは状況を頭の中で整理した。口も悪いし、かったるそうに見えるが、こう見えて頭の回転は速い方なのだ。

 それにしても、と思いながらため息を吐く。これを貢ぐ対象であるあの黒い犬も一緒にいなくなってしまった。スティルペースの授業で会うことを楽しみしていたのに。

 それでも、帰ってきた時用に、とせっせとつくる。渡したジャーキーをあぐあぐと齧っているさまは、本当に愛らしかった。思い出して、顔がヘラりと緩む。


― あの爺は…。ホンットウに食えねぇな。


 ルセウスの不在を知ったのはスティルペースの授業でだった。少しの間、休む旨を告げられた。隣にいる助手が新たな人物に代わっていたから、この間の一見は助手が関与していたに違いない。

 とにかく、学年が異なることで、アンテナをよほど張っていない限り情報が入ってこないのがもどかしかった。彼と一緒に来ていた桃色の髪の毛の少女も、気づかわし気に「理由はわからないのですが、どの授業にも来ていないのです」と告げるのみだ。全くあてにならない。


―おんなじ監督生だってきいてたのによぉ。


 情報はゼロだった。

 だから、スティルペースにもそれとなく探りを入れてみたが、態と含みを持たせたような言い方でごまかしており、信用ならない。

 あの狸…いやキツネ爺がそういう言い方をするときにはたいてい裏があるのだ。それを探れと言外に行っているのだろう。そういう爺だ。

 エルキスの実家であるユーグランス本家は学長に仕えており、手足になって情報収集を行っている。国王ではなく学長になった経緯にはルセウスの父・ヴィリロスが絡んでいるらしい。その経緯で、学長が国王派を装い、腐敗した上層部を一掃しようとしていることももちろん知っていた。

 そんなわけで、集めた断片を継ぎ合わせると、ここの所、妙な事件が頻発しており、そのとりわけ大きいものにルセウスが巻き込まれていたということである。不審火に毒の混入、そして呪いの札だ。学生には知らされていなかっただけで、盗難や紛失などの小さな事件も頻発しているという。


―本人はいたってのんきなのになぁ。


 ついでに、彼が一部の教師にどうも睨まれていることも判明した。ルプスコルヌ家というだけでも、国王派にとっては忌むべき存在であるようだ。王太子の死去に伴い、数多くの中から上級貴族が主流から外れた。王太子の死の一因となった彼の父を憎むものはいまだに少なくない。

 ところが、そんな風に思われている当人は気にしていなかったし、気づいていなかった。何しろ、アグメンに貴族独特の言い回しで、遠回しに田舎者で教養がないと言われていたのに、気づかなかったらしい。だが、当人はひいきなしで色々と言ってくれるいい先生と思っているという。


―……鈍すぎる。


 気に入っている後輩ではあるが、その鈍感さに思わず心配になった。頭はいいからそのうち慣れるだろうが、あまり気にしすぎないというのも問題である。余計なところを刺激してしまいそうだ。


「エランは何か新しい情報、あったか?」


 ジャーキーを並べながら腰につけていた盗聴防止装置を起動させ、背後からそうっと現れた理知的な顔立ちの深緑色の髪をした少女に話しかける。彼女の名前はエランドーラ・カコエンテス。カコエンテス公爵の唯一の孫娘にして跡取りである。

 身分こそ大分上だが、授業も大半が重なっているために同学年のこともあって仲がいい。家としては中立派だが、今は亡き彼女の両親と、育ての母である伯母は戦時中、ルセウスの両親と行動を共にしており、彼のことを気にかけていたことを知った。そこからつなぎをとり、今は仲間として行動を共にしている。


「……わたくしの火狐によると、事件の首謀者と疑われて幽閉されたようだということでしたわ」


 慣れた人間相手ならばどもらないエランドーラは、ためらうことなくそう告げた。思った以上にルセウスは人付き合いはあまりうまくなく、貴族の子弟にどうやって話しかけたらいいのかよくわからないようだった。

 そのために一年生から碌な情報を得られなかったので、自身が契約する火狐に頼んで彼女は情報を集めたのだ。かなり魔力を吸われたが、それだけの価値はあったという。


「あの子がいるのは浜辺の幽霊屋敷ですって」


 パッと彼女の方を振り向く。買い取った時から幽霊のうわさが絶えないという屋敷である。そして、設備が古いので懲罰として幽閉される場所であった。その際、ほぼ確実に幽霊の存在が取りざたされる。

 また、少し中心から離れていることもあり、好き好んで近づく者はいない。だから、人に傅かれることに慣れている貴族の子どもにはうってつけなのだ。


「首謀者と決定したわけじゃねーのになぁ」

「ええ。でも、そうでないと一部の先生方が納得なさらなかったみたいなの」

「いじめだろ。一年相手に情けねーな、先生ら」

「わたくしもそう思うわ。でも、何だか心配な感じがしないの。何とかやってると思うのよ。ただ、彼がいなくなって、学内からのほうから嫌な強くなっている気がするわね」


 勘が鋭いエランドーラはそう言い切る。勘が鋭すぎて人の悪意や気配におびえうまくしゃべれなくなる、という悪循環があった。だが、こういう場合には非常に有益だ。


「……兄貴によればさ、魔道具のミカニのとこにさ、最近アグメンと兵法のアルマドロが頻繁に出入りしてるらしーぜ」


 魔道具を作る一族の長子である兄のアムレト・アルカは、いずれ魔道具作りの教師となるべく、ミカニのところで助手をしている。学生の中の情報はエルキスが、教師側の情報はアムレト・アルカが集めていた。


「あら、奇遇ですわね。わたくしが聞いた、ルルの幽閉を声高に主張したのは、アルマドロ先生ですって」


 二人で顔を見合わせる。これで、これからの調査対象は決まったようなものだ。確かアルマドロの家は旧王太子派であった。

 エルキスもエランドーラも楽しく学園生活を行いたいのである。

 大人の思惑で色々と振り回されるだなんて冗談ではない。さっさと無能な教師を葬り去り、自分に有益な授業を受けたいものだ。そのためにはルセウスのような劇薬も必要なのだと二人は思っている。

 それに何より面白い。彼といたら、色々なことを学べるだろう。飽きることもない。自分たちが知らなかったことを教えてくれるし、その発想が興味深い。

 そのためには努力は惜しまないのだ。



キュアノス&サビオ


 ルセウスが来なくなり、数日が経った。今、彼が行うはずだった監督生の補助はキュアノスの妹のマール・ぺルラが行っている。その関係もあり、気になっているのだろう。マール・ぺルラは有能なのだが、とにかくパンタシア・ピエタスと相性が悪いので、なんとなく一年全体がぎすぎすしている。そのせいか、どの授業も活気がない。


「……サビー、ルルのことは、本当だろうか」


 そんなことを思っていた音楽の授業中のことだった。思わず眉をしかめ、声の主を見てしまう。他の学生が一所懸命魔力を込めずに笛を奏でる中、彼は別のことを考えていたらしい。自分のことを棚に上げ、サビオは隣の少年を見つめた。

 ヴィルトトゥムの授業で一緒の班になって以来、なんとなく授業が重なると隣に座るようになった。大人びて華やかな容姿と裏腹に純粋で優しい、素朴な少年だ。地位が高いわりに、気取ったところがないのも好感が持てる。


「どのことだ?」


 何せ、ルセウスは噂に事欠かない、監督制の一人だ。知識欲が旺盛で、授業の必要最低限以外はたいてい教師に質問に行くか本を読むかをしている。あまり裕福でないということで、合間に同室のアーギルの雑用などもして小遣い稼ぎもしているらしく、いつも忙しくしい。

 だが、話しかければ色々と答えてくれるし、教えてくれる。どういう育ち方をしたのか知らないが、あまり貴族らしくない。その分、普通貴族が持っていないような知識もあり、アルバリコッケを刻んだときには非常に有益な助言をもらえたものである。

 そんな彼には色々なうわさが常に付きまとっている。良い噂が少ないために、彼に積極的に絡んでいくものは少ないが、授業や作業などで一緒になったものは認識を改めるものが多い。


「あんまりよくない噂があるだろう。その…事件を起こしたとか、何とか」

「さあね」


 誤魔化すように言うキュアノスにスパッと返す。


―馬鹿らしい。


 サビオは彼の発言に鼻白んだ。噂などどうでもいいではないか。

 わかっていることは、彼が今、事実として学校にいないということだけである。噂を信じてこちらが勝手に判断することは、危険である。

 そんなサビオのそっけない言葉に、話しかけてきた当人がしゅんとなる。犬だとしたら、耳が下手っているだろう。

 ついついからかってしまいたくなるが、別に嫌いなわけではない。自分の言い方がきつめなのを自覚していたから、慌てて、言葉をつなぐ。


「……キィは、彼がそういう人間だと思うのか? 違うだろう」

「俺…俺は……」


 そういえば、彼は被害者でもあったのだな、と思い当たる。実験中に突如立ち上がった不審火と、知らないうちに発見された呪いの札と。どちらにもルセウスと彼がかかわっている。信じたいけれど、恐怖もあって信じきれないのかもしれない。


「僕は、ルルはそんなことしないと思う。あの単純さだったら、たぶん直接色々キィに行ってくる気がするよ」

「単純って」


 軽口にふっと表情が緩む。彼はにこにこと笑っていたほうがいい。表情筋に乏しいサビオにとって、表情の豊かな彼はうらやましい対象である。

 実際、ルセウスは単純だ。やりたいことしかしない。やらなければならないことはやるが、非常に消極的である。それでもできてしまうのがすごいけれど。

 考えようと思えばいくらでも考えを巡らせられるようだが、それを面倒くさいと考えている節がある。自分の目的の遠回りだと思っているらしい。


「帰ってきたら聞いてやればいいよ」

「何やってたんだ…って?」

「そうそう。…さあ、キィ、あと二人で君の番だよ。並んだ方がいいんじゃないか?」


 キィの少し前の学生が評価を受けている。音程が今一つだ。教師の眉間にしわが寄る。


「ああ、そうだな」

「君の腕前を楽しみにしてるよ」


 そういうと彼は弦楽器をつかみ、列に並びに行った。

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