第40話 初対面。

「地下から来たんだろう?」


 初めて直接対面した祖父は、大歓迎をしてくれた。ものすごいにこにこで、あんまり感慨がわかなかった僕としてはちょっと申し訳なるくらいだった。


「はい。あ、お茶、ありがとうございます」


 あれから中に入ってお茶をごちそうになった。執事のダヴィドと通いの料理人以外、使用人はいないという。料理人の姿は見えず、お茶やお茶菓子は執事がワゴンに乗せて持ってきた。彼には若い外見を隠していないようだ。ここは、おそらく仮住まいなんだろう。


「気にするな。さあ、好きなだけ食え」


高級な茶葉をそのまま飲むと意を痛めるので、うめるためのお湯を用意してもらったら、かわいそうな子を見る顔をされた。薄いお茶は貧乏人が飲むものだからだ。もう少し南方で取れる茶葉は高級品で、我が家でも、あまり供されたことはない。 


「ほかにも苦手なものがおありでしたら、何なりとお申し付けくださいませ」


 目の前にはダヴィドが急いで買ってきたという見事な菓子の山と、果物の盛り合わせがあった。しかも菓子は高級品から庶民のお財布にやさしいものまでさまざまある。今、僕はものすごく甘やかされていた。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 食べ物は基本的に好き嫌いはない。食べることを期待されているので、遠慮なくいただく。香辛料と蜂蜜を練りこんだ焼き菓子をかじると、馥郁ふくいくたる菓子香りが口の中を満たしていく。


「じゃあ、ダヴィド。少し、控えててくれや」

「かしこまりました。何かございましたら、およびください」


 執事を返すと、祖父がこちらを向き直る。


「地下通路は、しばらく使われていなかったろう。どうやって見つけたんだ?」

「今、ちょっと学校側から屋敷に閉じ込められておりまして。裏庭で課題をこなしていたら、ちょっと隙間を見つけて」

〈見つけたんじゃなくて、ぶっ壊したんだろーが〉


 頭の中にグーグーの声が響く。ほっぺたを引っ張るわけにもいかないから、砂糖菓子をグーグーの口の中に突っ込んだ。まあ、念話だから、意味がないかもしれないけれど。


「裏庭の方でよかったな。入り口側のだと、台所裏だからネズミとかが出たかもしれないぞ」

「分岐してたんですね」


 確かに、通路はいくつかあった。


「それにしても、すごい偶然ですよね。こことつながっている屋敷に入れられるなんて」


 すすめられた焼き菓子をとってかじると、ジャリ…と砂糖の感触がした。正直言って、甘すぎて砂糖の味しかわからない。都の贅沢な菓子とは果物を使っていたり、装飾が優れていたりするというよりは、高級な砂糖をふんだんに使ったものらしかった。


「フォルトゥードに頼んどいたからな。上手く職員連中を誘導したんだろう」

「え?」

「……ちっとばかり前から、お前を少し外に出そうかという話があった。それが研修になるか、幽閉になるかの違いだ」


 祖父は強烈な甘さをまったく気にする様子もなく、ジャクジャクとフォークで菓子を刻んで口の中に入れていく。舌は大丈夫なのか、と他人事ながら心配になるほどの勢いで、菓子が口の中に消えていった。


「出そうって、そこまで嫌われてたんですか?」


 さっさと帰りたいとは思っていたが、それなりに授業が楽しかっただけに教師陣にそんなことを思われていただなんてショックだった。まあ、グラキリス以外。


「いや、そういう意味じゃないんじゃないか。むしろ、お前を守るためだろ」


 祖父同様、甘党らしいグーグーががりがりと菓子をかみ砕きながら言う。皿の周りに細かい食べこぼしがこぼれるが、少しするとそれが消えていく。実に器用な魔法の使い方だった。

 ちなみに、祖父とは最初から普通に話している。どうやらフォルトゥードから、聞かされていたようである。学長とフォルトゥードとかのつながりはどうなっているんだろうか。あんまり筒抜けだと、うれしくない。


「そうだ。教師の半数以上は現国王派か旧王太子派だからな。ヴィリロスは実の息子でありながら憎まれてる。国王に取り入ろうとしたら、お前にちょっかい出すのが一番だと思ってんだろうなァ」


 菓子を持て余しているのが分かったらしく、グーグーに差し出すと残っていた激甘菓子を横から一口で食べていった。


「現王って、よくわからない方ですね」

「まー、うちは王家と代々折り合いが悪いからな」


 王家に引導を渡すことができるという家の役割上、王家はルプスコルヌ家を常に警戒しているらしい。実際に引導を渡すのはルプスコルヌ家ともう一軒の法務をつかさどる家だが、今、ルプスコルヌ家だけが睨まれているのは父の所為だという。

 実子にもかかわらず、ルプスコルヌ家と婚姻を結んだことで、裏切られた感が強いようだ。しかも婿養子である。


「子どもっぽい方なんですね」


 わがままが通らなくて八つ当たりする子どものようだ。言った途端、グーグーと祖父がぶはっと噴出したように笑う。だが、そうではないか。仮にも一国の国王が。


「くははっ! 仮にも国王に対していい度胸だ」


 そういうと、頭をクシャッと撫でてくれる。ものすごくよく働いている手で、貴族とは思えないほどだった。農家のおじさんとのものと似ていて、指先の皮が固くなっていて、土の名残がある。


「それにしても、よく、僕らが地下から来たってわかりましたね」


 実際出てきたところを見ていたわけではないはずである。


「ああ。あそこは何代か前に、うちから王家が分捕ったところだからな。その代わりにここを建てたんだが、当時の当主が腹を立てて地下通路を掘ったんだよ。何かあれば奇襲をかけられるように」


 祖父の祖父に当たる人がやったらしい。あの場所は海のそばで、流通や何かにとてもいい場所だったという。そのため、王家が欲しがっており、なんだかんだ理由をつけて没収されたとのことだった。やり方があくどい。


「奇襲はかけなかったけど、何度か脅しはかけたみたいだな。おかげで幽霊屋敷の評判が立って、学園に払い下げられたわけだ。そんな噂、聞かなかったか?」

「うーん、聞いたことはないですね」


 聞いた覚えはない。だが、もしかして職員会議で幽霊屋敷だからここに入れられたのかもしれない。

 アグメンが嫌そうだったのはそのせいかな?とも思わないでもない。授業の時と違って、とにかく不機嫌そうだった。


「まあ、だから直に来ると思っててな。お前のみつけた入り口は、ルプスコルヌ家の係累にだけ反応するようになってんだ。ルプスコルヌの人間ならすぐに直せるから、気にすんな」


 当時の当主というのはかなり粘着質で、それはもう、ねちねちねちねちと繰り返し嫌がらせを行った。こっそり地下から忍んで行って、枕元で囁いたり、ものを動かしたりと地道な嫌がらせをしたと記録にはある、と祖父は言った。事実はルプスコルヌ家の当主にだけ告げられており、王家の人間も知らないそうだ。

 祖父も学生のころに、幽霊のふりをしたことがあるらしい。母もやったそうだ。つまり、定期的に嫌がらせをしているようだ。面白がってのことだという。


「はあ…。すごい話ですね」


 なんと面倒くさいことを、と思うけれども、ルプスコルヌ家の伝統なんだろうか。僕もそうなるのかな、と思うとあんまりうれしくない。


「で、それらすべてをソフィは知っているわけだ。当時から生きてるからな」


 ―こわ!フォルトゥード先生、こっわ!!学長も掌の上じゃない?


 ドヴェルグの血を引いていて、長生きとは聞いていたが、学長も他の先生もものともしていないようだ。話を聞けば、図書館や寮など、彼女の母の作った作品がたくさん王都に残されているから管理の関係上いるだけで、最悪、どこでも住めるとのことだった。


「怒らせないようにしておけ。怖いぞ。今の王家と仲が悪いから、味方してくれてるがな」


 コクコク頷いてお湯でうめた茶を飲む。薄めたにもかかわらず、成分が強すぎて胃が痛くなった。別の要因かもしれないが。


「そんで、おじい様よ。聞きたいことがあんだが」


 激甘の菓子をさらにいくつかむさぼったらしく、グーグーの口の周りには色とりどりの食べかすがついていた。だが、ぺろりとやると一瞬で消え失せる。


「お前さんにおじい様と呼ばれんのは、尻がくすぐったくていけねーな。ロスとでも呼んでくれ」


 そういえば祖父な名前はランプロスだった。


「んじゃ、ロス。こいつの親、今、どうなってんだ?」


 それは僕も聞きたかったことだ。そろそろ祖父が来て、何らかの伝達があるだろうと思っていたところで今の屋敷に幽閉されたのだ。まったく僕のほうに情報は入ってきていない。


「簡単に言うと、ヴィリロスが頑張って籠城してるってところだな」


 城の中に入り込んでいる祖父手のものによれば、父は軟禁、というかほぼ幽閉状態にある。あまりの手ごたえのなさに業を煮やした国王は、食事の供給も絶ったという報告があった。

 だが、拷問とかはなく単に幽閉されただけであれば、おそらく父は数年生き延びることは可能だ。父の魔力を完璧に封じ込められる人は、この国に関していえばおそらくいない。封じ込めるには対象を上回る魔力か技術力が必要である。

 そして、魔力が半減しても、身に着けている指輪などの装飾品さえあれば生き延びることは可能だ。あの中には家族三人が半年、ゆとりをもって生活できるだけのものと、ためた魔力が入っている。つまり、父一人ならば、何年か生きることが可能なのだ。

 そして、それらは取ろうとしても、その部位を切り落とさない限り外せないようになっている。


「王家は法務省の連中に圧力をかけて、必死に離縁できる穴を見つけようとしてる。が、省長が頑として首を振らなくて、王家側は焦ってるようだ。本来、法律と権力は分断されるもんだから、ともっともらしいことを言ってはいるが、あそこの省長は名前こそ異なっているが、うちと対になる家だ」


 本人にも確認したから、安心しろ、と言われた。つまり、法的には罰せられる可能性は極めて少ないということだ。少しホッとする。

 なぜ離縁を急に言い出したのかは明確には不明だが、国際問題が絡んでいるのだろう、というのが祖父の言だった。婚姻のための誓約が、王族の首を絞めている状態だというのだ。


「うちに婿に入るにあたり、いくつかの誓約がなされた。それがある限り、王家の思惑通りにはなかなかいかない。それで、離縁させようとしてるってところだ」


 両親が王都に近づかなかったのには、その誓約もあったようだ。ちょっとだけほっとするも、状況が明るいわけではない。


「まー、あとはお前とコーラだな。あいつの弱みになるとすりゃ。だからこそ、あの屋敷に入れられたんだと思うぞ」


 痛みにも耐えるだろうし、法的にも大丈夫だが、弱みとなれば確かに僕たちだろう。過去の父を知っている人々からは信じられないほど、父は母と僕を愛してくれている。


「まあ、お前のことは随分と鍛えてきたと言っていたな。コーラもうちにくりゃ、多少のことは何とかしてやる。ところで、お前、貴族位に未練はあるか?」

「いえ、まったく。そもそも、貴族という意識はありませんでした。貴族と渡り合えるように、とは教育されましたが、貴族として生きろとは言われてませんし。まあ、未練と言えば貴族だけ入れる禁書庫でしょうか」

「だよなぁ。で、だ。ヴィリロスとは話せねぇが、コーラとは昨夜話した。明日にもこちらの家に移ってくる。そんで、いざとなったらお前とコーラをファグアンに逃すことにした」


 ファグアンには祖父の妹が嫁いでいるという。まだ存命で、それなりの力を持っているそうだ。


「ファグアン…。確か絹の産地でしたよね」

「まあな。食事がうまくて水が豊かないいところだぜ」


 交渉する際に数か月滞在したことがあるのだ、と祖父は言う。ファグアンといえば、サビーだな、となんとなく思い出す。同級生たちは今、何をしているのだろうか。

 気がつけば、プントが指定した夕食の時間まで、あと二時間ほどになっていた。


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