第39話 地下通路。
ぽっかり空いた穴は、入り口がかなり狭かった。小柄な僕だったら問題なく入れるだろうが、今の状態のグーグーだと肩がつかえるかもしれない。
周囲のレンガをもう少し剥がしてもいいが、修復が大変そうだから、この辺でやめておく。まあ、グーグーは自由に体を変異させられるから、大丈夫だろう。
「結構深そう。うーん、ちょっとかび臭い」
ぽっかりとあいた穴からは、湿った土と埃っぽさが混じり、かびのような独特なにおいが漂っていた。
どう見ても地下室通路だ。我が家のさらに裏にある隠し通路も同じような雰囲気である。昔の人は隠し通路や地下通路が好きだったんだろうか。
「だな。今、行ってみるか?」
僕の横に来て、穴をのぞき込む。人型なのにもかかわらず、犬よろしく鼻がひくひくしているのがちょっと面白い。実際は犬じゃないと本人は言うけれど、やはり基本形は犬だと思う。
「どうしようかなぁ」
言ってはみたいが、頭のはしを
「うーんと…プントがうるさそうだから、後にしておく」
何せ、あと少ししたら昼食だ。それに、プントが妙に張り切っていたから、ちょっと楽しみなのだ。昨夜のご飯も朝ごはんもおいしかった。
その直後、グーグーがピクリとはね、僕を元居た場所まで抱えて戻す。素早い。
「噂をすればなんとやら、だ」
膝についた土や何かを払うふりをしていると、尻尾をふりふり二足歩行でプントがやってくる。今日は白シャツに綾織のズボンとベストを身に着けていて、なかなかおしゃれな猫である。
「昼食だにゃぁ。今日は鶏肉の煮込みと、朝焼いた全粒粉の丸パンにゃよ!」
服の上からかけている前掛けが風で少し翻ると、料理酒と山羊乳のにおいが漂った。グーグーもそうだが、彼は妖精の一種なので酒も香草類大丈夫らしい。どういう構造なんだろう、とちょっと不思議に思うが、同じものが食べられるのは何となくうれしい。
ゆらゆらゆれる尻尾の後についていくと、見事な昼食が出来上がって、机の上に並べられていた。僕が肉を付けようと決意したのが分かったかのように、かなり栄養価の高いものばかりだ。丸パンの脇にはヤギのチーズとスコエノプラムスを細かく刻んだものを混ぜたスプレッドまでつけてある。
「さぁ、さっさと手を洗ってから食べるにゃ!」
髭がぴんぴんさせながら、ちょっぴり偉そうなプントの様子に、グーグーと顔を見あわせ、もう一度全身洗浄してからおとなしく、いい香りをさせている昼食にありついた。
どうやったのか、本来は比較的固い斑鶏まだらどりはほろほろと柔らかく、ほんのりと焦げ目のある皮はぷりぷりだ。間のこってりした油を丁寧に取っているようで、鶏独特の臭みもない。大ぶりに切った野菜とキノコからおいしい出汁が出ている。若干クセのある山羊乳は香草と酒のおかげでうまみに代わっていた。文句なくおいしい。食が進む。
学校の食堂のものよりも、品数は少ないが丁寧に作られており、量もたっぷりだ。スプレッドを塗った丸パンまで全部食べ終えると、お腹がいっぱいになったけれど、大満足だ。僕もグーグーも夢中になって食べた。
三人で昼食を終えると、プントは満足そうに喉を鳴らしながら、二つ並べた台所の椅子にぐるぐる言いながら日向ぼっこを始める。開いたり閉じたりしていた目がぴたりと閉じたころ、目配せをしてグーグーを庭へと誘った。
「じゃあ、そろそろ戻る?」
「そうだな」
夕飯は七時にゃ!と昼食の前に言われたから、それまでに帰ってくるべく、僕らは先ほどの穴の中に行くことにした。
___________________________________
「これってー。緊急時だから杖使わなくってもいいよね!」
杖を腰についているベルトのホルダーに突っ込み、両手が自由になるようにして穴の前に立った。汚れてもいいように学校で普段着ているマントを羽織る。靴は履きなれた、地元で履いていた長靴だ。
「グーグーはどうするの?そのままだとつっかえちゃうよ」
「ん~…。手が使えたほうがよさそうだからな」
そう言って、少しこちらを見つめると彼の輪郭が少し歪んで、僕と同じ年頃の少年になった。子どもになった分、目が大きく見え、色違いの瞳が目立つ。友達と一緒に冒険に行くような感じでワクワクする。
「こんならいいだろ」
「自由自在だね。じゃ、行こう!」
二人で中に入ることにする。最初にグーグーが降り、様子を知らせてくれることになった。実に危なげなく、するりと穴を降りていく。身が軽い。
「中、どう?」
「ん~、まあ、お前なら歩けんじゃねぇ? ゆっくり降りてこい」
結構下の方から声が聞こえてくる。グーグーは正確に僕の状態を把握しているらしく、今まで大丈夫だといわれて失敗したことはない。
ただ、若干、足場が危ういそうだ。本来設置されていたであろう階段が崩れているという。なので、手を添えながら慎重に降りていくと、五分くらいして平らな地面に行き当たった。
「無事に来たな。灯ともせるか?俺は見えるけど、お前見えねぇだろ」
大丈夫、と返事をするとふわりとした光の玉をいくつか浮かべる。僕と一緒に移動してくれる便利な灯だ。これも父から教わった。火属性よりも燃える心配がないために、安全で有益なのだ。
「ほわー」
灯の先には、やはり地下通路が広がっていた。しかもずいぶんと先まで続いている様子である。明らかに天然のものではない。何せ、レンガできちんと作られたまともな通路だ。ところどころアーチで支えられた入り口のようなものがのぞいている。
埋められてしまっていたわりには、かなり本格的なつくりで、出入り口以外は大きな問題がなさそうである。ますますわくわくしてきた。
「結構、長く続いてそうだね」
「だな。この音の響き具合からすると、かなり長いぞ。妙な生き物の気配もない」
そう言いつつ、がんがんと地面をかかとでたたく。元々あるものに人間が補強を施したのでなく、一から掘ったんだろうと低い声が言う。いつの間にかグーグーは大人の姿に戻っていた。なんとなく心配なのか、手をつながれる。かなり心配性だ。
家に貼られている結界は地下までつながっているかと思っていたが、地下室はともかく、この通路まではきていない。確かに、魔力の節約になるから、通常は半円形に貼ることが多いのだ。建物の水準だけでとどめていたようだった。
「このまんま、ずっと行けそうだね」
いくつか分かれ道があったが、グーグーはほぼ迷わず行っている。どういう能力か知らないが、便利だ。僕は手を引かれてついていくだけである。
「ああ、大丈夫だろ」
そのまま、半時ほど歩いただろうか。ところどころ剥落し、意匠が判然としない紋章が彫られている以外、特に不審な点はなかった。これ以上行くと、戻るのに時間がかかるかもしれないので、どうしようかと迷っていると、顔に少し風を感じた。
「風が…」
「ああ、どこかに出口があるのかもな。行ってみるか?」
「うん。気になるから、行ってみる」
「おう。じゃあ、このまま進むぜ」
そのままさらに少し行くと、階段が見えた。僕たちが入ってきた場所に比べるときちんとした階段になっている。天井の真上には押し上げるような扉がついていた。おそらくそこから風が入ってきたのだろう。
「出てみるか。お前、ちょっと階段の半ばで待ってろ。俺が先に行くからな。いいって言うまで来んなよ」
うん、と返事をしたとたんに軽々と飛ぶようにして、最上部に行ってしまう。ここまでくるペースは完全に僕に合わせてくれていたんだろう。
最上部にたどり着くと、扉に手をかけて少し力を籠める。すると、みきっという音がして、扉が開き、土やら草やらがパラパラと降ってきた。普段は閉鎖されているようだ。
頭を出して周りときょろきょろと見回してから、僕のほうに声をかけてくる。
「大丈夫そうだ。来い」
グーグーの言葉に促され、階段を上って扉の所まで行くと、グイっと両脇に手を入れて引き上げられた。いきなり日のあるところに出て一瞬目がくらむ。昼食時よりは太陽光が弱まっているはずだが、目が痛い。
「ああ、いい空気」
抱えられながら目をつむり、深呼吸をする。埃っぽい空気に、歩くうちにすっかり慣れてしまっていたが、空気はやはり外のほうがいい。肺が洗われていくような気がした。
「確かに。俺なんか鼻が利きすぎて逆にマヒしたけどな」
すーはーと深呼吸すると、ようやくグーグーは僕を下ろしてくれた。
おろされた地面は柔らかかった。豊かな土で、草も木も豊かに茂っている。ようやく慣れた目で周りを見回せば、目の端に小ぢんまりした屋敷が見えた。温かい雰囲気の、屋敷だ。
「ちょっとだけ行ってみていいかな?」
「ん~、まあ、せっかく来たし、ちょっとだけならいいんじゃねーか?」
ざくざくと草を踏んで歩いていく。最近感じていなかった草や木の息吹を感じ、うれしくなった。やはり自然の中を歩くのはいい。
ウキウキと歩いていくと、木が少し途切れ、開けた場所に出る。どうやら人様の屋敷の裏庭のようだ。きちんと整備されており、人の住まいだと察せられる。しかも、土の新しさや芝の短さから見て手入れしたばっかりらしい。
その時、人の気配がして壮年の男性が出てきた。使用人と思しき男性と一緒だ。使用人の男性は執事のような恰好をして、時計を身に着けている。ぜいたく品を持てる使用人がいるということは、豪商や下級貴族の屋敷なんだろう。上級貴族の屋敷としては簡素だから、ひょっとしたら上級貴族の別荘かもしれない。
慌てて、木々の中に少し戻り、木の陰から彼らを見る。すると、僕の後ろにいたグーグーが僕の両肩に手を置いて、身を乗り出してきた。首を左右いろんな方向に曲げ、矯めつ眇めつ壮年の男性を見る。鼻もひくひく動いていた。
そして、執事と思しき男性が家の中に姿を消すと、いきなり手を離し、犬の姿になり、つかつかと彼のもとへと向かっていった。
「ちょっと! グーグー!!」
小声で咎めるが、歩みは止まらない。かといって追いかけていくのも憚られ、木陰の中から見守った。
「ん?何だね君は。はぐれたのかね?」
グーグーが寄っていくと男性はひざを折り話しかける。動物好きのようだ。一方でグーグーはクンクンと彼のにおいをかいでいる。そして、次の瞬間、犬の姿のまま、僕に話しかけてきた。
「おい!ルル。出てこい。こいつ、お前のおじい様とやらだぞ」
呼び出されたのでこそこそと気の裏から出て、男性の前に立つと、彼はあっという間に若々しい姿へと転じた。かつて、魔道具越しに見た祖父だ。なかなかの男前である。
「ルセウス・ミーティアか!」
嬉しそうに近づいてくる声も若々しく張りがある。魔力でごまかして壮年の男性になっていたのだろう。祖父は両親と同じように非常に魔力が協力で豊かなのだ。僕も、もしかしたらこのように年を取らない可能性があるんだ、とふと思う。
「は、はい。ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌ…です」
答えた瞬間、抱きしめられた。かなり力が強い。ぎゅうぎゅうに力を込められて、窒息するかと思った。空気が抜けたような音が口から洩れる。僕、今日は厄日なんじゃないかな。
「ぷふ…っ」
「お、おお、こりゃしまった。ワリィ」
腕から解放され、ようやくまともに息ができる。深呼吸すると、グーグーが忠犬よろしく下から心配そうにのぞき込んできた。
「思ったよりも早かったな!」
「え?」
抱きしめていた両腕を離すと、頬に両手を添えられて、じっと見つめられる。しかし、そんなに簡単に信用していいのだろうか。確かに、鏡越しにはあっているけれど。
「はは!ヴィリロスに似ていやがる!!…ダヴィド、追加の茶を」
彼が部屋の中に呼びかければ、先ほどの執事と思しき男性が丁寧に礼をして去って行った。いきなりやってきた客人に、まったく動揺しないところが素晴らしい。
「さあ、孫よ! 中で話をしようじゃないか」
きらきらとした笑顔で、そういわれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます