教師たちのお茶の時間。

①スティルペース&フォルトゥード


 長年教師などというものをやっていると、印象的な生徒というものがいる。スティルペースにとっては、それがヴィリロス・プラテアドとコラリア・ルプスコルヌだった。忘れようにも忘れられない生徒たちだ。

 文武両道で身分も高く、容姿にも秀でたヴィリロスはとにかくやりたい放題の問題児だった。罰として無理難題を押し付けてもなまじ出来がいいために難なくこなしてしまう。

 喧嘩を売られれば倍どころか三倍返しだし、嫌がらせをする教師を何人か退職に追い込んだ。とにかくエネルギーにあふれており、そのやり場がないのも相まって無茶苦茶だったが、それと同時魅力的でもあった。そして、たくさんの取り巻きに囲まれていても、どこか孤独を抱えた少年でもあった。

 一方で、コラリアは愛されて育ったというのがわかる、懐が深い落ち着いた少女であった。早くに母と兄を亡くしてはいたものの、周りに恵まれていたのだろう。その柔らかな雰囲気で周りの人々を惹きつけていた。ただ、単なるのんきものではなく、観察眼に優れて鋭い部分を持ち合わせていた。さすがあのルプスコルヌと教師陣の間では話題であった。


「最初は険悪でしたなぁ、あの二人は」

「そうね。珍しくヴィリロスが自分から突っかかっていったのよねぇ」


 昔はあの子たちが夫婦になるだなんて思いもしなかったわ、とフォルトゥードがからからと笑う。

 だが、プラスとマイナスがくっつくようなものだったのだろう。本当に色々なことがあり、互いの取り巻きの尽力もあって、卒業するころには相棒となり、恋仲となり、やがて夫婦となった。あれほど愛され、そして憎まれたカップルというのも珍しいだろう。


「それで、レーノちゃん。ルルに会ったご感想はいかが?」

「そうですな。いや、面白い子どもですよ。規格外なのはヴィリロス譲りでしょうが、あのおっとりとしたところはコラリア似ですなぁ」


 茶をすすりながら、うんうんと頷く。

 両親に比べると、いささか地味な印象ではあったが、ヴィリロスによく似た愛くるしい少年は、かなり面白い子どもだった。しかも自身の容姿をそれなりに自覚しているらしく、結構的確に使っている。

 王家があの二人の子どもの入学を許したと聞いて驚いたが、さらにその子どもが若干計算高いが、まともな子どもであることに驚いた。


「常識がないとグラキリスなどは言いますが、ちゃんと礼儀はわきまえているし、陰湿なところがない、ごく健全な子どもですよ。頭がいい子だと、あれくらいは普通ですね」

「頭がやわらかいのよねぇ。だから人が思いもつかないことをするのだけれど、結構ちゃんとした子だと私も思うわ」


 グラキリスのいう常識は貴族の常識だ。杖の使い方にしろ、礼法にしろ、上級の商人であれば全く問題がないレベルである。

 おそらく、あの二人はルセウスが貴族として扱われるとは思っていなかったのだと思う。貴族としての知識はかけてはいるものの、話してみるとかなり多岐にわたる知識を持っており、しっかりした子どもである。

 貴族ではなく、一般人としてみたら、生きる力にあふれた、たくましく優秀な子どもだ。冒険者として生計を立てることも可能そうである。おそらく他の国にいても生きていけるだろう。


「コラリアの母は他国の出身でしたな」

「ええ。あの家は色々なところに伝手があるわね」


 王家を抑制するという家の特性上、ルプスコルヌ家はかなりの割合で他国から嫁や婿を取っている。国は出ないが、周辺諸国と縁を結んでいるのだ。

 だから、様々なところに伝手があるはずだ。二人はおそらく息子を外に出すことも考慮に入れている。と、いうよりは成人したら国を出すつもりだったに違いない。だからこそ、一般人の常識を入れたんだろう。

 記録によれば、ルセウスは近隣諸国ほぼすべての言葉を読み書きできるようだった。グラキリスが腹立ちまぎれに語ったところによると、古代語も堪能らしい。離すのにもそん色がない、と驚いていた。

 さらに、彼が借りていった本はこの国の言葉だけではなく、色々な国のものが含まれているというのはアールヴの兄弟の証言だ。


「……年寄りの予想では、この先、この国にはあの子の力は必要になっていくと思うの。多分、絶対ね。でも、まだまだ子どもだから、助けは必要だわねぇ。たった十歳ですもの。少なくともあと五年くらいはね」


 今頃、ルセウスは馬車で軟禁先に移送されているころだろう。ヴィリロスの親友と言ってもいいヴィルトトゥムがついているのはいいが、アグメンもいるので、油断はできない。

 教師としてのアグメンはまともだが、ヴィリロスを快く思ってない人物の筆頭でもあった。バランスをとるためにあの二人を学長は付けたのだろう。アグメンの生家も、彼女の夫の家も旧王太子派だ。


「あのお方、学長も難しいお立場ですな」

「あの子はこの国の安寧と子どもの幸せを願っているだけなんだけれど、あまり上手くはいっていないわね。結構不器用だから」


 先王がもっとまともだったら違っていたはずである。だが、先王が火種を生み出し、それはまだ収まりきっていない。

 今の王は先王の子どもたちの中ではまともなほうだった。だが、平時ならばともかく、火種をくすぶるこの国を抑えきるには力量が足りていない。ちょっとしたきっかけですぐに争いは再燃する。今回のことも、それとの関わりがあるとみていい。


「王太子が生きていても、ややこしかったでしょうな」


 まず間違いなく、ヴィリロス派と王太子派とに分かれたはずだ。ヴィリロスがいわば格下に婿入りし、さらには神輿となる王太子がいない分、まだましだ。


「王太子もねぇ、ヴィリロスに対する憧れと嫉妬で目の前が見えなくなっていたから」


 スティルペースもそれは憶えている。若干年の離れた王太子がこの学校に入学した際、すでにヴィリロスは神童と名高かった。頭脳も、魔力も、容姿もずぬけていたために、弟として、王国の後継ぎとして妙な焦りがあったようだった。


「いまさら言ってもどうにもなりませんが、それが尾を引いておりますな」

「ええ」


 未だに王太子派がうごめいているのが不気味だ。もはや、担ぐべき王太子はいないのに。


「あの子がいない間に、調査してみるわ」

「そうですな」


 相槌を打つと、にっこりと笑って、フォルトゥードが干し果物を進めてくれる。上質なものばかりだった。


「はて、ところでプントが見えないようですが」


 いつもだったら、お茶と共に菓子を持ってくる猫妖精ケットシーが見えないこと思い出し、尋ねる。

 むっつりと、だが優雅に給仕をしてくれる彼を、実はこっそりと楽しみにしていた。実はスティルペースは無類の猫好きである。よく見るとクラバットの端には、娘がしてくれた猫の刺繍がある。


「ああ、ちょっとお使いに行ってるのよ。二週間くらいで帰ってくるのじゃないかしら」


 行先はわかっているのよ、とにこにこと笑った。それにほう、と返す。どこに行ったのか予測がついた。


「そう言えば、あの屋敷以外の選択肢をさりげなく消していったのはあなたでしたな」

「他は修復や老朽化で調整中だった、というだけよ」


 都に住むドヴェルグの動向を把握しているフォルトゥードはにっこりと笑った。



②学長&ヴィルトトゥム


 うんざりしていた。自分の無力さにも、教師陣の無能さにも。目の前の会議では、当事者である生徒のことを真剣に憂える声は少なく、自分の立場はどうなるのだというものがほとんどだ。

 昔の戦時下ではもっと悲惨なことが散々あっただろうに、取り乱してばかりで情けない。保身ばかりで嫌になる。

 おまけにこの一連の騒ぎが、ルセウスの自作自演だと声高にいうものが出てきた。あの能天気な子どものどこに、積極的に王位簒奪を企てる要素があるというのだろうか。むしろ、あれが演技だというのであれば、見事である。それだけの力があるのなら、姉からさっさと王位を奪ってほしいものだ。

 だが、今、この校内ににいてもいいところがないというのも確かだ。それならばいっそ、安全なところに隔離してしまったほうがいい。

 遅かれ早かれ研修という口実を付け、数人で外にちょっと行ってもらおうと思って準備はしていた。そのためにスティルペースの授業でジェンマにルセウスとの接触を持ってもらったのだ。


「……それでは、二週間ほどルセウス・ミーティア・ルプスコルヌを隔離する。フォルトゥード、学校所有で現在使える屋敷は?」


 研修やこういう時に生徒を隔離しておくために、学校はいくつか屋敷を所有している。その多くはフォルトゥードが取り仕切るドヴェルグのギルドが管理していた。


「ラールス海岸の屋敷と、お化け楡の屋敷ですわねぇ。後は老朽化してたり、補修中だったりすると思いますわ。位置関係から言うと、お化け楡がいいんじゃないのかしら」

「いやいや、フォルトゥード先生。ラールス海岸のほうがいいでしょう。何せ小さい!野生児らしいから、いい仕置になるでしょう」


 確かに小さいラールス海岸の屋敷、通称浜辺屋敷は幽霊のうわさで有名な屋敷である。喜色満面で言った中年教師の意図が透けて見えて、げんなりする。これでは単なるいじめではないか。

 あの犬がいるから、大したことにはならないと思うが、たった十やそこらの子どもに何ということを。情けない。

 そういえば、コイツは旧王太子の側近の腰巾着だったな、と見やる。つまり、ヴィリロスに煮え湯を飲まされた家だろう。

 だが、それは私情だろう、と断罪することは王妹としてできない。国王寄りに見せかけなければならないのだ。十数年かけて準備してきたのだ。今、姉に目を付けられれば、努力がすべて水泡に帰してしまう。

 戦争末期から、姉は変わっていった。思い出にとらわれ、愚王へと変貌しつつある。だから、次の王位はまともなものへ、と怪しいものを手元に教師として置き、背後を探り、一掃する機会を狙ってきた。

 この間、騒ぎを起こした助手も怪しいと目は付けていたが、まさか毒まで持ち出すとは思っていなかった。完全に自分の失態である。


「……それでは決を採る。浜辺屋敷の者、手を挙げよ」


 お化け楡の数を数えるまでもなく、バッと大多数の手が上がる。ヴィルトトゥムは、と見ると彼もまた手を挙げていたのが意外であった。まあ、あの子どもが幽霊ごときにおびえるとは思えない。むしろ喜んで研究しそうだ。


「では、ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌを二週間、ラールス海岸の屋敷に隔離する。その間に全力を挙げて調査を行うように!」


 しぶしぶと痛む胃を感じつつ、緊急職員会議はお開きとなった。


――――――――――――――――――――


「お前が賛成するとは意外だったね」


 深夜、こっそりと私室に忍んできたヴィルトトゥムに薬茶を出しながら言う。微妙にいやそうな顔をして、それを受け取ると、彼は行儀悪くズッとすすった。薬臭いが、効能は確かなのだが。

 ヴィルトトゥムはてっきり、表立って反対するものだと思っていた。研究バカと言われるが、気に入らなければ噛み付く教師というので有名なのだ。若い割に、気概がある。


「まあ、もろ手を挙げて、とはいきませんがね。あの子をここから出すのにはいい口実だと思いますよ。アグメンが厄介ですがね。……ところで、学長、あの屋敷の前身を知っていますか?」

「いや?王家所有のものを学校が譲り受けて使っている、と聞いているが」


 そういうと、彼が古い巻物を取り出してきた。黄ばんだ紙に書かれているそれは、浜辺屋敷の権利書で、下に一本角の狼の印章が押されている。つまり、ルプスコルヌ家の紋章だ。


「こ…れは」

「ふふ…我々はフォルトゥード先生の手の上ですね。あの屋敷は、数百年前に王家が取り上げたルプスコルヌ家のものらしいですよ。当時はまだ侯爵家でしたね」


 それだけ言うとさっさとしまってしまう。おそらく、そのことを彼女は知っていたのだろう。もしかしたら、幽霊のうわさも彼女の仕業かもしれない。


「直、ルプスコルヌ家の当主が動くでしょう」

「そうか」


 ルプスコルヌ家が、一角狼が牙をむくかもしれない。だが、それでいい。愛する姉を王位から引きずりおろし、正気に戻す日を、もうずっと願っている。それこそが、ともに戦い、あの家で共に生き延びてきた妹として、彼女にできる唯一の愛情だと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る