犬、活躍する。①
呪いの指輪が来た夜、危機に瀕したにもかかわらず、
このルセウス・ミーティアという子どもは、は動じることというのが少なく、実に図太い。大物といえば聞こえがいいが、大雑把なのだ。興味のムラも激しく、興味がないことは本当にどうでもいいらしい。自分に対する呪いは、どうでもいいことに分類されたようだ。
今まで見てきた人間は、こういう時は面白がるか、怖がるかがほとんどだった。気にしない、という選択肢は見たことがない。大体、あれが結構面倒な呪いだという認識はないのだろうか。否、あるうえでこの状況なんだろう。
信用されていると思えば嬉しいようなくすぐったいような、その能天気さを呆れるような、何とも微妙な気分になる。
空間に浮きながら、じーっと当代の契約者を上から眺め、改めてグーグーはため息をついた。
『こんな夜更けに散歩か? 犬もどき』
のそり、と巨大な猫が起き上がり、念話で話しかけてくる。いつもと違う、特徴的な語尾のない話し方だ。暗闇の中、ぴかりと目が光った。
『うるせえ、猫かぶり』
プント、と名付けられた
純粋な猫妖精では、多分ない。そして、仲間内では相当の実力者なはずである。そろそろ精霊へと転化するころ合いだろう。そういう意味ではあのお坊ちゃんの飛び猫と似ているが、他の種がまじりあっているだけに面倒だ。フォルトゥードもそれを理解し、だからこそここに寄こしたと思われる。珍しく、一筋縄ではいかない相手だ。
『ふん。ボクは猫だからな。猫を被るのは当たり前だ。お前と違ってな。…で、犬もどき、どこに行く』
ひらひらとリボンをはためかせながら尻尾を一振りし、プントが言う。ずいぶんとお気に入りらしく、いつもつけている愛らしいリボンだが、この猫には全く似合っていない。
『ま、ちーっとお話合いと呪いの確認にな』
『呪いって、あのひどいにおいの奴か。袋から出した途端、嫌なにおいがしてたな。ボクやお前がいるのにいい度胸だ』
あの時は、寝ていたふりをしていただけらしい。開けるまではにおわなかったが、開けた途端に漂った匂いは本当にひどいものだったし、猫の眠りは浅いというから、当然か。多分、何かあったらルセウスを守ってやるつもりだったろう。
『あんな臭いさせてたんだから、警告だろ。でも、返されるとは思ってなかったんじゃないか。少し上乗せして返してやったから、まあ、その様子見にな』
『ふうん。飼い主置いて、か?」
にい、と笑うと口が耳まで裂け、目が三日月のように細くなる。これだから猫は嫌いだ、とグーグーは思った。この様子が不気味なのだ。だから猫には変身しない。猫化は
『お前がいんだろ』
『へえ。齧っちゃうかもしれないよ?』
にんまりと露悪的に言う。猫らしいといえば猫らしいが、犬めいた忠誠心を、この猫妖精がフォルトゥードに抱いていることは見ていればわかる。それに、猫妖精が人間を食うとは聞いたことがない。
『……フォルトゥードに顔向けできないことはしないだろ、お前は』
それには図星を突かれたようで、一瞬目を大きく見開いてから、ふん!と鼻を鳴らすと、プントはルセウスに体をそわせるようにしてふて寝した。
きちんと尻尾でルセウスを抱き込んでいるあたり、結構、気に入っているんだろう。この分なら大丈夫だろう、と安心して出かけていく。
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一旦、地下室に出てから、例のルプスコルヌ家の家に行くことにした。犬の姿のまま。
この屋敷の結界を破ることはできるが、厄介なことになりそうだったからだ。幸い、ルセウスとの契約で、結界にも身内認定されているようだから、問題なく地下通路には入れる。
ランプロスはかなりの情報通のはずだ。飼い主の身内でもあることだし、巻き込んでおいた方が得策である。特に、ルセウスが執心している両親をどうにかするには情報を引き出しておく必要があった。
目指すのはランプロスの私室だ。お子様であるルセウスはもう就寝しているが、大人であれば起きていてもおかしくない時間である。おそらくあの男ならば起きているはずだ。
地下から転移で移動し、屋敷の外に出てからそっと中に忍び込む。知らない匂いもあったが、大した脅威ではなかったので放っておく。そのまま私室へと移動した。
宵っ張りらしく、まだ煌々と明かりがついていた。どうやら仕事をしているらしい。
「……ルルんとこの犬じゃねぇか。なんだこんな夜更けに」
こっそりと忍び寄ると、見もせずにランプロスは言った。手元には暗号で書かれたと思われる書類がある。外交的な仕事をしていただけある、と思わず感心するほど複雑だった。
「さすがだな、ロス。ちっと話があってな。この中身について訊きたい」
さすがに容姿に影響が出るほどに魔力が多い男だ。魔力の色をしっかりと覚えていたようである。いずれ、ルセウスもこうなるだろう。両親を実際に見たことはないが、似たようなたぐいだと思われる。王家に睨まれるはずだ。
そして、差し出したのは昼間の指輪が入った袋である。呪いが解除されたと聞き、のんきにも荷物入れにルセウスが放り込んでいたのを引っ張り出してきた。口に加えた紐を離し、手紙をしまったランプロスの足元にぽとんと落とす。
「ほう、こりゃ、中身は指輪か。えれぇ、古いもんだな。シャルムのか?どっから持ってきた」
杖で拾い、袋から中身を取り出し、そばにある拡大鏡を引き寄せ、薄れつつある模様を矯めつ眇めつ眺める。単なる古い金に見えるが、実際はアダマンタイトを一部に使った合金で、古代の遺跡、特にシャルムで使われていたものに酷似していた。
「それが今日、例の屋敷にルルあてに送られてきた。解除したが、見事な呪いが欠けてあったぞ」
「何だと?!」
ようやく孫に会えて溺愛している祖父は、大事な孫が害されようとしたと聞き、激高した。ひょうひょうとした感じの男だが、孫に関しては人が変わる、とフォルトゥードが言っていたのを思い出した。事実らしい。
「大丈夫だ。俺らをごまかすためだと思うが、臭い付けがしてあってな。しかも返されたときには無効化する術式まで書いてあったから、書き換えて倍返しにしてやった」
ルセウスでも解呪出来たろうが、屋敷の結界の主たる対象が彼である以上、外に出る魔法を使わせるべきではない。単なる魔法生物と侮られ、魔力の封印を受けていないグーグーがやって正解だったのだ。おかげで隙間からこっそりと術が移動し、無事に発動した気配がある。
「……お前さん、ナニモンだ?魔法生物じゃねぇだろう」
ふむ、とグーグーは考えを巡らせた。この爺には聞かせておいたほうが便利かもしれない、と。そして、にやり、と犬の姿のまま笑うと、人へと変じた。それも、ずっと成長した、というか三十代半ばくらいの容姿でだ。正直、こちらの方がなじみがいい。
「っ!“ルドゥンの悪魔”っ」
「ほお、知ってるんだな。絵姿でもみたか?」
そう呼ばれていた時代とこの男の年頃を考えると、直接の面識はないはずだ。ドヴェルグやアールヴといった種族以外は生き延びているとは思えない。
「ああ、そうだ。……ルドゥンの悪魔は当時、ルドゥンの王女のそばに常に控えていた魔術師だったな」
人ならぬ魔術を使う魔術師。手をふれば火が降り、地が裂けたといわれている。ルドゥンの第二王女のそばに控えていたというが、滅亡して以来、誰も見ていない。慈悲深い王女は身を挺し、幼子をかばい、命を落としたと伝え聞く。今でも人気のある、高潔で慈悲深い王女の絵が描かれるときには、常に黒衣を来た色違いの瞳の魔術師が控えていた。
「昔から、悪魔や神と呼ばれることが多くてな。ま、人の都合次第だが。今はグーグーと呼ばれている。……お前の孫は無意識に、そんで強制的に契約を結んでくれたわけさ」
とんでもないぞ、あのガキ、とグーグーは苦笑いしてつぶやいた。話し合いで契約したことはあるが、強制的に契約されたのは前にいた世界でだまし討ちされたときだけだ。だが、無意識にされたということで、微妙にグーグーの自尊心は傷ついている。
「そ、そうか」
亡国ルドゥンの二つ名を持つ魔術師を、自分の孫が従えていたことに驚く。
娘や娘婿からの手紙でルセウスが優秀だと聞かされていたが、単なる親ばかだと思っていた。フォルトゥードから聞かされてなお、半信半疑だったが、これだけの精霊を従えられるのだ。誇張ではないのだろう。
嬉しい半面、彼のおかれた立場を考えると若干気が重くなる。血筋の関係上、これから安穏と過ごすことは難しいに違いない。
「でなぁ。俺としても飼い主にちょっかいかけられんのは気に食わない。で、これから忍び込んで呪いの元を確認しに行こうかと思うんだが、アンタも一緒に来ないか?」
結構深刻な話のはずだが、ごくごく気楽そうにグーグーはランプロスを誘ったのだった。
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