犬、活躍する ②

「ちょーっと、そのお話教えていただけるかしらぁ」


 ランプロスに誘いをかけたと同時くらいに、おっとりと女性がそういって割り込んできた。話し方はおっとりだが、気配はおっとりしていない。

 笑い方や雰囲気がルセウスに似ているから、おそらく彼の母親であろう、とグーグーはあたりを付けた。先ほどからうっすらと感じていた気配の一つだ。彼が狩りが得意だといっていたから、気配が薄かったのだろう。


「さっきから、盗み聞きしてただろ、女」

「女って失礼ねぇ」


 そう返すと、笑いながらも彼女のこめかみに青筋がたった感じがする。ランプロスが呆れたように女の方をちらりと見て、そっとため息をついた。それは子供に手を焼く父親そのものである。見た目は若いが、それなりの歳を経た男の表情であった。


「俺はお前の名を知らんからな」


 ふん、と鼻で笑って軽くあしらう。

 なんとなく相いれない、と直感的に感じる。こういうにこにこ笑って、腹に何か抱えてそうな女は好かない。いっそのこと、ルセウスのように腹の中が透けるような人間のほうが楽である。透けすぎでも問題はあるが。


「あら、そうだったかしら。……そうね。でも、予測くらいはついてるんでしょう? コラリア・ルプスコルヌよ。あなたの契約者の母親。まあ、わかってるんでしょうけど」

「ま、そーだろな。匂いが似てるからよ」


 匂いや気配というのは親族で共通している。だからこそ、この屋敷の庭でランプロスに出会ったとき、本人だと分かったのだ。そして、グーグーの鼻は普通の犬よりかなり良い。と、いうより魔力のにおいに敏感なのだ。


「犬ってこれだからヤダわぁ。個人情報の侵害よねぇ。下品だわぁ」

「いやなら消臭剤でもかぶっとけ。ボケが」


 まあっとコラリアが貴族の女性らしく叫ぶ。見事な装いっぷりだ。多分、多くの男は騙されるだろう、可憐なしぐさだった。

 曲者と名高いらしいヴィリロスとこの女の間から生まれて、ルセウスはどうしてあんな素直に育ったのだろう。忌々しく思いつつ、グーグーはコラリアをじっと睨みつけた。

 まあ、たまにルセウスがあざといのは、絶対この女の影響に違いない。

 目が合い、二人の間に幻の火花が散って、慌ててランプロスは止めに入った。


「お、おい。落ち着け。ルセウスの呪いのもとを見に行くんだろう?」

「ああ、そのつもりだ。おい、コーラ、お前は連れてかないからな」


 本名ではなく、あだ名で呼んだのは、グーグーなりの思いやりである。彼女も知ってはいるのだろうが、ムッとした顔をしていた。存外子供っぽい女である。


「なによ! 仲間はずれにするわけ?」

「オメーとは相性がわりぃからだよ!」


 これから行うことは、こっそりと確実に行う必要があるのだ。うっかり現場で怒鳴りあうわけにもいかない。それに、この光の属性の強い女とは、魔力的にも相性が悪いだろう。

 だが、コラリアも引かない。息子の安全がかかわっていると知り、引くに引けなくなっている。博愛を旨とすべき元聖女であろうとも、彼女も子を愛する母なのだ。


「あー! 頭の固ぇやつだな。効率の問題だっつってんだろがっっ」

「あの子は私の息子なのよ?!」


 二人して怒鳴りあっていると、業を煮やしたランプロスが娘の口を物理的にふさいだ。蜘蛛の糸を思わせる特殊な繊維で口を含めて全身縛り上げたのである。見事に鼻の穴だけは開いているから、窒息はしない。見事な配慮だ。

 そしてそのまま彼女の部屋に転がしておく。声にならない声をあげながらびちびちはねている女は、とても一児の母とは、いや、大人とは思えなかった。


「……俺が行ってくるから、お前はおとなしく待っておけ。な?」


 柔らかく、駄々っ子をなだめるように言う。それでももがもがと言っていたが、取り合えず、ランプロスは父親としての役目を果たしたのであった。

 そのまま、外へと向かう。そつのない執事がいつの間にか見送りに出ていた。多分、彼女のことは悪いようにはしない。外せはしないだろうが、あの状態で最大限心地いい状態を作り出してくれるだろう。


「さて、めぼしはついているのか?」


 表に出て、屋敷の敷地を抜けるころ、ひそかにランプロスが訪ねてきた。いつの間にかしっかりと隠密行動に向く格好に服も武器も変えている。匂いからすると、かなり色々な魔道具や武器を体に仕込んでいるだろう。


「ああ。匂いはたどるのは得意でな」

「そうか。じゃあ、とりあえず、ついていけばいいのか?」

「んー…そうだな。ちょっと俺の腕か肩か腰をしっかり捕まえてくれるか」


 じっと上下を見回し、これくらいならば行ける、と判断する。ルセウスは軽すぎて加減が難しかったが、この男ならば勝手に自分で調節してくれるだろう、と。


「両手でがっちりとな」


 その言葉におそるおそるランプロスはグーグーの肩を両手でつかんだ。男のしっかりとした手が肩をつかんだのを確認すると、行くぜとだけ声をかけ、高速で走り始める。

 途中、何度か振り落とされそうになりつつも、風でうまく調整したランプロスとグーグーがたどり着いたのは高級住宅街の入り口であった。

 この奥にはさらなる高級住宅地、いわゆる上級貴族、もしくは古参貴族の王都での屋敷が広がっている。今いるのは、主に下級から中級の、領地をもたない貴族が住む居住区の入り口付近であった。


「西地区のあたりだな」

「ああ、確かに王都の西だな。このあたりに気配が漂っている。学校の内部じゃなかったのはまあ、当然か」


 ここから学校はかなり近い。だが、学校の方には自身の魔力の気配は漂っていないかった。点が続くようにここと学校との間に時折、魔力を感じていた。

 学校内には学長をはじめ、平和ボケしてはいるものの手練れがそれなりにいる。そのために、あの規模の呪いを発動させたら一発でばれる。検閲の印があったことから、協力者が中にいるのは間違いないが、学内ではできなかったんだろう。だから、とぎれとぎれなのだ。

 くんくんと鼻を動かしながら移動するグーグーについて移動しながら、ランプロスはあたりを見回した。この辺りは政府の要職が少なかったことから、襲撃を避けるために戦争の工作が行われた場所である。意外なところに地下室や隠し部屋がある家が多いのだ。


「ほー。なるほどな。下地があったわけだ」


 こそこそと藪をかき分けて裏路地を入っていく。二人とも隠形の術に優れていたから、音を消すのもうまかった。


「ここだ」

「……ちょっと待て。ここは旧ケルタ家本宅だ」


 もとはなかなか瀟洒であったろう屋敷だった。今は手入れが行き届かず、くすんだ雰囲気である。ところどころガラスは割れ、壁は剥落している。木も伸び放題で、とても貴族の屋敷とは思われない。


「旧?いまはちがうってことか?」

「ああ。色々不始末をやらかして取りつぶしにあったんだ。ケルタという苗字はもう使えない。抹消されたからな元当主はまだ生きているが、今は母方の苗字、スタブロスを名乗っている。だが、養老院に入っているはずだが」


 何かがグーグーの頭の中で引っかかる。ケルタ、とはどこかで聞かなかったか。頭の中の膨大な記憶を探り破片をかき集める。


「……ケルタ…。子どもはいなかったのか?」

「いたぞ。長男は没しているが、次男は婿養子に行って、娘は嫁に行った。だからケルタと名乗るものはもう誰もいない」


 そして思い出す。

 パンタシア、ターシャとルセウスが初めてヴィルトトゥムに出会ったとき、グーグーは盗み見をしていた。

 その時にヴィルトトゥムが言ったのだ。『当時はケルタ家の次男だったっけ。婿養子に入ったんだよね』と。ケルタの次男。それはパンタシアの父親のことだった。

_________________________________


 旧ケルタ家は空き家だった。「売り家」と玄関には書いてあったが、現時点では売れていないようで、生活している気配はない。


「ま、入ってみるか。匂いはこの中だ。気配は…二人だな」

「なるほど。なら、何とかなるか」


 それなりに腕に覚えがあるらしいランプロスは、そう言った。過小評価気味ではあるが、グーグーの力量もある程度ちゃんと理解しているんだろう。

 ちなみに、この二人はペラペラ話しているようで、ちゃんと遮音している。そういうところに抜かりはない。

 そして、足音も立てずに、グーグーは扉の隙間から犬の姿に変化して忍び込む。数秒ののち、中から扉を開けられる。

 見事なものだ。さび付いている蝶番を風魔法で音を防いでいる。きしむ音もなにも聞こえない。


「大将をシメるのは俺がやる。だから、お前は資料や証拠となりそうなものを漁ってくれ。そういうのが得意だろう?」


 ランプロスが情報収集を得意としてるということは、すでに知っている。外交交渉を行うものはたいていの場合、諜報を担っていることが多い。そして、それは当たりであった。


「承知した。ケルタ家と学校、そしてシャルム関係を目的として当たることにする」


 ランプロスが頷くと、グーグーはにやりと笑った。

 そして、次の瞬間目の前の高位精霊はこれまで見たことがない巨大な翼をもつオオイヌに変じる。不思議なことに、子犬出会ったときや人の姿であった時と違い、まったく生々しさが感じられない。実態が存在していないかのようであった。事実、翼が大きいにもかかわらず、ぶつかりもせずにすうっと奥へと消えていく。

 それを呆然としながら、見送った。だが、次の瞬間にははっとして、音を殺しながらかつて当主の部屋だったところに赴く。ランプロスはこのあたりの家の見取り図をすべて頭に入れていた。当主の部屋の裏手には隠し部屋があったはずである。

 グーグーが行った方向と真逆である。二階の右手の廊下の突き当りにその部屋はあった。

 暖炉だったものの脇にあるレンガを外し、奥にあるレバーを引くと、暖炉の脇に小さな扉が表れる。隠し部屋だった。

 ものは少なくなっていたが、壁や床の間、そして隠し空間がないかを探る。めぼしいものはなかったが、なにやら不自然なものはいくつかあった。それを触らぬように杖を変化させて魔法袋に放り込んでいく。

 隠し部屋を漁って、15分ほどたっただろうか。おーいというグーグーの声がした。まだ、決定的と思われるものは見つけていない。おそらく汚職の家宅捜索の時に、だいぶ持っていかれたのだろう。

 見つかったのは、小さな細工物の箱とくすんで文字が読めなくなった羊皮紙である。だが、これは必要だと、第六感が告げていた。それを魔法袋に突っ込み、声のほうへと向かう。


「なんだ?」


 玄関付近にいた人型のグーグーの足元には、何かの紐でぐるぐる巻きになった、まだ青年と呼べる年齢の男が二人いた。声は出せないようになっているらしく、何やらわめいているが、何も聞こえない。


「こいつらが収穫だ。そっちは」

「まだ大したものは見つけていないが、怪しいものはいくつか見つけたぞ」


 これだけだ、と魔法袋から差し出した箱と羊皮紙を見て、青年二人は蒼白になった。

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