第44話 呪いの矛先。
ついていくと言い張る母を祖父が拘束して居間に残し、件の無駄遣いの部屋に移動する。僕からしたらミスリルで覆うだなんて、信じられないほどの散財ぶりである。なんか意味はあったのかもしれないけれど、やりすぎだ。
その部屋があるのは地下も地下で、普通の家の三階分くらいに相当する深さだった。随分と深く掘り下げてある。それほど何か事情はあるものなんだろうか。
「じゃあ、行くぞ。そちらの方から引っ張ってくれ。せーので行くぞ」
「かしこまりました」
重そうな扉に手をかけ、祖父が執事と二人がかりで開ける。ギギともズズともとれるような重厚な音を立てて扉が開いていく。
今更何なんだが、グーグーやったら一発だったんじゃないだろうか。どういう仕組みなのか知らないけれど、彼は力が強いのだ。まあ、人ではないので体のつくりが違うのだろうが。
「開いたぞ」
うっすらと汗をかきながら祖父が言う。こめかみに青筋を浮かせていたにもかかわらず、すでに涼しい顔に戻っている執事の人はさすがである。
「うわあ……」
中は本当に金属の箱、という感じであった。これが全部ミスリルだなんて、ぞっとする。どれくらいお金がかかったのだろうか。
「これならまあ、大丈夫だな。……しかし、もったいね~」
ぺたぺたと壁を触りながらグーグーがいう。僕も軽く壁を叩いてみる。ひんやりとした感触が手に伝わってくる。
ミスリルはぺらぺらした薄いものではなく、かなり厚めのものだった。叩くと反響する音が違う。毒物混入の時にターシャが音に関して言って以来、一応、音に関しては注意していた。
「そういってくれるなよ。俺の父が残したもんでな。これならばたいていのヤバイ物は外に漏れださない」
「ああ、その周りにさらに結界を張っているだろう? 扉が閉まると文字がつながって結界が発動するな」
なんで曽祖父がそんなものを残したかは知らないが、よほど物騒なものでもあったのか。まあ、話を聞いた限り、家系的にはやばいものがありそうだ。あんまり関わり合いにはなりたくないが、もはや巻き込まれている。
そして、そのままグーグーがあっさりと扉を閉めてしまう。やはり任せた方が速かった。
「そういえば執事さんは?」
ふと気づくと彼はいなくなっていた。まるで影の様な人だ。
「最低でも一人は残しておかないと、下手すると開けられなくなるからな。それもあってコーラにも残ってもらったんだ」
母は残ったというか、残されたのだと思うが。母は祖父の前だとまるで子どものような人である。
「実際にやったんだろ」
「まあな。昔、父が閉じ込められたんだ」
苦笑いする。なんでも、曽祖父が閉じ込められて出れなくなったこともあるのだという。こんなものを用意する割には迂闊な人で、何度か救出したらしい。
そんなことを言いながら、祖父が地面に複雑怪奇な魔法陣を書いていく。見たことがない魔法陣だ。これを何も見ずに書けるとは。
「これでいけるか」
「ああ、大丈夫だろ。それで、ルル。これを首からかけてろ」
渡されたのはルドゥン風の大ぶりの金色の金属でつくられた首飾りだった。蔦が美しく絡んだ意匠の、美しい首飾りである。妙に手に吸い付くようなしっとりとした感触で、ズシリと重い。そしてグーグーの魔力を帯びていた。
首からかけただけだと疲れそうだったので、かけたうえで両手に持つ。途端に首飾りから出たグーグーの魔力で全身を覆われた。結界だ。
「じゃあ、開けよう。ルルはそこにそうしているんだぞ。グーグーの魔力が守ってくれる」
「お前は何があっても絶対に動くな。俺が守ってやるから、そこを動くんじゃないぞ」
こくこくと頷いて返事をする。すごくグーグーが真剣だった。気迫がいつもとは異なる。
「じゃあ、行くぞ」
両者とも軽く指を傷つけ、魔法陣に血を垂らす。ジワリと吸収されて魔法陣の線に血液が吸収されて伸びていく様子が見える。初めて見る手法だが、聞いたことはある。こうすることで結界に身内と認識させ、結界の中に自由自在に入れるのだ。
血が完全に吸収されて見えなくなると、祖父が魔法陣に魔力を流し、大きな結界を作った。そして、グイ、と腕をまくり、グーグーが結界の中に腕を突っ込む。
「本当はこれ、自分の魔力を十分に染ませた杖でやるんだからな。お前はやったらいけないぞ」
ちょっとやってみたいと思っていたのを見透かされたらしく、祖父に注意された。おとなしく頷き、ごまかすように首飾りを握りなおす。グーグーの魔力がより強くなった。
「結界を外す」
大きい手がぐっと小箱の結界部分を握ると、パキ、と音を立てて、呪いが漏れ出さないために貼られていた結界がはがれていく。幾重にもなっていた結界は至極あっけなく崩れ去った。
そのまま、長いグーグーの人差し指が周りの装飾を一巡りする。その途端、紫とも灰色とも言えない靄が結界の中にあふれ出した。それは腕にまとわりつき、彼の腕の色を変えていく。どす黒く、不気味にただれていった。
「悪いな。ちょっと試すぞ」
いうが否や結界から腕を引き抜き、閉じずに腕の分だけ結界を開けたままにする。途端、靄はあっという間にその部分から吹き出し、一瞬間の後に僕の方に一直線に向かってきた。矢のような形になり、勢いよく飛んでくる。
「動くなよ!」
思わず体が動きそうになった途端に、叱られると思いぎゅっと体を固くして耐える。そして、ぶつかった、と思った次の瞬間、靄はすべて霧散する。
それに続き、祖父が浄化の呪文を唱え、場を清める。祖父を中心として広がっていった浄化の風はミスリルの壁にぶつかり、力を増して美しい波紋となって場を満たしていく。後から聞いたところによると、登録した人間の魔力を増幅させる効果があるらしかった。
「一体、何だったの?」
「お前を狙った呪いだ。……と、いうかもしかしたらお前の父の血を継ぐ者を狙っているのかもしれん。あるいは王家か」
僕を狙う呪いは、こちらに向かう際にわずかに迷いを見せた。確かに本命であれば、迷いなく飛んでくる。
「お前の中のその血を疎んでいる奴がいるのは確かだ。当主であるこの爺のほうに行かなかったってことはルプスコルヌ家を狙ったもんじゃねぇ」
「それを確認したかったの?」
そうだ、と言いながらグーグーは未だ残る波紋に腕を寄せていた。漂う波紋に触れるたびにただれが少しだけ薄くなる。祖父も母と同様に強い光属性を持っているようで、極光のような波紋は未だに場に漂っていた。
「その腕、大丈夫?」
「直接治療するか?」
「いや、少し感覚が戻れば散らせる。大丈夫だ」
外側の呪いだけでこの状態だ。つまり、かなり強い呪いだったということである。
「お前、結構やべー奴に狙われてるぞ」
確かにそうみたいだった。
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いろんなあれやこれやを経て、軟禁されている屋敷に戻ると、プントが厨房で手紙を机の上に置いて待っていた。何やら耳が横に寝ていてご機嫌斜めであるのが見て取れる。尻尾もたしんたしんと床をたたいていた。
「よく帰ってきたのにゃ。何とかごまかしといたけど、ぎりぎりだったのにゃよ」
何かと思えば、三日後に軟禁を解く、という手紙だった。外からも中からも出られない結界が張られているのだが、嘔気差で制限されているらしく、このような小さな紙片は大丈夫らしい。便利なものだ。
「受け取ってくれたんだ。ありがとう」
「化けるのは得意だからな。ボクはあの女が嫌いだ。胡散臭い」
届けたのはアグメンだったという。にゃを付け忘れるほど嫌いらしい。そもそも彼女のことをそれほど知らないし、変なことを言わないからいい先生かと思っていたから意外だった。
そういうもんか、と思う。でも、動物的な勘は意外にばかにならないのである。ちょっと注意をしようと心の隅に置いておくことにした。
「おんなじ胡散臭いのでも、ヴィルトトゥムは一本筋が通っているのにゃ!」
確かに、まあ、あの先生が胡散臭いのは否定しない。私生活はパゴニだし。悪い人ではないと思う。少なくとも僕と僕の両親には好意的だ。
「ところで、犬もどきはどうしたのにゃ?」
「ん? 後から来るよ。今、水浴びしてる」
「何でここでするのにゃ。お前のじいさんの家でしてくればいいのにゃ」
実は祖父の家でもしたのだ。だが、骨のあたりのごくわずかに呪いの残滓が残っていたらしく、帰るころにはまた微妙に腕がただれた様になっていた。意地で母に頼らなかったのがあだになったらしい。
チッと舌打ちをしながら腕を水を流し、呪いを薄めていた。水に流すというのは伊達ではなく、それなりに意味のある行為である。
「いろんな事情があるんだよ。それより、あの女教師が来たんだな」
「グーグー! 腕大丈夫だったの?」
「表面に浮き出てきただけだしな、なんてことはない」
ふん、とふてぶてしく笑うと、腕を差し出してくる。その腕は、元通りの腕のように見えた。だが、プントは何か思うところがあったらしい、
「……なるほどにゃ」
そう言うと、首のあたりをごそごそ探り、赤い液体の入った小瓶を取り出す。ふかっとした毛でよく見えないが、首輪的な魔法袋がはまっていたらしい。きゅぽんという音をさせて栓を抜き、それを棚から出した器に注ぎ、炭酸水で割る。あたりに香辛料のような香りがふわりと漂った。
「これ飲むのにゃ。ボクたちには効果覿面のはずにゃよ」
「おお! お前、好いもん持ってるな。ありがたくもらうぜ」
ごっごっと一気に飲み干すと、プントはもう一度注ぎ、炭酸水で割った。なんだかわかりあっている感じがする。ちょっとずるい。何がずるいかわかんないけど。
「僕も飲んでみたいなぁ。スッゴクいい匂い」
冬に飲む香辛料を入れた甘い酒のようなにおいだ。それも、大熊蜂の蜜を入れたみたいに、うっとりするような魅力的な香りである
「こいつ、おかしいのにゃ。犬もどき、こいつほんとに人間なのかにゃ?この酒は人間には効かないはずなのにゃ。匂いも認識できないはずにゃよ」
「アー…、それは俺もちょっと思ってるぞ。つーか、こいつはお前と同じで混じりもん、だ。まあ、純粋な人間じゃないからな」
そんなもんだろうか。
フーンとか思っていると、グーグーの四分の一くらい、ちょっぴり、竜の涙とかいう異名を持つ、御大層な液体を注いで割ってくれたので、それを飲んだ。
味からすると酒ではないらしい。もっとも、酒だったらプントが許してくれないだろうが。
「きれーだなぁ」
きらきらとした光をまとう、透明で赤い液体は美しかった。ひんやりとしたグラスに口を付け飲むと、うっとりするような香りで目が輝きそうにおいしかった。
「うーん、何だか疲れが取れた気がする」
「こいつ、ホンットーにソフィーの好みだにゃ」
だから来させたのか、とプントは勝手に納得していた。ちなみに、効かないだけで人間にさほど害はないらしい。疲労回復に効いた気がしたんだけどな。
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