第43話 呪いの元。
「足をどけろ、足を! 痛ェだろうがっ」
「アラヤダ!ごめんなさいねぇ。地面と間違っちゃったわぁ。埃っぽいんですものぉ。さあさ、ルルちゃん。中に入って頂戴」
絶対わざとだと思うが、ぎゅうぎゅうと踏んづけていた足を外し、母はくるりと踵を返し、中へと入っていった。まるで少女のような雰囲気である。
うきうきという表現がぴったりな、弾むような足取りだった。一方で、グーグーの黒い靴は、母の靴のあとでくっきりと白っぽくなっている。思い切り踏んづけたらしい。
「……大丈夫?」
そもそも近所の人としか交流がなかったせいか、こんな母は初めて見た。優しくてけれどもたくましい母だと思っていたが、実に子どもじみた一面も持っていたようである。なんでだか、母はグーグーを気に食わないらしい。
「ああ。お前と手をつないでたから、これで済んだんだ。助かったぜ」
どうやら母とグーグーの相性はあまりよくなさそうだ。飼い主の義務として、せめてかばっておこう。自分でもできるだろうけれど、汚れをはらってやる。心なしか、涙目のようである。
「入ろーか?」
二人して仲良く手を繋いで入ると、祖父の執事が待ち構えていた。相変わらず一部の隙もなく、パリッとしている。
「ようこそお越しくださいました。主人は応接室で待っております。ルセウス様のお越しを待ちわびておりましたよ」
「またお邪魔します。これ、手土産です」
手土産にプントが渡してくれた焼き菓子を渡す。片手でちょっと格好つかないけれど。
ついでに、干した果物を加工した菓子も渡す。糖衣には、蜂蜜や糖蜜ではなく砂糖を使い、さらに香りづけにお酒も使っている贅沢な逸品だ。僕の自家製である。
学長にわいろとして渡そうと思っていたが、それをそのまま横流しする。
「ご丁寧にありがとうございます。さぞかし主人が喜ぶことでしょう」
にこにこと、彼は満面の笑みを浮かべてた。そこから案内され、応接室に行く。そこには、ゆったりと長椅子に腰掛ける祖父がいた。奥の隣室ではお茶の準備をする母が見える。控えの間らしい。
「お招きいただき、ありがとうございます、おじい様」
「よく来た。ああ、グーグー、コーラに何かされなかったか?」
「足を踏まれたが、ルルと手をつないでいたから大丈夫だった」
祖父が眉間に手を当てる。苦悩したようにぐりぐりと眉間をこすっていた。
「ああ…コーラ……」
今日の祖父も普通に若い。顔がそれなりに似ているから、母と並んだら兄妹のようだろう。
祖父が苦悩していると、母がお盆にお茶と茶菓子を載せてやってきた。僕の知っているいつもの母だ。
「さあ、ルルちゃん。あなたの大好きなお母さま特製の蒸し菓子よぉ。ハモミラのお茶も用意したわ。たっぷり召し上がれ」
ことりとかすかな音を立てて準備していく。ところが、用意された皿と茶碗は三人分。母は僕と祖父、そして自分の前に置いていく。アルバリコッケのさわやかな香りが鼻をかすめた。干したものが入っているのだろう。僕の好物だ。
そう、グーグーの分はなかった。明らかに嫌がらせだ。
「お、俺の分はないのか…」
地味に衝撃を受けたように、グーグーがつぶやく。相性の有無はあるから、好き嫌いはしょうがないけれど、こういう意地悪はよくないと思う。しょうがないから僕のを上げよう。
「グーグー、僕と半分こしようよ。たっぷりあるから大丈夫」
「ルルゥ…!」
感激したように目がウルウルしている。はい、とフォークで半分に割って先にグーグーに渡す。そのとたん、母が言い訳めいて
「あ、あらぁ。犬ってお菓子食べるんだったの。仕方ないわねぇ」
と、言った。……わざとらしいと思う。なんだか、母がドルシッラに似ている気がするのだけれど、気のせいだろうか。父はもしや義母に似た相手を選んだんじゃなかろうか。なんとなく、見てはいけなかった母の一面を見た気がする。
「おまえ、恥ずかしいからやめなさい!」
結局、執事がちゃんと改めて僕とグーグーの分を持ってきてくれた。
__________________________
お茶会の後、祖父が部屋から幾重にも透明な結界にくるまれたものを持ってきた。机の上にも術が発動しないように刺繍をした魔法陣の布をひいているという、念の入れようであった。
「これだ」
出されたの小箱だった。結構丁寧な装飾がされている。素材も一級品で、彫もかなり上等なものである。ただ、彫られているのは美しい文様などではなく、呪いの文言であった。
古代文字のため、一見装飾と見間違いそうだが、これは文字である。
「これは…旧シャルムの古代語による呪いの文様ですね」
文様は、なぞりたくなるような見事な浮彫になっている。だが、これはぐるりとなぞったら呪いが発動する物騒なものだ。
一瞬触れるたり持ったりするだけでは発動はしないが、ぐるりとなぞったらおしまいなのだ。しかも、死をもたらす類の呪いであった。ただ、あくまで運に任せたものなので、予備的なもので中身が本命だ。
「そうだ。さすがにヴィリロスの子だな」
解説すると、祖父がほめてくれる。隣で私の子でもあるのよ、と母がつぶやいて胸を張っていた。妙に母が子どもっぽい。
「これをケルタの血族にやとわれた小者が隠していた。これを媒体にお前に呪いの指輪を送ったんだ。魔力自体は大したことはないが、細工がうまいやつらだった。模様はシャルム、細工はケルタの特徴だ。その箱を覆う魔力がその証だな」
「術者は洗脳されていたみたい。わたしが洗脳を解いたら、あんまり覚えてなかったのよねぇ。どうしてあなたがあの屋敷にいることを知ったのか知りたかったんだけど」
複雑な暗示がかけられていたが、母はそれを解いたそうだ。母はその手のことに特化した魔法使いなのだという。狩りと料理がうまい、生活魔法に特化した魔法使いだと思っていたが、違っていたらしい。
「何でケルタって言う一族が僕を狙うんでしょうね。それに、確かケルタ家って抹消されたって、貴族名鑑で見た気がするんですけど」
毎年発行される貴族名鑑は、都の貴族に関する重要情報が載っている。僕はそれほど興味がなかったが、覚えておけ、と過去二十年分を都に来る前に父に読まされていた。
貴族間のつながりや抹消理由が面白かったので、結構覚えている。自分のことは興味がなかったから、あまり見なかったのだが。本当は父はそれをなんとなく知ってほしかったのだろう、と今ならば察せられる。反省だ。
「そうだな。まず、なぜケルタが、という問いに関してだが、今、唯一、消息不明のシャルムの七の姫はケルタの元当主の姪に当たる」
第三国に脱走しようとして事故に遭い、七の姫はいまだに生死不明である。そして、シャルムの王族はその七の姫を除いて、四親等以内が全員処刑された。
七の姫の母親であるケルタ当主の妹・メッサリナは、当時のシャルム国王に見初められ、妾として嫁いだのだそうだ。元当主とは双子で、たいそう仲が良かったという。
「処刑前には、自分の意志ではなく国の都合で嫁がされて、さらに見捨てられたと、たいそう恨んでいた」
先のシャルムとの戦争の時、我が国の国王はメッサリナを見捨てた。ただ、立場的に手を差し伸べることができなかった、というのが正しいようだ。
「嫁ぐときも、メッサリナ様はすごく恨んでいたらしいわ。それなのに産んだのが女の子だからって、母国からも夫からもそっぽ向かれて。思えば国の被害者よね」
当時、男しか継げないシャルムの王位を継ぐべき男子はおらず、いるのは姫だけだった。彼女の母とその姉妹が産んだのは、彼女を除きすべて男であったらしい。男腹と期待されたのだ。我が国は、王位を継ぐ者がこの国の血を引いていると、他国に比べて優位となれると踏んだのだ。
自尊心が高く、上昇志向だったメッサリナにとって、王妃どころか側妃ですらなく、単なる妾として嫁ぐというのは屈辱だったのだろう、と祖父が言った。同級生だったとのことだ。
「はあ。それはわかりましたけど、どうして僕に恨みが?」
「あなた、というよりは王家の血族でしょうねぇ。いろんなしがらみがあるけれど、あなた、陛下の直系ですもの」
王家の血を根絶やしにしたいとかそういうことだろうか。確かに僕自身は知らなかったが、祖母に子どもが父しかいない以上、僕が直系ということになる。そうすれば不自然じゃないか。
「……それだけじゃないぞ」
それまで黙って、こちらの様子を眺めていたグーグーが口を開く。
「どういうこと?」
「どういうことかな、グーグー殿」
「その中に答えがある。結構、いろんなことが面倒くさそうだ」
グーグーが指し示したのは、その小箱の中だった。言いながら、目の前の透明な結界にくるまれた箱を持ち上げる。小さくてきれいな箱だけれど、それなりの重さがある。結界越しでも感じられる程度には。
一瞬、母が僕が手を出すのを止めそうになったが、結界にぐるぐるまきにされているのを思い出したらしく、やめる。
「この中に何か入ってるの?」
軽くふってみてもあまり音はしない。何か入っているとしたら丁寧にくるまれているのかもしれない。
「ああ。それだけ包まれていて匂ってくるってことは、何か体の一部が入っているみたいだな。それが、お前の同級生、アディとターシャに似ている」
「あ…!」
ケルタ、という名前に聞き覚えがあったと思ったら、そうだ、ターシャとヴィルトトゥム先生のところに行ったときに聞いた名前だった。
「思い出したか。ヴィルトトゥムが言っていたな。ターシャの父は婿養子で、当時はケルタという名前だったとな」
「うん。そうだった!…ってなんでグーグー知ってるの?あの時いなかったよね」
許可をもらっていなかったから、外にグーグーは放したはずだ。盗み聞きしてたんだろう。思わず睨みつける。
「ま、まあ、とにかく、あいつらに似たにおいがするんだ」
不自然に目を若干そらし、話をさえぎって新しい話を始める。後で屋敷に帰ってから、詳しいことを聞くことにしよう。
「ピエタス家とヨクラートル家だろう?優秀な長男に家を継がせるために下の息子はピエタス家に、娘はヨクラートル家に行ったからな」
「ガスパルとペラギアの双子ね。ガスパルはヴィー様のことをライバルしていたわ。ペラギアは淡々としていて目立たなかったけれど、とても優秀な人よ。すごく魔力のコントロールがうまいの。それを買われてヨクラートル家にお嫁に行ったのよね」
あそこは音関係で、魔力の微細なコントロールが要るから、と言った。母からすると、アディの母親にはあまり悪い印象はなかったようだ。
「あいつらがかかわっているとなると、お前がいちいち巻き込まれるのはわかるな。しょっちゅう一緒にいたろ?」
一緒にいた、というよりは一緒にいられるのがあの二人しかいないというか。とにかく、僕と接点が多い二人には変わりない。
「でも、ターシャもアディも、そんなこと考えてる風には見えなかったけど。とくにターシャはあの気質だよ?欺くとかは無理だと思うなぁ」
貴族にもかかわらず、ターシャの方は感情が行動にすぐ直結する人だ。そういう感じで僕をだますのは無理だと思う。
「……あら、そのお話、お母さま、あとでゆっくり聞きたいわぁ」
「友達だよ? 二人ともいい子だけど」
母の笑顔に黒いものが浮かぶ。親の裏側が見れるようになるなんて、僕も大人になったものだ。ちょっと離れたのもよかったのかもしれない。
「ま、とにかくだ。こいつを開けてみよう。多少の衝撃でも大丈夫な場所がいい。多分大丈夫だとは思うが」
「んじゃ、地下室だな。ミスリルで覆った地下室がある。多分、そこに結界を張れば大丈夫だ」
ミスリルってかなり貴重な鉱物だったと思うのだけれど、部屋いっぱいに張るだなんて大盤振る舞いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます