第37話 隔離措置。

「ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌです。少々お伺いしたことがあって、参りました」

「入りなさい」


 扉をたたくと、部屋の主であるヴィルトトゥムから入室許可がすぐにでた。頭にグーグーを張り付けたまま、さっさと中に入る。


「よく来たわね。ちょうどあなたの話をしていたところよ」


 主ではないはずなのに、一番偉そうに学長が言う。まあ、この中では一番偉い人だけれど。


「それで、用は何かな?申し訳ないんだけど、これから会議でね。あまり時間がないんだ」


 先ほど、グーグーを介して盗み聞き、というかのぞき見をしていたので知っている。申し訳ない気分もありつつ、あれは便利だと思ってしまった。


「一年生の控室に、少し不審な札があったので持ってきました」


 先ほど妙な札を四枚ほど入れた袋を差し出す。杖の先に引っかけてきたので、大丈夫だろう。今、持っている自作の杖は、魔力を流しさえしなければ単なる棒である。

 粗末な杖を見て、一瞬学長の眼が呆れたようになったけれど、それを無視して、ヴィルトトゥムがやはり杖で引っかけて袋を受け取る。紐の部分がちょうどよく引っかかった。


「これは?」

「グーグーが発見して、ピエタスさんに剥がしてもらい、この中に入れてきました」


 聞くや否や、学長が懐から魔法陣を書いた大きめの布を取り出し、机の上に置く。結界を張るための魔法陣だ。さらに、その周りにぶつぶつ唱えながら、杖でもう一つ簡易な陣を書いていく。外側からの操作は可能な、二重結界だ。


「マニュ。この中に」

「承知いたしました。ルル、この袋、だめになるかもしれないけどいいかい?」


 もちろん了承する。一番、粗末な魔法袋だし、制限も特につけていないから、誰でも使える。

 それを聞くと、すぐに学長が指示を出し、ヴィルトトゥムが呪文を唱えながら紐を解いていく。しゅるり、と音がして紐がほどけ、袋の口を開けると彼は手を入れて四枚の札を引っ張り出した。その手にはうっすらと幕が張っているように見える。

 取り出された札は、先ほどはよく見えなかったが、青いインクで起爆の陣が書いてある。全属性が同時に当たると爆発して、簡易な呪いをまき散らす仕掛けになっていたらしい。

 なんて、面倒くさい札だろう。さほど威力はないらしいが、鬱陶しい札だ。


「何だい、これは。物騒だね」

「これは…魔力が低い全属性が触っておったら、怪我を負ったやも知れんな」


 だが、ふつうにしていたら魔力が出てない可能性もあるわけで、非常に確実性の低い札だった。つまり脅しだろう。


「どこに貼ってあったのかな?」

「オケアヌス兄妹と僕の荷物入れです」

「……あんた、人のもの漁ったのかい?」


 学長にとがめられるが、仕方がないので状況を告げる。グーグーが妙なにおいを発見して、それを探ったらあった、ということを。

____________________________________


 それなりに事情を聴かれた後、その札は、職員会議に持っていかれ、僕は部屋に帰された。部屋に帰る途中で多くの学生とすれ違ったから、ほかの学生も何か言われて部屋に返されたらしい。その日の授業はその後、一切中止となった。

 寮に帰ると、廊下は寮生であふれており、道中は様々なうわさ話が飛び交っていた。チラチラ見られたような気もする。

 そんなわけで、厄介ごとは嫌だし、呼び出されるまでは一歩も出てはならぬ、生活魔法以外の魔法を使うこともならぬ、と僕は厳命されたので、おとなしく部屋にいることにした。

 やることがないので、魔法袋の中で寝かせておいた生地で軽食を作っていると、ヴィ先輩が部屋に入ってきた。カウダも一緒だ。

 そして、台所に顔をのぞかせる。彼らは僕が料理している間は入ってはならないと思っているらしく、中には入ってこない。特に貴族のヴィ先輩にとって、厨房は入るべきところではないようだ。


「ただいま帰った。何やら大変だったそうだな」

「ええ、まあ。僕は被害を被ってませんけれども、一部の方が大変だったようです」


 食べでがあるように厚めに広げた生地の上に、ヤギのチーズと刻んだ塩漬けの肉をのせ、ねぎを散らしながら言う。あとはこれを焼くだけだ。脂身の部分がつやつやとしていて、実においしそうである。

 札のことは隠しておいて、先輩が知っているだろう内容だけを話した。余計なことは言うなと言われているし、いろいろ突っ込まれても面倒だ。


「あなた、悪運高いのね!それにしてもいい匂い。なんだかおいしそうだわ」


 食欲の旺盛さは相変わらずである。この間までつんつんしていたのがウソのようだ。猫って本当に気まぐれだ。


「今、石窯に入れるところだから、十数分したら食べられますよ」


 じゅるり、という涎がたれそうな顔をして、カウダが台所をのぞき込んでくる。鼻が犬並みにひくひく動いている。ついでにひげもせわしなく動いていた。猫も鼻が動くらしい。


「実にうまそうだな! では、着替えてくる」


 先輩が部屋に行ったことを確認し、窯の中にパン生地を突っ込んだ。焼けるまでの間、片づけてしまおう、と洗い物をしているとガーゴイル・ウーヌムから声がかかった。


「ルセウス。ヴィルトトゥムから呼び出しじゃ。扉の前に出よ」


 慌てて前掛けで手をふきながら玄関に行き、扉を開けると、外套を羽織ったヴィルトトゥムが同じく外出用の格好をしたアグメンとともに立っていた。

 アグメンは女性で、ここは男子寮だけれど、教師はいいのだろうか、と首をかしげる。


「こんばんわ、先生方。僕に御用と伺いましたが」


 先生方の視線を受け、忘れていた前掛けを外しながら言った。


「ルプスコルヌ君、急いで身支度をして頂戴。あなたをある場所に送っていくわ」


 少し身動きしたときに、彼女の外套の裾から剣の鞘がのぞく。どうやら武装しているようであった。物騒なことだ。


「少しの間、君を隔離することが決まったんだ。アグメン先生と二人でそこに送っていく。十分待つので、その間に準備をしてほしい」


 さっぱり訳が分からない。思わず首をかしげる。


「わかりました。お二方とも、中でお待ちください。…ルル、準備しろ」

「あ、はい」


 頭の中で何を言われている過半数すると、ヴィー先輩が僕が返事をするよりも早く、答える。


「……そうね。中に入らせてもらうわ」


 二人が居間で準備をしている間、慌てて身の回りの物を一番大きな袋の中に放り込む。教科書から服まで、持ってきたものを取りたてて整理もせずに入れていった。もともと荷物がさほど多くないから、数分残して詰め終わり、確認まで済んだ。


「終わりました。あの、グーグーも連れてっていいでしょうか」

「君の保護者なんでしょ。かまわないよ。じゃあ、ちょっと目隠ししてもらうから」


 別に、僕は犬にお守りをしてもらっているつもりではないのだが。

 文句を言おうと思ったが、目をつむって、と言われておとなしく目をつむる。何かの布で目隠しされる。グーグーもされたようだ。犬は鼻があるから、あんまり意味がない気がする。

 そして、そのままどちらかに荷物のように腹を抱えられた。たまにわき腹に固いものが当たるから、たぶんアグメンだ。当たるのは剣だろう。なんというか、この学校に来てからよく抱えられている。もうちょっと運び方に工夫がないものか。結構苦しい。


「あの! 戻ってくるんですよね」


 先輩の声に不安がにじんでいる。心配してくれているらしい。


「確約はできないな」


 不安が増した気配がした。そうして、廊下をしばらく歩いてから、玄関に向かったらしく、扉が開く音がする。そして、そのままおそらく馬車と思われるものに放り込まれた。


「あ、パン忘れた」

「パン?」

「焼いてたんです。軽食用に。焦げてないといいけど」


 果たして先輩は窯から取り出せるのだろうか。ちょっと気になった。

____________________________


 結構な距離、馬車で走った気がする。僕もグーグーもだんだん眠くなってきて、グーグーが僕の膝の上に完全に伸びたころに、車が停止した。膝が生暖かい。


「着いたよ。降りて」


 膝からグーグーが下ろされると、そろそろと出口までは誘導された。そこから段差に足をかけようとすると、また腰というか腹というかを抱えられる。しかも、おそらく県の柄の部分が腰骨に思い切り当たった。


「痛っ!」

「ああ、すまない」


 ちっともすまなそうじゃない声だ。どうやら僕を抱えたのはアグメンらしい。彼女が歩みを進めるたび、砂利のじゃくじゃくという音がした。海に似た湿った匂いもする。


「扉が空きましたよ。アグメン先生、おろしてあげてください」

「ええ」


 見えないのでどこか探るように左手を動かすと、むんずと手首をつかまれた。なんだか悪いことしたみたいで、ちょっとムッとする。見透かしたように、グーグーが頭の上にのってきて、


≪なんだか、連行される犯罪者みてーだなー≫


 と、言った。

 ぱたん、と背後で戸が閉まると、湿った匂いと誇りのにおいが鼻をかすめる。うちの地下書庫の奥のほうみたいだ。あまり、普段使われていないんだろう。


「目隠しとっていいよ、ルプスコルヌ君」


 手は離されていたので、さっさと目隠しの布をとる。ついでに頭に手をまわして、グーグーの目隠しも取ってやった。

 くすぐったかったらしく、頭の上でぶしゅる!とくしゃみをした。微妙にしぶきがうえからふりかかる。きちゃない。


「さあ、君はここで二週間、一人で過ごしてほしい。使用人も教師もいない。教科書や本は置いていく。材料も置いていくから、飢えることはないだろう」


 ちょっと待ってほしい。僕は自炊できるが、十歳の貴族位を持つ学生を、二週間一人で放置、とは何たることか。料理ができない子どもであれば、大変なことになるだろうに。下手すると死ぬと思う。

 前のほうにいるヴィルトトゥムが、少し申し訳なさそうな顔をする。この状況の異常さをわかっているのだろう。先ほどからあまり発言しておらず、いつもと異なる雰囲気だ。


「ちょっと待ってください。ここに一人で、というか僕とグーグーで過ごすんですか?なんの理由でそうされるんです」


 巻き込まれたり、狙われたっぽいことはあったが、取り立てて軟禁されるような云われはないはずである。後ろ暗いことはないつもりだ。少々常識がないくらいで、隔離されるのだろうか。

 だが、次の発言で目が飛び出るかと思った。


「君には、自作自演で周囲の人々を危険に陥れた容疑がかかっている。その犬と一緒にね」

「……は?!」


 とんでもない濡れ衣だ。話しているアグメンの後ろで、ヴィルトトゥムがなんか動いている。黙っていろと言うことらしい。僕に何か言いたいのなら、念話でもつなげてくれればいいのに。


「君は、王位継承権を持っている。現在、王太子はいない。ずいぶん下だが、オケアヌス兄妹も、ノエートンも持っている。ここまで言えばわかるだろう。だから、その容疑が晴れるまでとりあえず、二週間だ。晴れなければさらに数週間閉じ込めさせてもらう」


 そう宣言して、アグメンは入り口に行ってしまう。ヴィルトトゥムは腰につけていた魔法袋から、一抱えはありそうな大きな袋を玄関に置き、二人して出て行った。

 そして、大きな魔術が作動した気配がする。

 そんなわけで、僕はグーグーと屋敷の中に閉じ込められたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る