第36話  怪しい札。

 とりあえず、グーグーにお願いして見分してもらう。僕たちよりも安全に中身を確認できるからだ。

 つやつやで真っ黒の鼻をクンクンさせ、前足で棚を軽くかちゃかちゃとひっかく。大小さまざまな教科書がいくつか積んである下に、何かがあるようだった。少しだけ札のようなものが見える。

 この種の札は、魔力で引きはがすよりも、魔力を遮断して物理的にはがしてしまった方がいい。魔力が下手に混じると作動したり、消えたりしてしまう。


「僕が持ち上げようか?」

「いや、おまえじゃない方がいい。そっちのターシャだっけか。お嬢ちゃん、教科書、ちょっと持ち上げてくんね?」


 確かに、僕と似た性質の力が狙われているのならば、作動してしまう可能性がある。かといって、グーグーが人に化けるのもいけない。人になれる魔法生物は非常に貴重で、それがばれるのはまだ避けたいようだった。


「わたくしがするんですの?男性の仕事でしょう」


 あまりグーグーに良い感情を持っていない彼女が、以前の僕に対するような態度で言った。つんけんしている。

 それにしても教科書って、確かに力仕事なのかな。そこまで重いわけではない気がするけれど。


「おっまえ、時代錯誤な女だな。こいつがやったらやばい可能性があんの。んじゃ、持ち上げないんだったら、あのじーさんとヴィルトトゥム呼んできてくれよ」


 思い切り馬鹿にしたようにグーグーが言う。まあ、確かに。


「…わかったわ。持ち上げるわよ。ちょっと言っただけじゃない。あんたが感じ悪いから」


 押し付けたのではなく、ちゃんとした事情があるのだと悟った彼女は素直に了承する。感情が行動に直結しやすいだけで、決して依怙地ではない。僕みたいに育ったのならともかく、町育ちの貴族としては、ちょっとどうかと思うけれど。

 にぎにぎと手に力を入れて、いったん魔力を遮断してから、彼女は床にしゃがみこむ。同時に僕も魔力をうちに抑え込む。

 そして、まずキイの、それから妹のオケアヌスの教科書を取り出す。余分なものを除くと、そこには白くて短冊状の紙が一枚ずつ貼ってあった。


「ルル、お前、魔法袋の予備持ってんだろ。その口開けて、床においてくれ」


 言われて腰につけている袋の一つから、一番要領の小さい予備の袋を取りだし、口を開けて床に置いた。そして、僕は少しそれから距離を取る。魔力を遮断しては見たが、僕自身が対象だった場合、いきなり攻撃が飛んでくる可能性もあったからだ。ターシャを巻き込みたくはない。


「ターシャ、それをべりっとはがして、この中に入れてくれ。魔力は使うんじゃないぞ」

「ええ、分かったわ」


 一気にそれを二枚引きはがすと、指先でつまんでポイと袋に入れ、ついている紐をきゅっと縛る。


「まだ、匂いすんな。もう一枚くらいか? おい、前の荷物置き場、あったよな」

「あるけど、なんも入れてないよ。全部持ち歩いてるから」


 正直、両親の評判があまり芳しくないようで、僕自身の評判もあまりよろしくないので、私物はすべて持ち歩いている。噂をうのみにしてちょっかいをかけてくる輩がいないでもないから、できるならばそうしたほうがいいと、ヴィ先輩から言われていたからだ。

 だが、一応覗いておいた方がいい、とグーグーが言う。それもそうか、ということで見てみると、箱の天井部分に、べったりと二枚も札が張られていた。


「……あったね」

「ありましたわねぇ」


 あきれたように言いながら、これまたターシャがはがして、袋に入れた。


「これ、早く持って行った方がいいわ」

「ああ、そうだな。行くぞ、ルル」

「うん。ヴィルトトゥム先生か学長かな」


 ということで、僕とグーグーは彼の部屋に行くことにした。駄目だったら学長室に行けばいい。どちらかにはいそうだ。

 ちなみにターシャは、興味がある部活動のようなものがあるということで、そちらに向かうようだった。あんなことがあった後にやるんだろうか?と思ったけれど、とりあえずそれを見送り、僕たちもヴィルトトゥムの元へと向かう。


≪すごいよね、ターシャ一所懸命で。僕、そんなにやる気ないなぁ≫

≪お前はなんかもっといろんなことに興味、持ってもいいかもなー。興味が偏りすぎだ≫


 そんな風に話していると、すぐにヴィルトトゥムの準備室の前につく。すでに何度か通っているから慣れたものである。

 そして、部屋の戸を叩こうとすると、グーグーに止められた。


≪ちょっと待て。話声がする。ヴィルトトゥムとスティルペース、あとは学長か。目的のやつら、全員いるぞ≫

≪じゃあ、ちょうどいいじゃないか≫

≪いや、お前のことを話している≫


 そう言うと、グーグーは僕の後頭部に頭をごつんとぶつけた。ちょっと痛い。犬型のくせに(?)石頭である。

 だが、一瞬の後、一気に室内の様子が頭の中に再現される。

 そこには、深刻な顔をした教師三人がいた。

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「何かしら、この学校で起きているのは確かだね」


 リューヌ・カタリナは沈痛な面持ちでそう告げた。毒物混入の可能性がある、とスティルペースとヴィルトトゥムに呼び出されてここに来たのはついさっきだ。

 各学年の責任者にはすでに、ただいまの授業以降のすべて授業中止の通達がなされていた。この後に、緊急の職員会議がなされる予定である。その前に、お互いの情報のすり合わせが必要だ。この二人はおそらく裏切らない。


「前回がキュアノス・オケアヌス。今回がインヴィ・ノエートンか。マニュ、なにか共通点があると言っておったろう」


 下の名前でスティルペースが呼びかける。スティルペースは、かなり古参で、リューヌ=カタリナにも一歩も引かない、貴重な人材だ。おまけに親国王派ではない。


「ええ。両方とも全属性が平均的という共通点があります。ノエートンの方はオケアヌスに比べても大分微弱ですが。ルプスコルヌは突出していますね。しかも、両方の授業に出ている。けれども、何というか、彼はすべて被害を被っていません」


 ルセウス・ミーティアはかなり規格外の生徒である。以前、自分に差し出されたものの貴重さを思い、リューヌ・カタリナはため息をついた。あれを自力で手に入れたのであれば、相当の能力の高さだ。下手すると上級魔術の水準に達している。


「運がいいってことかしら?」


 ちょっとだけ茶化すように言う。本心では、そうでないことは分かっていたが。


「いや、ルセウス・ミーティアは、かなりの力の持ち主だ。おまけに見た目が貧弱な割に、心身が一般貴族に比べて極めて頑健だ。あの様子では、もしかしたらヴィリロスにでも毒にもならされているかもしれん」

「その可能性もありますね。何しろ、あの両親だ。あと、あの犬ですが、あれはかなりの力の持ち主です。守護として届け出がされていますが、その力を十分に持っています」


 守護として登録されていても、単なる見栄で、実際はそんなに力がないものも多い。守護に相当する魔法生物を使役しているということが、ステータスなのだ。


「ああ、あれはだったのぉ。おそらく、アーギル・ルヴィーニのカウダと並ぶほどの力の持ち主だ」


 それを聞き、思わず目を見開く。それが本当ならば、自分の孫たちなど足下に及ばないではないか。

 アーギル・ルヴィーニがカウダと契約できたのは彼女の情けによるところが大きい。カウダはこの国屈指の力を持つリューヌ・カタリナや国王の依頼をはねつけるだけの力がある魔法生物だ。納得しないと契約はしてくれない。

 高位の魔法生物ほど自身に選択権があるのだ。下級ならば無理やり使役することもあるが。


「あの犬も、カウダ同様ほだされたということかのぉ?」

「いいえ。グラディウスによれば強制契約が成立してしまったとのことでしたよ。あの人がルルと一緒に買いに行ったそうです。つまり、あの子にはそれだけの力があるということでしょう」


 ふう、とため息をついて、リューヌ・カタリナはソファーに沈み込んだ。


「何が狙いなのかがわからないのが困ったもんだね。あの子が目的かと思っていたけど、全属性が欲しいのかい?」

「その可能性もあるだろうて。たまたまそこに居合わせたにしては、効率が良すぎるがの。それに、ワシの助手がなぁ…」


 解毒薬を見つけにくい細工をしていた自身の助手を思い、スティルペースがため息をつく。室内が暗い雰囲気に包まれたとき、部屋の戸が四度叩かれた。

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