第34話 キノコ料理。


 大荷物を抱えたスティルペースが、助手を伴ってやって来た。助手の女性はたくさん箱が積まれた手押し車を押している。


「本日の授業は、季節のキノコを使った授業じゃ!きちんと調べて手順に従うように!」


 スティルペースが助手と一緒になって教卓に箱を並べていく。そして、名前を示すものはまるでない。自分で調べろというのだろう。多分、要らないものも含まれている。そして、たぶん魔法倉庫ででも保存していたんだろう。すべて生の茸だった。


「うわぁ…、先生性格悪い……」


 思わず口からそんな言葉がついて出る。ぱっと見、厄介そうなものばかりだ。手のかかるというか、一手間かけないと駄目なものがほとんどだ。


「失礼でしてよ、ルル。先生に、そんな言い方!」


 いつの間にかきちんと席についていたターシャに叱られる。しかも同じ机だ。

 そして、ターシャの隣には、以前エランと呼ばれていた女性がいた。かわいらしいのに恥ずかし気におどおどとしている。僕の周りにあまりいなかった雰囲気の女性だ。


「学期の初めはこんなもんさ。生徒の実力を測ってるんだ。後半になるとついていくのは大変になる。ホンットにくそ爺だぜ」


 肘をつきながらジェンが言った。だが、楽しそうにしているから、先生に親しみを持っているようだ。彼の言いようにターシャが目をむいていた。んまぁ!という憤慨の声が聞こえてくるようだ。貴族なんだからちょっと、表情の隠し方、覚えたほうがいいと思う。


「静かに!そうだな。ちょうどよく三、四人になっているようだ。今日はその机の仲間と一緒にやるように。ここにやることを書いた羊皮紙がある。各組取りに来て、取り掛かりなさい。出来上がったものは後々採点する!なお、この卓上にある材料は好きに使っても構わない」


 スティルペースが指示を出すと、それぞれの組が前に行って荷物を取ってくる。一応紳士らしく、僕とジェンとで取りに行くと、キノコは五種類あった。

 そして、手順は実に簡潔にしか書いていない。否、簡潔とは適切ではない。こういうのは大雑把というのだ。そこにあった指示は、キノコを特定して適切に処理し、調理を行い、野営食を作れというものであった。


「まっっったくわかりませんわ」


 野営とは無縁なターシャが、教科書をぺしぺしとたたきながら不貞腐れる。どうも彼女はあまりキノコがお好きではないらしい。至極嫌そうにキノコを眺めていた。確かに苦手な人も多い食物ではある。


「野営ってことは、体力回復とか、魔力回復とか、疲労軽減とかだろう?そこからいけば何とかなるんじゃね?」


 確かにそうだ。改めて目の前のキノコを見つめる。

 確実にわかるのは蜜の滴る蜂蜜茸、一見普通の砂茸、そして丸く膨らんだ風船茸だ。蜂蜜茸は見た目もあるのだが、効能も実ははちみつに似ていて、栄養が豊富である。砂茸は効果が処理の仕方で二種類に分かれる。風船茸は、性質も風船っぽい。


「す、スティルペース先生は、机の材料を使ってかまわないっておっしゃいましたわ。で、ですから使わないものをじょ、除外しては…」


 どもりながらのエランの言をジェンが補足したところによると、どうも傾向として○○してもいい、というようなときはあまり使わないことが多いらしい。


「なるほど。そう言うことですのね。この材料で野営食…。ねえ、ルル。外で調理するってなると、あまり複雑なことはできないのでしょ?」

「うん。通常は、煮るとか焼くとかぐらいじゃないかなぁ。鍋で蒸し焼きって言うのもあるけど」


 そんなに料理はできないと思う。材料はそんなに持って行けない。調理器具も限られている。母と狩りに行くときは数日だったら作っておいたのを魔法袋に入れておいて、取り出して温めて食べていた。


「そうか、そう考えると……。なあ、これって、一度に野で手に入るものか?」

「い、いいえ。時期が違いますわ。蜂蜜茸は春の終わり、す、砂茸は秋ですもの。他も…。風船茸は秋、ああ、あとは…乳茸と…………なにかしら」

「色と形からすると、プロス茸かコトルニク茸かしら。どちらにしても冬の初めのものですわね」


 その二つはこの国の北端で採れるものだ。たしか効能は…卵茸に似ていた気がする。違いは傘の裏の模様である。ひっくりかえすとコトルニク茸のようだ。ただ、どちらも卵茸よりも粘りが強い。


「一気には採れねぇってことは、使用するときは、たぶん保存処理したものだ。一番簡単な処理は乾燥」

「要するに、乾燥したこのキノコの効能を考えればいいってことですよね」


 乾燥させた乳茸は水に浸すと成分が溶けだして乳のような成分がしみだしてくる。乾燥させないと出てこない。砂茸は砂状にして混ぜると小麦粉のようになり、栄養はアミュグに似ている。

 見ながら僕が考えている間、エランとジェンは事典をめくっていた。ターシャはコトルニク茸の裏側をのぞき込んでつついたりしている。横目でその事典を見ると、風船茸の効能が書いてあった。風船茸は過熱すると、元の形に戻ろうとするのか、膨らむ特性がある、とあった。


「わかった!多分、これ、疲労回復だ。処理さえしておけば水と混ぜ合わせて焼けばお菓子みたいになる!」


 すると、耳をそばだてて聞いていたのか、他の組も、一気に乾燥させ始めた。だが、それがあだとなり、前の方で悲鳴が上がった。多分蒸発したんだと思う。


「あー…乳茸は、ゆっくり水分抜かないと、蒸発するんですよねぇ。蜂蜜茸も半分湿った状態にしないと」


 処理の仕方が全部違うと言ったのはそういうことだ。思わずにんまりと笑う。


「お前、それだけ言うって、確信犯かよ」

「いいえぇ?でも、周りが耳をそばだててたの聞こえてましたし。盗み聴きして自爆するってすごいですねぇ」


 お前、実はアルボルに怒ってたんだな、といわれる。怒ってはいない。ムカついていただけだ。ニコッと笑うとエランにおびえられた。


「ほうほう、期待通りじゃの!では、風船茸はどうする、エラン?」


 周りの様子を見ていたらしいスティルペースがひょっと顔を出した。実に楽しそうににこにこしている。気配をあまり感じなかった。


「ま、まず石突をはず、外して、か、傘と軸を分離さ、させます」


 うん、目の前の事典にはそう書いてある。その時、注意するのは、刃物を使ってはならないということ。このキノコは刃物使うと破裂してしまうのだ。


「そうだな。で、注意点がある。破裂しないためにはどうするのだ?」

「刃物がだめってことは…手っすか?」

「そうだ。あとは刃物でも、金属でなければ大丈夫だ。それか、使役してる栗鼠とか鼠にやらせるとかだの」


 なるほど。刃物というよりは金属に反応するのか。金属って…確か結構多くのキノコは金気を嫌ったなぁ、と思う。今度、石のナイフでも作ってみよう。

 その間もスティルペースは問答もいくつか繰り返す。周りはこっそりと聞き耳を立ててこちらの様子をうかがっていた。そんなやり取りを経て、スティルペースは他のテーブルにも移っていく。放任主義だが、見るべきところは見ているらしい。

 スティルペースが去った後は、それぞれキノコを手分けして処理をする。まだ水分の抜き方は習っていない僕ら一年生はもっぱら下処理であった。僕も、杖さえなければできるけど、ここは先輩方にお任せする。


「で、これを混ぜて焼きます。僕が手順を言うのでお願いします。ターシャ、火加減よろしく。弱火でね。エラン先輩、材料を少しずつ丁寧に入れてください。ジェン先輩はひたすら混ぜる」


 ターシャが種火を付けて調節し、その上に鍋を載せると、僕が言うとおりにエランが材料を順番に入れて混ぜる。そこにひたひたになるくらいの水を注ぎ、あとはひたすら混ぜるのだ。

 練って練って練り上げて、へらを持ち上げて、もったりと下に落ちたらあとは焼くだけである。所詮、小麦粉じゃないので、粘り気を出すのが大変だ。足りない粘り気はコトルニク茸で調整する。いい加減になったら蓋をして蒸し焼きだ。


「後は、蓋から湯気が出てきて、少し強火にして炊いたら休ませて終わり」


 ひたすら練っていたジェンはくたびれている。あんまり肉体派ではないらしい。そして十数分後、鍋の中にはふっくらと焼きあがったキノコの蒸し菓子が出来上がっていた。



 嬉しいことに、僕の組は一位となった。味、効能共に二重丸をいただいたのだ。

 そして、批評の後は、休憩兼試食タイムである。色々な組の出来上がったものを一口大に切り、食べていく。この後に講義があるらしい。


「これ、うっま! キノコとは信じらんねぇ」


 上手に蒸しあがった焼き菓子は卵色をして、むっちむちで美味しい。いくつかかけらをいただき、掌に乗せて机の下に差し出すと、濡れた鼻が手についた。


「これじゃないけど、似たようなものを地元の狩人に教わったことがあるんです。疲労回復出来て、おなかにたまって、材料が軽いって」

「先人の知恵ですわねぇ。美味ですわ~」


 前にあるのも使っていいと言っていたので、卓上にあったキトレムをもらい、酸味のある汁を絞り、余った蜂蜜茸の雫を入れ、焼き菓子に塗った。さらに効果の上昇が見込める。酸味も加わり、なかなかのお味だ。


「キっ、キノコがお菓子になるだなんて、は、初めて、し、知りました」


 エランは健啖家らしく、出てきた物はぺろりと平らげ、更に残った蒸し菓子を誰より多く食べている。ほっそりとしているのに見かけによらない。

 因みに、彼女の名前はエラン・ヴィタール・ファーベッラ・クラティオ=カコエンテスというらしい。上級貴族で、すで侯爵だという。つまり、このクラスの中では最も身分が高かった。


「うちや地元の人は、現金収入ってあんまりないから、森の恵みやなんかには詳しいんですよ。じゃなきゃ飢え死にする」


 毎年、冬ごもりは大変だ。秋の恵みをかき集める。しかし、今年、父は捕まっているし、母はプラテアドの家にいるようだ。戻ったところで、冬はどうするのだろうか。憂鬱だ。


「過酷ですのねぇ。庶民ってすごいわ」


 感心するターシャに、まあね、とだけ言っておいた。一長一短ある。庶民は確かに生きるのは大変だけれど、貴族のような命のやり取りをする陰謀に巻き込まれることは少ない。その点では生きやすいだろう。


「さて!それだけだったら喉が渇いたろう。わしが手ずから茶だしてやる。胃もたれなどにも効果があるのできちんと飲んでおくように」


 試食も半ば、というときにスティルペースがそう言って、各机にお盆に茶碗と土瓶を各組に持って来てくれた。助手の人が休憩で退席していたから自らだ。


「珍しいな。ま、飲んどこう。先生の配合したお茶、うまいんだぜ」

「じゃあ、僕、お茶淹れますね」


 茶碗を並べてお茶を淹れていく。その時、色々と配合してある茶葉からは、毒消しで有名な薬草の香りがした。

 お茶を飲んで一息ついたころだった、一人の生徒が呻いて倒れたのだ。


「い、痛い…ッ」


 ほとんど話したことがない、五つ上の先輩だった。顔が青く変化し、額に脂汗が浮いている。ただ事ではない。


「インヴィ! 大丈夫か?」


 休憩から戻ってきた助手とスティルペースが、インヴィと呼ばれた先輩に走り寄って脈をとる。周りに僕たちも集まったが、スティルペースの杖がギリギリ届かない範囲で足止めされた。食中毒なんかだと困るからだろう。


「これは…食中毒じゃないな。エルキス!お前、足が速いだろう。医務室の医術士を呼んで来い」


 口元に鼻を近づけ、匂いを嗅いでいたスティルペースがそう言う。口から匂いが漂いやすい毒というと、アミュグの青い実からとれるアニド毒か黴系のアフトラ毒か。


「プラド、教卓の引き出しからヒュッタニアの雫を持ってこい!」


 馬乗りになって体を抑え、皮手袋を付けてから口の中に手ぬぐいを巻き付けて突っ込む。舌をかまないようにだろう。痙攣が微妙に始まっている。多分、ヒュッタニアの雫というから、これはアニド毒だ。

 その言葉に助手がぱっと行って、引き出しを開ける。だが、見つからないらしく、バタバタしている。そうこうしている間にも、目の前の彼女は顔色が悪くなっていった。

 見かねたらしく、アルボルが駆け寄るが、見当たらない。どうしようか、手助けしようかと思っていると、ふっと足元にグーグーがやって来た。口元には【ヒュッタニアの雫】と古語で書かれた瓶があった。持ってきたらしい。


「あの、先生。ヒュッタニアの雫です」


 グーグーから受け取り、スティルペースに差し出す。だが、馬乗りになって口を押えている彼は手が空かない。


「よし、お前は古語が読めるな。そこに書いてある手順で雫を三滴取り出してくれ」


 瓶の張り紙を見ると、手に触れぬよう、風魔法を使って球状にして取り出すとある。だが、僕の魔力調整はまだ不完全だ。下手したら、瓶を壊してしまう。逡巡していると、脇から助手が顔を出す。瓶を見つけたのに気付き、さっさと戻ってきたようだ。


「わたし、一瞬で読めるほどには古語は得意じゃないの。読んで。わたしがやるわ」

「はい!では……」


 助手になるだけあり、魔力調整は完ぺきだった彼女は、僕の言うとおりにして中身を取り出す。


「プラド、それでは口の中に二秒に一回一滴ずつ入れるんだ」


 上顎と下顎を押し開け、口の空間を作る。確かに上下抑えていれば舌は噛まない。少しの間なら、負担も少ないだろう。


「はい!」


 見事な杖さばきで、彼女は入れていく。そして、数分すると、インヴィの痙攣は収まり、その直後、ジェンが医術士を連れてやって来た。

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