第33話 パートナー。
休みが明けた。祖父に手紙を書いたり、貴族としての心構えをヴィルトトゥムに教えられたり、叔父の土産を使いこなすべく、練習したりしているうちに終わってしまった。あっという間のことだった。
そして無事に日常が戻ってくる。教師との関係がめんどくさいなー、休み欲しいなーとか思っていたが、もう、あんなに色々あるならばなくてもいい。お腹いっぱい、という感じである。
「おはようございます、先輩」
「おはよう。どうした?妙に晴れ晴れとした顔をしているな。おお!ごちそうじゃないか」
僕のストレス発散法は料理である。思いのたけを料理にぶつけるとスッキリする。
机の上には、麦芽と黒糖で作ったほんのり甘いふわふわのパンを筆頭に、何種類も料理が乗っている。母直伝の料理が中心だが、一部は古い本から引っ張り出してきたものだ。
「カウダに訊いたぞ。なんだか大変だったみたいだな。うまくごまかされた、と怒っていたが」
焼き菓子につられて部屋に戻ったことに違いない。これからあの手を使おうと思っていたのに、ちょっとてこずりそうだ。
「うーん。まあ、色々と身内のごたごたが…」
と、言いかけたところでグーグーから『アホウ!!』という突っ込みが頭の中に入った。イケナイイケナイと思いながら言葉尻を濁す。
「ほう、大変だったな。うちも、姉が乱入してきた親とやりあってな。王家の跡継ぎの問題も絡んで面倒くさそうだ」
うっかり話してしまいそうになったが、そう言えばこの人は王家の血を引いているのだ。結構近い親戚だった。あんまりこちらの事情をばらしてもまずい。つるりと漏らしたことは絶対に学長に話がいく。
「どこも家の問題は大変ですよね。それに、今日は学年会ですから、それぞれの補佐を発表するんです。ドキドキしちゃって」
「ああ。あれな。組みが落ち着くまで数週間はかかる」
「やっぱり…」
うんざりしたように先輩が言う。何度も苦労したのだという。そういえば、この人はずっと監督生だった。
「人対人だからなぁ。相性っていうものがある。成績だけでは推し量れないからな」
「そうですよねぇ」
うまくいくといいのだけれど。と、いうようなことを考えつつ、朝食をとって、身づくろいをして一年生用の講堂に向かった。
「じゃあ。頑張りなさい」
「はい」
思わず知らず、足が重たくなる。この間決めた組み合わせをターシャと一緒に発表するのだ。一年生用の行動の前では、ターシャが腕組みをして待っていた。
「遅いではありませんの」
「……遅れてはないよ?」
「監督生ですのよ。規範とならなくては」
五分前だというのに、ご苦労なことである。そのまま二人して、中に入る。
「…と、いうわけで、以上が組み合わせですわ。二回までは変更に応じます。何かあったら、わたくしかルプスコルヌの方に申し出てくださいませ。場合によっては三人になることもありますのでご了承ください」
朝礼で発表すると、みんながざわつき、相手を探して組んでいく。ちなみに僕の相手はアディだ。
仲がいいし、成績のつり合いが取れているからそれでいいでしょ、とはターシャの言だ。気を使ってくれたようである。つまり、アディは実技は上位で座学は下のほうらしい。今のところ杖の扱いに難がある僕と逆だ。
「よろしく、ルース。勉強苦手だから、教えてもらえると助かる」
「うん。僕も魔力の調整の仕方とか教えてほしいな。ターシャが上手だっていってたよ。音系は調節が大事なんだってね」
確かに音系は大音量でも聞こえなさすぎでも問題だ。強弱の調整がつかなくては音楽ではないだろう。
「音にうねりがあってこそ音楽だしね。戦場で大音量奏でるわけにもいかないだろう? それにしてもターシャ、かぁ。すっかり仲良くなったんだな」
最初の日のターシャはひどかった。誤解があったにしても。幸いにして今のところ、関係性は順調だ。
「一応ね。敵意は解いてもらえたよ。っていうか今日はこの後はそれぞれの授業になるから、苦手なところ書き出しちゃおう」
「そうだな。…あ、これ苦手!」
古語の教科書を出し、指さす。僕の得意分野だ。読み書きも会話も問題ない。思わずにっこりと笑った。
そうして二人で机に向かい、用意した廉価版の羊皮紙に書き出していると、あっという間に時間が過ぎていった。
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学年での打ち合わせが終わると、今度は授業だ。
今日の授業はスティルペースの植物学だった。世話の関係から、週に二回あるこの授業は結構楽しみである。今日は先日に引き続きキノコだと助手に告げられた。前回のことがあるせいか、みんな少々顔が引き締まっている。
「やあ、この間はすごかったね。ぼくはヴェリココ・エルモス・アルボル。今日も君の知識が見れるかと思うと楽しみだよ。いやあ、一年生だというのにねぇ。ご立派なことだ」
他の女生徒と話しているターシャを横目に真面目に本を眺めていると、少々気取ったアルバリコッケ色の髪をした少年が話しかけてきた。
にこにこ笑っているし、口調も穏やかだが、目が笑っていない。
『こいつ、やーな感じだな。気を付けろよ』
『いるよね、こんな人。大丈夫、市場で慣れてるから』
本当は馬鹿にしているのに、にこにこと近寄ってくるのは市場ではよくあることだ。父がちょっと席を外した時とか、他の客に気を取られているときとか、だましてやろうと近づいてくる。僕が子供だと思って、よく来るのだ。
その雰囲気にとてもよく似ていた。
「そんなぁ。僕こそ色々教えていただきたいですぅ。僕の知識は、古い書物が主なので」
少々はにかみながら嫌味に気づいていない様に無邪気に返す。ちょっとはにかみ、上目遣いで見つめる。
「ははは、謙遜を。ご立派なことだねぇ」
眉間にしわが寄る。どうやら、僕の顔の決め顔は効かないようだ。
と、後ろに気配を感じ、肩の上に両手が置かれた。白くてきれいな手であるが、その指にはごつごつとした実用的な魔道具と思われる指輪がいくつもはまっている。とっても動かしにくそうだった。
後ろを振り向こうとするが、ぽんぽんと肩をたたかれとめられる。
「おやぁ、さっそくアルボル先輩は新人いじめか?はっずかし~。スティルペースに言っちゃおーかなぁ」
「しッ、失礼な!いじめなんて下種な真似をするわけないだろう!不愉快だっ」
そう言うと、あっという間にアルボルは立ち去り、一番教卓に近い席に陣取る。まあ、熱心なんだろう。感じ悪いけど。ちょっと拍子抜けだ。
「大丈夫か? 一年坊主。ええっと…ル…なんだっけ」
手をたどって上を見上げると、先日不良っぽく答えていた金髪の先輩だった。どことなく気だるげで、色気のある綺麗な人である。ハモミラのような甘い香りがした。長いまつ毛が光にあたってきらきらしている。美人だ。
「ルプスコルヌです。ルルとかルースって呼んでください。先輩は…」
「あ、オレはエルキス。エルキス・ジェンマ・ヒュドラル=ユーグランス。エルかジェンでいい。あ、三年生な」
隣いい?といって、頷くとすぐに横に座る。横から見ても睫毛がものすごく長かった。青みがかった緑の眼が素敵だ。
中世の精霊を書いた絵画があったが、それに出てきそうだ。
「あのヒト、スティルペースの爺のファンで、お気に入りになりそうなお前が気に食わねぇだけだから、気にすんな」
「大丈夫です、慣れてるので」
そう返すと、にかッと笑ってはいどうぞ、と干し肉を手に持たされた。感じとしては牛系の干し肉だけど。匂いを嗅ぐためか、グーグーが膝に手をかけ乗り出して来る。
―――― これ、食べろっていうのかしら…。
思わず困惑しつつ、手元をじっと見つめ、持っているのも何なので干し肉を口に運ぼうとすると、止められた。ちゃり、と銀の指輪が触れる音がする。
「あ、ごめん!それ、わんこちゃん用。言うべきだったな」
「わんこ」
「そう、そのくろいわんちゃん! 犬、好きなんだ。何て言うの、その子?かーわいいねぇ」
「グーグーです!そうですよね、かわいいですよね!」
初めて僕は同士に出会った。大体みんな失礼なのだ。不細工だのちんくしゃだの。グーグーはかわいい!
ジェンは、本気で犬が好きらしく、ジャーキーはいつ犬にあってもいいように常備しているそうだ。変わった人である。しかもお手製で、高級品の縞牛のものだった。そんなわけで、グーグーはご機嫌で僕よりいいものを食べている。
授業が始まるまでもう少しあったから、いろいろ聞いた。
「すごい指輪ですね。魔道具ですか?」
「指輪?うん、これね。制御装置。腕にも足にもついてるよ。オレ、急に魔力が増えちゃったから、吸わせてんの」
詰まった襟裳をとくつろげ、人差し指を差し込むと、その指に僕と同じ首輪がついているのが見えた。僕のよりもだいぶ緩い。後で聞いたら、きつさは魔力の量によるそうだ。
ジェンの実家であるユーグランス家は魔道具を作る家系で、指輪や足輪は兄の実験のためらしい。
首がきついと言ったら、作ってくれたそうだ。この学校の助手だという。魔力を吸ってくれる魔道具。確かにこの首輪があるのだから、それ以外の形があったっていいはずだ。
「あのぉ…」
その時、スティルペースが助手を伴いやってきた。
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