第30話 叔父の秘密
図書館から体よく追い出された翌日は、今期初めての休日だった。寮生たちも初めて外出が許されている日である。御多分に漏れず、ヴィー先輩も外出だ。姉のカリタの荷物持ちをするらしい。仲がいいのはよいことだ。
残念ながら、僕にそんな楽しみはないけれど。
そんなヴィー先輩が出てすぐに、ガーゴイル・ウーヌムに呼び出されて玄関に行くと、手紙が差し込まれていた。差出人は叔父である。非常に几帳面な字で彼の名前と僕の名前がつづられている。
「叔父様だ。何だろう。外出禁止令のことはヴィルトトゥム先生から伝わっているはずだけど」
「そのことに関してじゃないの?貴方、きちんと自分からは連絡したのでしょうね。いくら教師がするから、と言ってもあなた自身がしなくてはだめよ。失礼だわ」
居間で手紙を開封しようとすると、カウダがふわふわと浮きながら横からのぞき込んできてそんな風に言った。確かに連絡していない。ヴィルトトゥムがするからいいと思っていた。
……まずかっただろうか。
ちろり、とカウダを見ると、ぺちり、と軽い肉球パンチが飛んできた。意外に痛い。
どうやら、僕の判断は駄目だったらしい。二発、三発と肉球パンチが続く。
しかし、グーグーは契約者が叩かれても我関せずで、のんびりと床の絨毯の上で伸びていた。
「ちょっと、カウダ。読みたいんだけど、どいてって…っイタッ!…ええーっと。なになに…?」
文句を言うと、今度は肩に軽く爪を立てられた。わりに痛い。カウダの爪はかなり鋭いのである。それでもめげずに体をひねってカウダの攻撃を避けると、あきらめたかのように爪をひっこめた。
ようやく封を開け、中を改める。
「オジサマはなんだって?」
そこには実は僕の休みを狙って両親が驚かせようと王都に来ていたこと、そしてそれがばれて国王に呼び出されたことが書いてあった。
半ばから最後にかけてはどうも焦って書いたのか、字が乱れており、ちょっと気の毒な感じである。そして最後には、直接会って話したいから、午後のおやつの時間に菓子を持参でヴィルトトゥム先生の部屋に行くから、僕にも来るように、と書いてあった。
いきなりだ。
「大変だ!ターシャとの打ち合わせ、先にしないと。ガーゴイル・ウーヌムに言えば、女子寮にも伝わる?」
「ええ。大丈夫よ。ただし、女子寮寮監ウィオラにも聞かれるでしょうけど」
僕の剣幕に、若干気圧されたかのようにカウダが答える。
その言葉を聞くや否や、慌てて連絡を取ると、暇だったらしいターシャは、快く早めの打ち合わせに付き合ってくれることになった。
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結局、中庭で会い、傍にある机で作業することにした。落ち合うのは、この間あった噴水の前だ。
「ンまぁぁ、なんてっ!なんてかわいいのッ!」
女の子の扱いに疑問がある、と強引についてきたカウダを見るなり、ターシャは両頬に手を当てそんな風に叫んだ。グーグーの時と反応が違うから、どうやら彼女は猫好きらしい。
目がまるでハートのようだ。口もついでにハートになっていそうな有様である。
―― もしかして、犬、嫌いなのかな?
カウダと言えば、その反応に想うところがあるようだが、普通の飛び猫として、大人しくすましたままだ。特にたしなめる様子はない。それに、褒められてまんざらでもない様子である。
「ターシャ、ターシャ。こちら、飛び猫のカウダ。スクートゥム先輩の契約している魔法生物で、今日は心配だからってついてきてくれたんだ」
「あら、わたくしとしたことが。初めまして、カウダ。パンタシア・ピエタスよ。ターシャと呼ばれているわ」
上位の者に対する礼ではなく、同等のものに対する礼であったが、一応許容していた。ターシャは彼女が人と同じように話せることを知らないので、それでいいとしたらしい。
「あ、お茶飲む?」
「ええ、いただくわ」
まだこのくらいの気温だったら外で十分だ。必要な資料だけ机に置く。ついでに水筒と湯飲みを出してお茶を注ぐ。ハモミラ茶だ。我が家の庭で取れたもので、まだまだ在庫があるので、先に出すことにする。
「ところでターシャは外出しなくてよかったの?」
机についてからそんなことを言った。午後から外出するのも可能だろうに、彼女は寮にこもるらしい。
「ええ。家に帰っても、弟妹にまとまりつかれるだけなのよ。せっかくの休日くらい、優雅に過ごしたいもの」
なるほど。そういうこともあるんだろう。仕切りたがりは長女ゆえか。妙に納得している自分がいた。領というのは彼女にとっては、結構、安全地帯なんだろう。
「そうなんだ。じゃあ、これ。お茶うけにでもして?」
手土産に、ともってきた手作りの菓子を渡す。地元の木の実とアリクワムの乾燥した皮を粉にして糖蜜を練り込んで焼いた香りの高い焼き菓子だ。隠し味に香料としてよく使われるジンジベリとクラヴスが少し入っている。結構いい出来なのだ。
手渡すと、一言断ってからさっと開けて、彼女は机の上に広げる。そして、いただくわ、というとぱくりとかじりついた。
「なに、これ。スッゴク香りがよくておいしい。王家御用達のドルシのよりもずっと!!甘すぎなくて素晴らしいわ」
どうやらご好評をいただいたようである。目を輝かせるターシャを見て、てしてしとカウダが僕の膝を叩く。
『ドルシのよりもおいしいですって?わたしにも寄こしなさい!』
『ええー。ドルシってなんだか知らないけど、今ここにはターシャと先生の分しかないよ。部屋に帰ればあるけどさぁ。そうだ、帰ったらどうかな』
普段は冷静で大人なカウダだが、食べ物になるとちょっと変になる。言っては何だが、かなり食い意地が張っている。そこは
『そうね、そうするわ!何枚までなら食べていいのかしらっ?』
目がキラキラと輝いている。心なしかよだれが垂れているような気がしたが、見ないことにした。
『て、天板の半分までなら。後は僕とグーグーと先輩の』
『そっ!わかったわ!!」
そう言うと、さっさと踵を返してしっぽをぴんと立てながらカウダは帰っていった。この手は使えそうである。きっと今日だって、先輩に言われたからついてきているのだ。釣り餌は何時も用意しておくのが良策だ。
「あら、カウダは帰ってしまうの? 残念だわ」
「うん。多分、ちょっと僕が誰と会うかを見に来ただけだと思うよ」
カウダが帰ったことで、そのまま順調に打ち合わせは済み、誰にどういう補佐をつけるかが決定した。これまでの傾向を教師から聞いているから、それに合わせて相手を選ぶ。
学年で脱落者が出ると、監督生の責任となり、学年としての成績が下がるのだ。相談し、決まった組み合わせから表にしていく。一応漏れはないか、最終確認だ。
二人して二度確認し、間違いがないことを確認する。
「さてと!ちょっと早いけど終わりにしましょ。あなたは、ヴィルトトゥム先生のところに行くんだったわね」
「うん。叔父も来ているはずなんだ。面白い人なんだよね。お土産もくれるって」
「へえ、いい方なのね。うちのお父様も見習ってほしいものだけど。悪趣味なのよねぇ。…じゃあ、これはわたくしが持っておくわ。休み明けに発表しましょ。またね」
父親に少々思うところがあるのか、そんなことを言うと、彼女は羊皮紙をまとめてさっさと行ってしまう。潔い。
じゃあ、と僕も手を振り、男子寮への道を戻った。そのまま行く方が速い。もちろん、手土産は魔法袋に保存済みだ。
『なんだろーねえ、叔父様』
『面倒くさい予感がするぞ、オレは』
相変わらず頭の上にグーグーが乗りながら言う。季節柄、少し風が冷たくなってきたから、頭に当たる温かさが気持ちいい。
『うーん。わざわざ叔父様が来るっていうくらいだし、いいことじゃなさそう。っていうか、ちょっと早いけど、いいよね』
『いいんじゃねーの?だめだったら、あのガーゴイルが止めんだろ』
そのまま中に入り、先生の部屋へと向かう。部屋の前では相変わらずガーゴイルがたたずんでいた。
うとうとしているように見える。このガーゴイルは話し方といい、見た目といい、お年寄りめいている。
結構個性があるものだ。
「こんにちは、ガーゴイル・オクトー。先生に呼び出されてきました」
中に入るべく話しかけると、寝ぼけたように半眼でガーゴイルがこちらを見る。
「ん?んむ?おや、こないだの坊やだ。……そういや、呼ばれてたね。開けたげるから、お入り」
ぎい、と音を立て、扉が開く。相変わらず便利な仕組みだ。万人も兼ねているから、いろんな間違いも起きにくいのだと寮監に聞かされた。まあ、中の住人が許可したら意味ないだろうけど。
「おじゃましまーす」
大声で言うのも何なので、こっそりとあいさつをし、そのまま中に入ると、相変わらず玄関はきらきらしかった。
そんな空間に、影を落とすかのように叔父のと思われる、実用的で重そうな袖なしの外套がかかっていた。
もう来ているようだ。奥の居間の方からぼそぼそと声がしていた。叔父と先生だ。
「こ…ッ」
こんにちわ、と言いかけて、グーグーのしっぽで口をふさがれる。後ろを睨みつけると今度は念話で話しかけて来た。
『なあ、ちょっと面白そうだぜ?』
そう言うと、グーグーはこの間の人型になった。今日は服も来ている。そのまま僕を抱え、居間のほうに足音を立てずに歩いていく。足音を立てさせたくなかったらしい。
「……めですよ、マニュ」
「いいじゃないか。まだ来るには早いよ」
何と、叔父の膝の上にはヴィルトトゥム先生が乗りあがっていた。今日はあまり華美な装いではないが、長い上着を着ているので、体勢は分からない。だが、確実に乗っているだろう。
「それが早くねえんだよなぁ、残念なことに」
先生が叔父の頬に手を伸ばしたところで、グーグーがそういう風に言った。
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