第29話 危険人物認定。
ターシャはもうこれ以上用はない、とさっさと帰ることにしたらしい。打ち合わせは明日やるわよ!と念を押された。もちろん、否はない。
そして、彼女を見送ると、ものすごくしぶしぶといった感じのドリューとルトについていき、本に関する説明を受ける。これからこちらに出入りする際は彼らの同伴が条件だそうだ。危険人物認定されたという。僕としては知識の探求であって、別に害を及ぼす気はない。
「さて、お前は何の本を求めているのだ?」
「ええと、礼儀作法と、あとは……動物紋の封印について書かれたものです」
ピクリ、と二人の耳が動く。イヌ科の尻尾と同じくらいアールヴの耳はわかりやすい。
動物門の封印は、植物よりも強く番人を象徴しており、より強固な守りが必要な場合に使われるものだ。蛇、犬、鳥などいろいろなものがあり、守るものの特性によって異なる。
実は、僕の家名も一角狼を表している。一角狼は、本来、王侯貴族を守る幻獣と呼ばれるものだ。王家の盾となる家の意味だという。
「動物紋ってさあ、お前何かよっぽどやばいもん抱えてるの?」
「いえ、僕自身はやばくないと思いますが、もらったものに動物紋が使われていたので、どうしようかな、と」
「やっぱり危険人物ではないか!まあいい。そこの、板に手を当てろ」
談話室からしばらく歩き、扉を二作りくぐると、入り口の前につく。扉を潜ると、水晶の板が張られた木製の台が数台あった。
手を当てるには高いなぁ、と思ったが、僕が前に立ったらみよんというような妙な音を断ってて台が下がった。おそらくは魔石か何かで対象を判断している。かなり高性能の魔道具だ。これでは利用するのに、いちいち登録が必要なはずである。
いわれたとおりに手を置くと、石のようなひんやりとした感触はしなかった。台自体が魔力を帯びていて、それが若干の熱を帯びているらしい。オーバーヒートなんかは大丈夫なんだろうか。
思わずまじまじと見つめてしまう。
「ここにごく微量の魔力を流し、≪コンクィシ≫と唱えろ」
「はい。≪コンクィシ≫」
すると、図書館の見取り図が浮き上がってくる。今、見えるのは5層までだ。何らかの制御がなされたのだろう。
「力を流しながら、何を読みたいのか唱えるのだ。本にはソフィアによって、さまざまな単語が登録されている。お前の諳んじたものがそれに当たれば示されるだろう」
あとは印の浮かんだ場所に行き、探せばいいということらしい。便利だ。いずれ実家にもこういう機構を作りたい。ここにいる間に通い詰めて、構造を把握しよう。熱をもっと逃がす機能も必要だ。
僕は新たな楽しみを発見し、ほくほくしていた。ここは宝の宝庫である。いちいち彼らの許可を取らねばならないのは面倒だが、その価値はありそうだ。
「ええと、では『礼儀作法』」
本来ここに来た目的を唱えると、図書館の二階の端にある本棚のあたりがボウ、と薄赤く光った。ほかにも近辺に黄色や青色といったものがある。
「赤は目的…というか唱えた言葉そのものを示すものだ。黄色はそのものではないけど、関連が深いもの。青は本来は別物だが、一部に記述が認められるものだよ」
さすがに貴族が通う学校だけあり、礼法等に関連するものはかなりあるようだった。同じ色でも、濃ければ濃いほど目的に近く、薄くなるにつれ少し目的から遠ざかるらしい。
「じゃあ、次に『動物紋』」
それを唱えるとヴィーッという警報音のようなものが響き、紫の髑髏の印が浮かんでくる。もう一度唱えると、明滅するようになり、紫から黒へと変わった。そして、画面が真っ黒になる。魔力が勝手に遮断された。
「ええ…ッ?」
「やっぱりな。これは、お前の制限が解除されていない部分にあるということだ。動物紋の封印はするのも解除するのも、本来はかなり高位の魔術師がするものだ。それこそ、王立魔法研究所で行うようなものだぞ」
でも、僕解いたことあるのだけれど……と、言いたくなったが、もうさすがにそれは言ってはならないことぐらいわかった。父が僕のさせてたことは普通じゃないらしい。学長が絶句したはずだ。
大事なものを守るためとは知っていたけれど、そこまでとは知らなかった。
「今日は礼儀作法だけ借りてけば?もう一つの方は年齢があがれば借りられるようになるだろうよ。それと、お前、機械にも危険人物って思われたから、余計なことすんなよ」
「……分かりました」
言いたいことはものすごくあったが、その日は、僕は大人しく礼儀作法の本だけ借りて帰った。それでも十冊近くになったため、帰った後に先輩に思い切り呆れられたのだった。
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「ああ。もう、すごい奴が来たね!初日から禁書扱いのものを手にしようとするなんてさ」
簡易な夕食を済ませた後に、呆れたようにドリューが言った。それにルトも同意する。今日は三人が三人とも疲労困憊だった。ちなみにプントはさっさと食べてデザートの準備中である。
「まあまあ、楽しいじゃあないの。あんなの久しぶりだわぁ。それに、あれだけ高位の精霊を使っているだなんて、これからが楽しみねぇ」
ふんわりと呑気にフォルトゥードは笑っていたが、ドリューもルトも笑えなかった。ここの学生よりも秀でているという自信があった。人ではないので、貴族としては扱われないが、下手な貴族よりも魔力があるし、強いという自負があった。
それなのに、あの少年は規格外だった。自分たちの亜空間の魔力を根こそぎ吸い尽くすような力を持った精霊を使役している人間など、二人は見たことがなかった。
彼自身も、あの
「笑いことじゃないぞ、ソフィア。あんな人間は見たことがない。大人しくあの犬が従っているのも妙なくらいだ」
「私は見たことあるわよ。あ、プンちゃんが戻るまでの、つなぎにいかが?」
にこにこと笑いながら、缶に詰めた蜂蜜の入った焼き菓子を差し出して来る。フォルトゥード手製のこの菓子は、二人の好物だった。彼女なりにねぎらってくれているのだろう。
「えー?! そんな奴いんの?」
「もちろん。今じゃないわよ。まだ、私が子どもだったころにね」
彼女が子供だった頃というと、大分昔のことだ。人からすると大分長く生きているドリューとルトも、彼女には及ばない。二人はフォルトゥードの養子だった。
「それは、誰だ?」
「この国の十代目よ。剣王・ラーミナ。ラーミナ・クシフォス・ソンリッサ・アウルム。剣王なんて言われてたけど、本当は魔術に秀でてた。あの人の剣は実際の剣ではなくて、魔術で作り出したものよ」
後世にはそれは伝わっていないけれど、と笑った。
二人の人型の高位精霊と契約し、敵を屠っていく。まだ荒れていたこの王国にとって、理想的な王だった。豪快で男らしく、分け隔てのない人だった、とフォルトゥードは言った。
「あの子、魔力の質が似てるわね。さすが子孫だわ」
どこか懐かしそうにフォルトゥードがいう。初恋だったのよ、という。当時はまだ、今ほど人族が幅を利かせていなかった。互いに偏見はあったが、利も見出し、協力していたのだった。
「母がこの国の建物を建てて回っていたからね。王宮にも何度もお邪魔したわよ。今ほど格式高くなかったから、王もしょっちゅう町に出入りしてたわねぇ」
「そういう意味でも、先祖返りなのだな、あいつは」
いい意味で作用すればいいのだが、というつぶやく。
「ボクはなんだか面倒なことになりそうな予感がするけど」
「確かにな」
先見の力を持つ者もいるアールヴの勘は馬鹿にならない。二人は半分人でありながら、その力を持っていた。
この先、二人はなんだかんだ言って、ルセウス・ミーティアに使われることになるのだった。
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