第28話 脱出 

『あ~!メンドくせっ』


 ばさりという羽音を立てながら、グーグーが着地をする。その背中にしがみつきながら、僕もようやく地面に足を下ろすことができた。

 ちょっと獣臭いけど、なかなかのさわり心地である。このまま寝たいほどに気持ちいい。


『ありがと、グーグー』

『けっ!』


 ぎゅう、と抱きしめて礼を述べると、目の前の呆然とした表情のドリューとルトが目に入った。アールヴとも思えないほど、間が抜けた表情である。整った顔でも、表情で随分と印象が変わるものだ。

 思ったよりもヴぉく速く出てきてしまったようだ。


「えーと、すいません。閉じ込められたので、出て来てみました。早く、本を借りたかったので」


 えへ、と笑って報告すると、二人は突然起動しだした。

 いきなり、扉だった机に空いている空間の切れ目を眺め、叫ぶ。


「「なんてことをーっっっ!!」」


 やっぱり支配していたのはフォルトゥードではなくこの二人らしい。僕の勘も馬鹿にしたもんじゃない。


「お…っ前!まだ、一刻も経ってないではないか!な、何とむごいことをっ。植物にだって命があるんだぞっ」

「なにしたんだよぉ!あああっっ!!ギギ草が全滅してるっ。ぎゃあっ!!火炎木かえんぼくが~っっ」


 彼が空間内を整えたのか、ドリューが涙目である。辞典によれば、そう珍しくはないが、どれも生えるのに時間がかかる植物である。

 ギギ草は種から育てると、使えるようになるには年単位でかかるので、確かに損失だっただろう。

 アールヴである彼らは植物と相性がいいはずだが、どうやらそれでも整えるのが大変な空間だったようだ。それなら、僕のことを説明もなしに閉じ込めなきゃいいのに。手っ取り早く出るのに、これが一番だっただけだ。


「ま、魔力が根こそぎ奪われているではないかッ。非常識な…っ」

「溜めるの時間かかったのに…」


 魔力がなくなり、荒廃した空間を眺め、ルトもまた涙目になった。見事な砂色の世界になっている。

 大人も泣くんだなーと思っているとものすごい表情で睨まれた。きれいな顔でにらまれると結構怖いものだ。


「だって、早く本が読みたかったんです。それには出るしかないでしょう?」


 こんなに本がいっぱいあるのに、発掘できないでなんてつらいではないか、とささやかに言い訳してみるが、彼らの表情は和らがない。相変わらず厳しいままだ。

 味方を、と思いグーグーを見やるが、彼は彼で文句を垂れていた。静電気のようにぱちぱちと毛からは魔力があふれ出している。黒い毛に金色の魔力がキラキラして結構きれいだ。どうやっているのか、少しずつ内側に収めているようだが、それでもまだ収まりきらない。

 ちょっと表情が苦しそうである。目が半分しか開いていない。


『あーもー、こいつらうるせぇ。魔力が口からあふれそうだぜ。圧縮するってもなぁ。植物の魔力はあっさりしすぎてて好かねぇし』


 食べ物のもこってり目が好きなグーグーは、魔力もこってり目がお好みのようだ。イヌ科の見た目をしているせいか、肉っぽいものを好む。


『魔力ってあふれるじゃない?ってことは、魔力って戻せるの?』


 あふれるってことは意図的に出せないだろうかと思いついて聞いてみる。すうこともできるんだし、奪った魔力を元に戻すことだってできるはずだ。考えてみればこのチョーカーだって似たような構造のはずである。


『あ~?…できるぜ』


 話しかけるとかったるそうにそんな風に言われた。その間にも毛のぱちぱちが減ってじわりと腹が膨れていく。かなりの量の魔力だったし、無理もない。


「あのー…、魔力戻せるって言ってます…けど」

「なんだと?! やれ!さっさとやるんだ」


 ルトがそう言って、僕の肩をつかんでゆすぶってくる。やめてくれ、と言いかけたとたん、グーグーは空間に首を突っ込み、口からキラキラした魔力をエロっと吐いた。キラキラと輝く緑や黄色の魔力が川のように、空間に流れていく。

 そこはある意味特殊な空間ならしく、大地が、木々が戻された魔力を吸収していく。荒廃し、一面茶色かった景色が、少しずつ色を取り戻していった。あの様子ならば完全復活には時間がかかるだろうが、戻るはずである。


「す、ごい。この獣はいったい何者なんだ?」

「どうでもいいよう。ああ、助かった~。納品が遅れると大変なんだよ」


 ドリューとルトはこの空間を利用して、商売をしているようだった。

__________________________________


「あらぁ!まあ、もう出てきたの。数日かかるかと思っていたけれど。限界を知らせるどころか、知らされちゃったわねぇ。ドリューにルト」


 げんなりした二人に連れられて談話室に行くと、フォルトゥードが驚いた、という表情をして出迎えてくれる。また違う容姿をしていたが、今度はごまかす様子もない。妙な気配を感じないから、これが彼女の本当の姿なのだろう。


「ソフィア、こいつ、非常識だぞ!魔力をこの犬に吸収させて、あの空間を砂漠にしやがった!」

「一刻もしないうちに出てきたのだ。……常識はずれな生徒だ!」


 二人して小柄なフォルトゥードに告げ口をする。まるで母親に言いつける子どものようである。ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を、フォルトゥードはまあまあとなだめていた。僕よりも大人なはずだが、実に子どもっぽい。


「……あんた、何やったの?」


 談話室にまだいたターシャに聞かれる。机の上にはお茶とお菓子が置かれている。のんびりとお茶を楽しんでいたようで、ちょぴりうらやましい。僕もお茶とお菓子がほしい。

 それにしても、だんだんと僕に対する扱いが雑になっている気がする。絶対、気のせいじゃない。


「んー…、ちょっと閉じ込められたから、一番早いと思う方法で出てきたんだけど」


 こうこうこういう場所で、こうやって出てきたんだ、とあっさりと説明する。彼女の眼が半眼になっていった。呆れたらしい。


「まあ、彼らが悪いわね。過小評価したってことだもの。あんたの考え方って普通じゃないんだから」


 そうなんだろうか。ただただ出たかっただけだ。学長から渡された封印を解くための資料が欲しかったし、新しい技術も学びたかった。たぶん、実家にはないような資料がここにはある。せっかく入学を許可されたのだから、新たな知識を得て帰りたい。


「ターシャだって、閉じ込められたら出たくなると思うけど。僕、これ以上遅れ取りたくないしさ」

「それはそうかもしれないけど。普通はもっと戸惑ったり、焦ったりするものじゃない?」


 少なくとも砂漠化させようだなんて思わないわ、とピンク色の髪を払いながら彼女は言った。僕の考えはお気に召さなかったようである。

 それにしても、その神結んでもいいんじゃないかな。邪魔そうだ。


「…まあ、とにかくルプスコルヌ君は試験を突破してしまったのだから、許可するしかないわねぇ」


 少しだけ小さくなってターシャの言うことを聞いていると、仕方のないこと、とフォルトゥードが言う。


「ルプスコルヌ君、こちらにいらっしゃいな。あなたの制限をある程度解除するわ。駄目な領域もありますけど、この子たち立ち合いなら、できる限りの範囲は許可しましょう」


 やったぁ!と思わず万歳をすると、ドリューの顎を殴ってしまったらしく、彼の身体が後ろの方に吹っ飛んで行ってしまった。


「「あぁっ!」」


 申し訳ない。

 それにしても、アールヴって軽いんだなぁ。


『重力の調節してるからな。アールヴは素早さが特徴の動きかたすっから』

『へー。初めて知った。うちのそばって、ドヴェルグはいても、あんまりアールヴいないんだよ』


 そんな風に会話していると、後ろから怒鳴られる。


「「なに! 二人だけで会話してんだよっ」」


 そして、そのままずるずると、グーグー事部屋の外へと引きずられていった。

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