第22話 別の顔。

 その後、ヴィルトトゥムが助手や何かを指示を出して、物証が運び出された後、少しばかりの休憩をはさんですぐに授業は再開され、キィ以外は無事に魔力回復薬を作り終えた。

 万が一のことがあっては危ないから、という理由で、キィは魔力を伴わない僕たちの手伝いのみをしていた。作れなかった彼は、後日改めてヴィルトトゥムの監視下で放課後に作るらしい。とにかく無事で何よりである。


 他の授業(後は一コマしかなかったが)を終えて部屋に帰ると、先に帰ってたヴィ先輩にものすごく心配され、ついでに説教された。カウダには全身くまなく匂いをかがれ、頭の毛をざりざりと湿り気を帯びるまで舐められた。時々歯というか牙というかが立てられて、ちょっぴり痛かった。

 さて、翌日の早朝、僕はヴィルトトゥムに呼び出しを喰らっていた。わざわざウーヌムが知らせてくれたのだ。ガーゴイルとは便利なものである。


『本日、朝食を終えたならば、即刻部屋に来なさい。 ヴィルトトゥム 追伸:契約している魔法生物も一緒に』


 わざわざ重要、と赤字で判が押してある。行かないという選択肢はなかった。通常、朝食は8時までには終えるので、そのころを目安に行くことにする。

 そんなわけで、朝食後、寮にある彼の部屋に向かう。独身で、比較的年齢の若い(らしい)ヴィルトトゥムもまた、寮住まいであった。寮の各階には最低一人、教師か助手がいるのだ。

 ヴィルトトゥムの部屋は案外近く、この部屋のちょうど真向かいにある。廊下の突き当りの特等室がヴィルトトゥムの部屋だ。


『何だろうなー。昨日のことだとは思うけど』


 いつものように頭にグーグーを載せながら廊下を歩く。重くないの、とアディに聞かれたことがあるが、実質浮いているので、全く重くはない。そこのところは加減している。実際に抱くと、結構重いので、彼なりの気遣いだ。


『まー、質の悪い炎だったぜ。魔力が中途半端でまずかった。薄めてあるっつーかさ。鳳凰とか火蜥蜴のとかだとうまいんだけどなー』


 機嫌が悪そうに、喉の奥でうなりながらそう伝えてくる。心底嫌そうだったので、本気でまずかったんだろう。僕の料理には一切文句言わないので、意外だった。

 しかし、炎に旨いまずいがあるとは初めて知った。そもそも食べるもんじゃないと思う。まあ、僕は魔法生物じゃないからわからないけれど。


『味ってあるんだ』

『味ってかな、魔力の質なー。純粋に焚いた炎はそんなに味しないぜ。まあ、魔力を含んだ木とか燃やしゃ、すっけどな。それにしても妙なんだよな』


 頭の上からこちらを見降ろしながら、グーグーが言った。もしゃもしゃした毛がこそばゆい。思ったほど、毛は柔らかくないのだ。


『妙って?』

『うん、あの炎な、キィって坊主の魔力だけじゃなかったぜ』

「え…?!」


 思わず声が出てしまい、向かい側を歩いていた用務員の人に妙な目で見られてしまった。慌てて口を噤む。

 一体どういうことなのだろうか。

 思わず考え込みながら廊下を進む。話しかけても思考の海に沈んでいる僕に呆れたのか、グーグーはそれきり話さなくなった。

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 向かいと言っても建物は結構大きい。しばらく廊下をずっと歩き、ちょうど僕たちの部屋の真反対に位置する部屋にたどり着く。そこがヴィルトトゥムの部屋であった。ウーヌムよりも少し華奢なガーゴイルが扉の傍で見張っている。


「すいません、ガーゴイル・オクトー。ルセウス・ミーティア。ルプスコルヌが来たと、ヴィルトトゥム先生にお知らせくださいますか」


 便箋の裏に書かれていた名前をかける。そんな話をグーグーとしていると、ウーヌムから、きちんとフルネームで呼ぶように、と忠告された。ガーゴイルって苗字だったのか。知らなかった。


「おやまぁ、ご丁寧にどうも。可愛い坊やだね。うちの子だろう?待っといで、今呼んできたげよう」


 ウーヌムに比べると些か穏やかな口調で言う。地元の果物屋のおばあちゃんみたいだ。カウダも礼儀にうるさかったから、このガーゴイルは女性なのかもしれない。

 ウーヌムが、薄く目を閉じると、すぐにパタパタと足音がして、人が来る気配がした。


「ああ、ルプスコルヌ君。入って」


 ギィという重い音がして扉が開くと、いつもとはちょっと違う雰囲気のヴィルトトゥムがそこにいた。

 無造作に髪を下ろし、ぴかぴかとする部屋着(多分)を着、ぎらぎらとした(金属的な)織物の上着を羽織っていた。足にはいたのは錦織にビーズを縫い付けた、かかとのない履物だ。

 金属のような輝きを放つ色彩の間に緑や紫、鮮やかなプフェル色といったものが散らばっている。その様子はまるで…。


『パ、パゴニ』

『おう、パゴニだな』


 パゴニは繁殖期になると羽を広げてメスを惹きつけようとする、大型の鳥である。因みにかなり凶暴だ。そばに寄ろうものならば、けりを繰り出してくる。肉もよほど丁寧に処理しない限り、あまりおいしくない。ただし、魔力を帯びた羽は装飾品として人気である。

 そう、緩くうねる髪をおろし、光輝く部屋着を着た彼は、まるで繁殖期のパゴニのようであった。こんな派手な衣装を着た人間を、田舎では見たことがない。

 呆然としながら案内され、奥へと進む。部屋の造りは僕らの部屋とは真逆なだけで、基本的には同じようであった。装飾がまるで違うだけで。


「先生の研究室とは、大分違うんですね」

「ああ、あそこはあくまで仕事場だから控えてるんだ。本当はキラキラしたものが好きなんだけど。金とか宝石とかいいよねぇ」


 きらきらした置物とか、猫足の家具とかさぁ、とうっとりと入り口わきの金ぴかのコート掛けをうっとりと撫でる。確かにきらきらしていて、猫足だった。

 ごめんなさい、その趣味は全く分かりません、と思わず心の中で謝った。理解のほかだ。


『だよなー』


 一方で、グーグーは同意するところらしい。そういえば、彼のいたルドゥン風の店も、これほどではないが金の装飾が施されていた。よく僕にも地味だと言ってくるので、趣味がヴィルトトゥムよりなのかもしれない。


「とりあえず、そこに座ってくれる?そこの長椅子」


 指し示したのはおそらくは黄金蛾の繭で織ったであろう、これまたびっかびかの長椅子だった。無駄にツヤを帯びた布地は座りごちが悪そうである。ついでに、座ると下に足がつかないので、滑りおちそうだ。

 さすがにお高そうな長椅子に犬を乗せるのは気が引けて、頭の上からグーグーは下ろし、膝の上に座らせた。バランスが非常に取りにくい。

 だが、少しもぞもぞすると、僕とグーグーはともに落ち着いた。膝の上から真っ黒な足がチョンと突き出した様子はとってもかわいい。おなかがピンクなのもまた素敵である。おもわず、にへら、と顔が緩んでしまった。


「はい、ハモミラのお茶。牛乳とか蜜とかいる?」


 いかんいかん、と顔を引き締め、返事をする。


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 そう?と言って彼は、長椅子の前にある低い机の上に、取っ手付きの湯飲みを二つ置いた。プフェルに似た香りが鼻をかすめる。それからもう一度、台所の方へ行き、もうひとつ湯飲みを取ってきた。


「あの、こちらにもうありますけど」


 もうすでに二つある。だが、彼の手には目の前に置かれたものとはまるで違う、金と花の装飾がふんだんについた湯飲みを持っていた。きれいといえばきれいだけど、洗浄魔法がなければ洗うのは大変に違いない逸品だ。


「ふふ。それはね、そっちの子のだよ。ねえ、グーグーだっけ。話せるんでしょ?」

「え…っと」


 思わずちら、とグーグーを見ると、半眼になっているのがわかる。


「あーあー。こいつ騙せそうにないしな。かったるいがしょうがねぇ」


 そう言うと、すっくと僕の膝の上に四つ足で立ちあがってぎゅうと踏みつけてから、下に軽い音を立てて降りた。あのぎゅう、は地味に痛い。

 それから背中を猫のように伸ばしたり曲げたりすると、昨日炎を飲み込んだようにぬるんと大きくなり、全身から黒の割合が減っていく。


「え…?え…ッ!?」

「おや、やはりそうだったか!」


 僕たちの目の前に立ったのは、ヴィルトトゥムと同じくらいの年頃の、非常に容姿が整った全裸の黒髪の青年であった。


 もう一度言う、全裸の。

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