第21話 ボヤ騒ぎ。

 キィと一緒に昼食をとっりながらいろいろ話した。彼は実に気のいい人物で、僕の言葉が足りないところをさりげなくフォローしてくれる。すぐに意気投合した。

 そして、なんと没落貴族仲間だったことが判明する。家計を助けるため、マールは手芸が、キィは木工細工としているらしい。

 パンタシアと喧々諤々やりあっていた理由もわかった。二人と彼女は初等学校で同級だったという。女子二人は成績争いをしていたそうで、犬猿の仲はそのころかららしい。

 高位貴族が初等学校に行くのは珍しいのだが、家庭教師を雇うのは金がかかる。その点、学校は割安だ。また、金のある庶民も行くので、人脈もできるという利点があった。パンタシアはもっぱら人脈づくりで通っていたそうだ。


 昼食後は、二人して必修の魔法基礎学に行く。

 いつの間にかグーグーも合流し、僕の肩にいつものように陣取っていた。周りにも幾人か魔法生物を連れている学生がいたが、ほとんどは小型だ。

 ヴィルトトゥムの助手から紙を渡され、番号を見て指定された「六番」の机につく。キィがいたので、嬉々として隣に座ると、グーグーはさっさと机の下で昼寝を決め込んだ。

 他の班員はメモリアとレギオーという名前の女の子と、フィーニエンスとシーワン=アダマンテウスという男の子だった。なんと、レギオーはヴィ先輩と従兄妹らしい。


「はい、それでは席に着いたかな。何回かはこの班で動く。これから各班に大きく図と手順を書いた羊皮紙を渡すよ。あと、必要なことは黒板に書くので、石板なり羊皮紙なりに書き留めるように」


 大きな黒板があり、彼が説明していく。今日がごくごく初歩の段階で、一番必要な下位の魔力回復薬の調合だ。これから先、魔術の授業が立て続けに行われると、魔力切れの学生が続出するから、そのためのものだ、と説明された。


「これは、材料が切れて、魔法陣が書け、魔力が通せれば誰でもできる。ただ、『正確に』というは存外難しい。その加減を今日は学んでいく。さあ、実践だ。班ごとに材料や何かを取りに来なさい」


 紳士たるもの女性を重んじなければ、ということで取りに行くのはほとんど男性陣だった。

 僕は道具係だったので、受け取ったそれぞれを個人に分配する。


「じゃあ、配ります。はい、キィ。それから、メモリアさん。フィーニエンスくん。レギオーさ」


 言いかけた時にくすんだ赤毛の少女が遮る。僕より目線は下だが、なんだか見下されている感じだ。


「レギオー嬢よ!気やすく呼ばないで!これだから下位貴族は嫌だわ」

「失礼。では、レギオー嬢、こちらをどうぞ」


 僕がそう言うと、つん、鼻を突きあげ、もったいぶったように手を引っ込める。感じ悪い。道具を机に置くべきか、無理やり渡すべきか悩む。


「グラナーテ・レギオー、さっさと受け取ってくれないか?邪魔だよ」


 すると、わざと挑発するようにシーワン=アダマンテウスが名前を省略して呼び捨てる。高位貴族のやり方だ。実際、シーワンというのはファグアン隣国の王族の苗字なので、明らかに彼のほうが立場は上である。

 それをわかっているのか、彼女はいら立ちを隠しもせずに、黙って僕の手から道具をひったくっていった。


「じゃあ、次、シーワン=アダマンテウスくん。これで道具は終わりだね。後は…」

「薬草はシーワン=アダマンテウスくんが並べてくれた。後はやるだけだよ」


 キィの方を見ると、机の上にはそれぞれの席に綺麗に薬草が並べられていた。隣にいたシーワン=アダマンテウスとも目が合う。


「……サビーでいいよ」


 少しはにかんだような彼は、レギオーに対する態度とは逆に、結構感じがよかった。

___________________


「えーっと、最初は?」

「まずはアルバリコッケの皮をむいて、実と皮と種とに分けるって」


 最初は、アルバリコッケのヘタを外し、皮をむいて分解するとある。

 なので、セクティオと呼ばれる刃物でヘタを外し、放射状に皮を傷をつけ、お尻の方から切れ目をつまんでむいた。ちゃんと熟しているらしく、するりとむける。さらにそれを半割にして中から種を取り出すと、あたりにふわりと甘い香りが漂う。

 果樹の世話もしていたというキィと、僕はあっという間に終わった。慣れの問題だろう。

 次は粗みじんに実を刻む、とあった。じゃあ刻むか、と思ってついでに周りを見回して思わず固まった。

 全員が四苦八苦している。そういえばこの人々は貴族だったと思いだす。慣れていないのだ。

 メモリアは慎重に皮を剥きすぎて、端から茶色くなっているし、サビーはセクティオとアルバリコッケを持ったまま固まっている。一番、ティティのものが悲惨で、えぐれて種が見えていた。あれじゃ、使えない。


「あのね、皮に少しうっすらセクティオで傷をつけてから剥くといいよ。後…ええと、ヘタの方からじゃなくて、お尻の方からね」

「お、おお。そうか!」


 そう言うと、ティティは無残な様子の果実をごみ入れに放り込み、予備としてあったものに手を伸ばす。他にも次々と手が伸びてきた。レギオーもこっそりと真似をしていた。

 粗みじんにしたら、除けておいたその種の核の部分を取り出す。種の合わせ目から軽く刃を入れる。少し揺すると隙間が空いて、白いものが見えた。


「あ、もう開けたんだ」

「得意なんだ。これ、薬にもお菓子にもなるんだよ」


 すりつぶして、食用のにかわと家畜の乳、蜜を入れて煮てから固める菓子で、ぷるんとした食感と甘い香りがたまらない。僕の好物の一つだ。焼き菓子にしてもいい。

 そんな話をしていると、全員が材料を切り終えて、フレスカの中に詰め終わった。そこに水をひたひたにそそいで、用意してあったアルバリコッケの精油を一垂らし、放置する。全ての材料をなじませるのだ。

 その間に各自、羊皮紙に魔法陣を書く。実に細かい作業だ。


「細かいな。目がちらちらするぞ」

「……手が疲れるわね」

「うん…、手が震える」

「あ、サビーの、そこ繋げないと失敗するよ」


 ふと目を向けると、つなげるはずの文字が一部離れていた。下手すると焦げる。火力に関する部分は重要なのだ。


「なるほど。助かった」


 そっと丁寧に文字をつなげる。かなり緊張しているらしく、ふるふるとペン先が揺れていた。


「あたしのも見てくれる? 初めてだから自信なくて」


 メモリアも自分のを見せてくる。だが、書き出しだけ少し歪んではいるものの、とても綺麗に正確に書けていた。メモリア記録屋の名にふさわしい、きれいな陣だ。


「大丈夫。正確だし、綺麗!」

「ありがとう。…エメでいいわ。私もルルって呼ぶわね」


 ほめると彼女はうれしそうに微笑んだ。すると、ティティも差し出してくる。できた陣を確認して、少しアドバイスをして返す。火力に関するものはちょっとした間違いで爆発したり、炎上したり、蒸発したりするので、大変だ。


「ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌ。…ほら!」


 確認し終わって、自分の羊皮紙に再び向かうと、えらそうにふんぞり返ったレギオーがこちらに羊皮紙を差し出していた。言いたいことはなんとなくわかるが、感じ悪い。


「何でしょう、レギオー嬢。僕は、そろそろ魔力を通したいのですが」


 自分のフレスカに目をやると、もう十分に色もなじんでいる。先ほどまでは上下で色が違っていたが、今は均一だ。


「か、確認しなさいよ!」

「馬鹿にしてた人に頼むの?」


 そのやり取りを聞いていたエメは、嫌味でもなんでもなく、ごく不思議そうに小首をかしげて聞き返した。


「た、頼むんじゃないわ!確認させてあげるんだから。あたくしの恩情よ」

「特に恩情は必要ではないので、結構です」


 さらに言いつのりそうな彼女を放置し、作業を再開する。次は魔法陣の上にフレスカをのせ、陣に魔力を流す準備をする、とあった。今日はきちんと自作の杖を持ってきたのだ。魔力がこれで出すぎない。


「えーと、呪文は…」


 自分では呪文を使ってなかったから新鮮だ。羊皮紙を見つめて確認していると、目の前にバンっと音を立てて、陣が書かれた羊皮紙を叩きつけられた。


「あたくしがっ!確認させて差し上げるっていうのよっ。見たらどうなの?」

「必要ありませんので」


 何でそこまで見せたいかもわからない。首をかしげて彼女を見ると、後ろから助手の青年が声をかけてきた。どうやら見回っていたようだ。


「ルプスコルヌくん、グループの仲間だし見てみたらどうかな?」


 見かねたらしい。あんまり気乗りしないのだが、一応礼儀として、ちゃんと立って、向き合って問いかける。


「わかりました。…レギオー孃見せていただけますか?」

「よろしくてよ」


 すごく偉そうに魔法陣を差し出してくる。それを見ると、助手は満足げに去っていった。

 魔方陣はできかけだが、結構、正確だった。文字もかなり丁寧で、女性らしいものだった。意外である。


「大丈夫ではないでしょうか」

「そ!後はちょっと書き足せば完成ね!さすがはあたくしだわ」


 なにやらご機嫌で席に戻る。わけがわからない。目で机の端でこつこつ一人でやっていたキィと目を合わると、二人して思わず笑ってしまった。


「ほら、君たち、手が空いたのなら、さっさと作ってしまいなさい」


 先ほどの助手が声をかけてきた。よく見ている人だ。

 慌てて先ほどの魔法陣と材料の入ったフレスカを整え、もう一度改めて羊皮紙を見る。そして、杖を取り出す。杖を魔法陣に沿わせ、少しずつ魔法を流していく。

 全体に魔力が回り、インクの色が変わったところで呪文を唱えた。


「≪大地の恵みよ、命の雫よ。わが力の糧となりたまえ≫」


 ぽう、とフレスカ全体が淡いアルバリコッケ色に光る。そのまま魔力を流し続けると、中身がぐるぐると回り、ぱちゅん、という少し濡れた音がして底に淡く魔力の光を帯びた液体がたまった。


「できた!」


 僕の様子を見て、他の班員も取り組む。魔力の入れ具合や魔法陣の出来具合でかかる時間が異なるらしく、ティティとサビーが苦戦していた。

 そんな時、ボっという音がして、机の端を見る。すると、そこには火柱が上がっていた。キィのフレスカだ。


 呆然としているキィを、その場からサビーが引き離した。手早い。

 消火しなければ!と思い、指先にかなりの魔力を込めた途端、首が強烈にしまった。例のチョーカーだ。息ができなくなり、机に突っ伏してしまう。苦しくてたまらない。


「先生ッ! 火がッ」

「キャァッ!」


 周りからも声が上がり、ヴィルトトゥムが杖を構えたのが見えた。だが、彼が呪文を唱え始めると同時に、頭の中に今まで寝ていたはずのグーグーの声が響く。


『しょーがねぇなぁ』


 グーグーは一つため息を吐くと、机の下からぬるりとはい出してきて、しゅぽん、という音を立てて、炎が上がるフレスカを丸ごと飲み込んでしまった。


「「「「「は?」」」」」


 皆の眼が点になった。

 そのまま、ぺっとグーグーがフレスカを吐き出す。

 しんとした教室の中、妙にきれいになったフレスカが、机の上でカタコトと音を立てて揺れていた。

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