第20話 新たな友人
その日の晩、仕事が終わるなり部屋に呼び戻されたヴィ先輩と共に食卓を囲んだ。いくつかは少し冷めてしまっていたが、それでもお気に召してくれたようだ。
誰かに食べてもらうのは、やはり作り甲斐がある。因みに、カウダには言っていないが、食べ物専用の保存用の魔法袋があるので、あまり量は気にしなくて大丈夫だ。
「これは美味い!リュベは少々苦手なんだが、このサラダは平気だ」
「軽く煮詰めたアリクワムで臭みを消して、甘みもつけてありますからね。砕いたアミュグの食感もいいでしょう?」
アミュグは、栄養価が高くて消炎効果があるという木の実だ。酒のつまみにしたり、粉にして菓子にしたりする。すりおろしたリュベとアミュグのケーキは僕の好物である。
「そうだな。こういう使い方もあるとは、初めて知った。祖母のところの料理長に行ったら、喜んで使うだろう。あ、もっとちゃんと指の先まで気を使うこと。」
カトラリーに添えた指が不格好だとたしなめられた。僕の食事は基礎は守れているし、違反もしていないそうだが、優雅さに欠けるという。意識をするとがちがちになってしまうので、練習あるのみだ。頑張ろう。
「ところで、監督生になったそうだな。まずはおめでとう」
最後のピルムという円錐型の果物をヴィヌムという酒と山蜂の蜜で煮て、生クリームをたっぷりとかけたデザートを腹に収めると、初めて監督生のことを彼は言った。
「ありがとうございます。ヴィー先輩も5年連続監督生なのでしょう?すごいですね」
監督生は毎年、選出しなおされるため、毎年選ばれるというのは名誉なことだ。素直に偉いと思う。申し訳ないが、僕は来年やろうとは思わない。ぜひ辞退させていただこう。
「努力したからな。おばあ様、いや、学長に恥をかかせてはならないし、就職にも有利になるからな」
自ら自慢もしないが、変に謙遜しないのが彼のいいところだ。あからさまにひけらかすのはどうかと思うが、努力したのだから、誇ればいいと思うのだが、妙に検層する人も多い。
「お前は明日からが正念場だな。ルプスコルヌの名前がどう作用するか。お前ならばなんとかしそうだが。初日は必ず揉め事があるから、注意するんだぞ」
「そうですわねぇ。貴方なら、笑って済ませそうですけれど、何かあったらグーグー様に頼るんですよ」
「ってなんでオレだよ」
僕をよそに会話がポンポンと進んでいく。置いてけぼりだ。
「ルルに任せたら過剰防衛になるからじゃありませんか。この子より、相手の方が心配です」
つんと鼻を上げ、とても偉そうにカウダが言った。やっぱり、つんつんしても猫はかわいい。
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揉める、と言われて気にはなっていたが、結果として揉めた。と、言うよりも現在進行形で絶賛揉め事中である。
目の前では、パンタシアと紺色の髪に眼鏡をした少女が、激しい言い合いをしていた。よく口が回るなあ、と思いながら眺める。
二人とも、何とか距離を保っているが、ちょっと接触したら、殴り合いのけんかに発展しそうである。フーフーシャーシャーと猫が毛を逆立てて、言い争っているみたいだった。
事の発端は、パンタシアの説明方法だった。こういう説明は、僕よりも上手そうだから任せたのだが、彼女の説明が非常に分かりにくかった。あのわかりにくい羊皮紙の中身をそのまま読んだだけだったのだ。
「全っ然、分かんないんですけどー。もっと、分かり易い説明してくださらなぁい?貴方、監督生で頭いいんでしょ?」
パンタシアが自信満々に説明した後、そう、紺の髪の彼女がすっくと立って言い放った。そして、言い合いに発展したのだ。あまりの勢いに、残りの僕たちは眺めるしかない。
「……相変わらず、すごいなぁ。まー、俺もわかんなかったけど」
一応残りの監督生として、止めようかなぁ、と思っていると濃い、青の髪をした少年があきれたような表情をしながらぽつんとつぶやいた。すると、それを皮切りに不満の声が上がる。
「確かに、やたらに難しい言い回しが多かったよな」
「あたし、文語体苦手なんだよねぇ。あれって、きっと元は昔の文語体なんだろうけどさ。現代訳っていうか、口語訳にしてほしいわ。でなきゃ、本体ほしいよねぇ」
「ぼく、何言われてんのかわかんなかった」
だんだん声が大きくなってがやがやし始めてきた。これは、元凶を止めなければならない、と思い、二人に声をかけることにした。
「あの!」
「「何な(んです)の?!」」
立ち上がって、口を開くと、二人からぎっと睨まれた。とっても怖い。目つき悪いし。それでも彼らの注意をこちらに向けることに成功した。
「ピエタスさん…と、ええと」
「マール・ぺルラ・オケアヌスよ!同級生の名前くらい覚えたらどう?!」
眼鏡の子の名前を憶えていなかったことが、逆鱗に触れたらしい。だが、特に名簿などもらっていないので勘弁してほしい。今日まで認識すらしていなかった。ますます怒られるから言わないけど。
「失礼、オケアヌスさん。ねえ、せっかくだしみんなで一緒に考えてみない?あのね、渡された奴やつ、もともとがスッゴクわかりにくいんだよ。ピエタスさんも僕も慣れてないし、オケアヌスさんにも力を借りられると嬉しいんだけど」
二人の背後でアディがよくやった!とばかりに親指を立てている。対応として間違ってはいなかったようだった。
それから、なんとかかんとか、僕らは無事に問題を解決し終えたのは、他の学年がすべて解散してからだった。
パンタシアをアディがなだめてくれたのと、オケアヌスを持ち上げたのが功を奏し、一方的な通告ではなく、新入生の大部分が話し合う、という有意義な会となった。
一応、ところどころでこうなんじゃない?と言って誘導しておいたが、大丈夫だったようだ。出すぎることもなく、ほどほどに補助で来たんじゃないか、と自画自賛してみた。
「お前、すごいなぁ!」
解散し、食堂へ向かおうとしたところ、後ろから声をかけられた。アディはパンタシアをなだめるために二人で貴賓室に行ってしまった。なので、一人だ。僕がいくと逆効果だから、ごめんと謝られた。
声をかけてきたのは、さっき声を上げた、濃い青の髪の少年であった。立ってみると、僕よりも頭一つは大きい。結構ハンサムだが、笑うと愛嬌がある。八重歯がちょっとグーグー見たいだった。
「ええと…」
確か、オケアヌスと一緒に入ってきた少年だ。仲がいいから、恋人なのかと思った気がする。オケアヌスが彼の腕に抱きついていたのだ。
「ははっ!俺は、キュアノス・サルム・オケアヌス。マールの双子の兄だ。おまえ、本当に人の名前覚えるの、苦手なんだなぁ。マールとピエタス嬢の言い争いに入るだなんて、感心したんだ。よろしく!」
恋人同士ではなく、兄妹だったのか。しかも双子。全く似ていないが、髪の色だけ青系という共通点がある。
「よろしく、オケアヌス君。僕のことはルルとかルースとかって呼んでくれると嬉しいな」
「おう!オレのこともキィって呼んでくれよ。オケアヌスだとマールとややこしいだろ。うちさあ、ルプスコルヌ家に父親が被害を被ったとかで、どんな奴かと思ったけど、面白そうだな、お前」
入学して授業が始まる段になり、漸く僕はアディ以外の友人を得たのであった。
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