第17話 取引

「何、考えてるんだい、このクソガキ!!あんなもの、出して来るだなんて!」


 学長室に行き、見事な流れで結界を作動させると、学長はそう怒鳴った。杖こそあったが、僕に無詠唱をするなという割には無詠唱であった。実に理不尽だ。

 それにしてもクソガキとは新鮮である。王族の人も、そんな風に怒鳴るとは。さらに手元にはしっかりと軟膏と角が置いてあるのが、抜かりない。


「いえ、情報量として相応かと思いまして。どちらも大変人気の品だと聞いております」


 カリタに小脇に抱えられながらそんな風に答えた。比較的小さいとはいえ、10歳児を小脇に抱える女性とは、なかなか侮れない。見事な腕力だ。


「だからって限度があるだろうが!」

「でも…ほとんどタダなんですよ」


 実際のところ、手間はかかっているが、元手はかかっていない。

 そもそも、バン=マリの秘薬は、材料が手に入ればなんとかなる。ただし、天候と根気に左右されるのだ。根気によって出来栄えが大幅に変わる。母で実証済みだ。しわの解消度合いが違うのだそうだ。

 それに新鮮な一角獣の角は街では貴重品だと聞くが、彼らは仲良くなれば譲ってくれる。年に一回生え変わるのだ。だが、本によれば一角獣自体が街を嫌うため、出合うこと自体が稀なのだという。

 …地元にはいっぱいいるが。

 因みにだが、一角馬は一角獣とは似て非なるものであるらしい。最近までおんなじものだと思っていて、それを言ったら角を譲ってくれた一角獣に尻をがぶりと噛まれた。あれは痛い。


「ルプスコルヌ君、あのね…」

「あ、ルルとかルースで結構ですよ。スクートゥム令嬢」


 上を見上げながらそう言うと、カリタは少しひるんだ。ひきつった時の顔がヴィーによく似ているので、そんなところに血のつながりを感じた。


「そう。それじゃルル、それは500年くらいの前の話。バン=マリの秘薬は国王に献上されるようなものだし、新鮮な一角獣の角は、魔術師ギルドでその年の目玉になるようなものよ。めったに出ないわ」


 疲れたようにカリタがいい、漸くおろしてもらえた。頭に血が上るかと思った。胃のあたりを抱えられていたので、ちょっと気持ち悪い。


「それを食堂で出すなんて、あんたには危機感てもんが欠けてるね」

「魔法袋があるからすぐしまえますし。紐付けてありますから、召喚すれば手元に戻ってきますよ。そんなに危なくはないです」


 そう言うと、ますますぎょっとされた。

 貴重品に魔力のひもを付けておくのは当然でないか。市場でも財布や売上金を入れた簡易金庫などは魔法袋に入れたうえで、紐づけておいた。

 これらがそこまで大層な品だとは思ってはいなかったが、換金性の高いものだと思っていたから、きちんと召喚魔法をかけておいたのだ。


「……あんた、その年で召喚魔法が使えるのかい?しかも魔法袋持ち」


 あそこで学長たちにあったのが偶然なのだ。でかい角ときらきらした軟膏を持ち歩いているはずもない。それを考えてもらえるといいのだが。


「はい。生きたものはまだ飛び兎くらいしか召喚できませんが、自分に所属するものでしたら召喚はできます。着替えとかにも応用が利きますよ。いわば空間魔法の応用ですよね。僕はまだ、それほど大きな空間が作れませんので、魔法袋は父に譲ってもらいました」


 父には空間魔法こそが召喚魔法の基礎だと教わった。古代語の、それも神代語と呼ばれる古い魔術書にもそんなことが書いてあったので、そう間違っているとは思わない。


「あんたが、規格外だっていうのは改めて分かった。……こうなると、ヴィーを付けた自分の英断をほめてやりたいね。おんなじ孫でもルディだったら、嫉妬で大変なことになってただろう」


 はぁ、と学長はため息をついて大きな肘掛椅子に腰を下ろした。ぼふっという音がする。座り心地がよさそうだ。

 僕も座りたい。食べたばかりで吊るされたおかげで胃がぐるぐるする。


「ルディはねぇ。上昇志向が強いのだけれど、少々強引で独善的だから。あ、悪い子ではないのよ。従弟としてはかわいいわ」


 カリタの言葉からは言い訳じみた感じがにじみ出ている。つまり、わがままなんだろう。周りにあれだけ取り巻きがいればそうもなろうというものだ。


「とりあえず、これはいらないよ。対価としては大きすぎる。その代わり、朝露の実か虹鳶にじとびの羽があったらおよこし。そしたら面白いパズルをやろう」


 こちらに軟膏と角をよこしながら彼女が言ったのは魔法の効率を上げる、そこそこ珍しいものだった。二年くらい前に母と狩りに行ったので、量は多くないけれど持っていた。

 因みに単なる羽だけではなく、貴重な風切羽も持っている。虹鳶は結構おいしい。


「どちらも、持ってますけれど、どちらかでよろしいんですか?」


 羽を一枚と、小さな小瓶に入った朝露の実を取り出しておく。朝露の実は小さめだから、羽をつけても悪くはない。


「それじゃあ、ありがたくもらっておこうかね」


 咎めるような孫娘の視線をよそに、ごそごそと彼女は懐から小さな袋を取り出し、そこに二つの品を入れ、代わりに古ぼけた羊皮紙を取り出してきた。


「さて、じゃあ、これがパズルだ。それを解けば、おのずとあんたの両親のことがわかる」


 そう言って、彼女はまかれた羊皮紙を取り出して来る。あそこで偶然会わなくとも、いずれ彼女はこれを僕によこして来るはずだったんだろう。準備がよろしいことだ。

 羊皮紙は、それ自体にも封印がされていた。まじまじと眺める。蛇を模した金と銀の紋が二重に絡まりあい、ギリギリお互いが触れ合わないように描かれた、実に感じの悪い封印だ。しかも神代語である。


「これは……双子蛇の封印ですね。一つ間違えると爆発するヤツだ。父が楽しそうに解いてました。僕も一回似たものをやったことがあります」

「ちょっと待て。ヴィリロスはお前に解かせてたのかい」


 みしり、という音を立て学長が机の端を握り締めた。


「ええ。父のところに送られてくる中にたまにあって、いつもは見てなさいって言われてたんですけど、一回だけやってみろって。危ないので野外で解きました」


 極細の結界で封印の周りをコーティングしつつ、丁寧に丁寧に解かないと駄目な封印だ。ちょっと触れ合うと小爆発を起こすし、うっかり数か所触れ合うと爆散する。結界遣いと分析力がものをいう性格の悪いものだ。


「………おばあ様、この子、さっさと王立魔法研究所にやった方がよくありません?」


 ふーっと息をつき、カリタがこちらを見た。こちらに来てから、毎日為に気にさらされている。あんまりいい気はしない。


「だめだ。あまりに常識がなさすぎる。教育しなおさないと、ヴィリロスの二の舞だ。……ルセウス・ミーティア。お前はヴィリロスの最高傑作だろう。もてる知識と技術を注ぎ込んだに違いない。だがね、人間それだけじゃ生きていけない。それをここで学びなさい。心して!」


「はい。心して学びます」

「ルル君。そろそろ免除科目の発表よ。行ってらっしゃい」


 拉致をしたのに何を言うか、と思ったが、ようやく解放される。はい、と返事をすると、丁寧に礼をして部屋を辞した。

 しかし、ここからどこに行けばいいのだろう。時間までに間に合えばいいのだが。後ろの扉が閉まる音を聞きながら、そんなことを思った。

_____________________________________




「おばあ様。あれ、門外不出の禁書でしょう?継承者を決めるための」


 リューヌ・カタリナが渡した文書を意味してカリタが言う。確かに彼女がルセウス・ミーティアに渡したのは、一般的に流布している噂などではなく、実際の事実のみを客観的に書いた禁書である。


「ああ。だが、王位継承権を持っているものには私の判断で渡していいと、姉上から言われてたからね」


 それだけの実力と理性があれば渡してもいいといわれている。常識はないが、理性がないわけではない。それを見て、ルセウス・ミーティアがどう反応するのかを見たかった。


「私たちも知らない真実が書いてあるのでしょう?」


 12年前の出来事は、一方的にルプスコルヌ家が悪名をいただいている。だが、実際はそう単純ではない。当時、渦中にいたリューヌ・カタリナはそれを身をもって知っていた。


 だから、ある意味、国の中枢とはいえ、こんな毒にも薬にもならないところにいるのだ。姉王からすれば、彼女はある意味で監視対象でもあり、保険でもあった。


「次期王位を決めるには、真実を知らなきゃならない。あんたも候補の一人なんだよ?名乗りを上げたってかまいやしないんだがね」


 あれを解呪できる実力があるというのが、王になる条件なのだ。これを解呪できればルセウス・ミーティアはほかの候補者に一歩先んじることになる。

 ルドヴィウス・プブリウスは神代語が怪しい上に、魔力はあってもまだそれだけのコントロールを身に着けていない。アーギル・ルヴィーニは神代語は分かるかもしれないが、封印を解くだけの魔力が足りないだろう。

 どちらも卒業までにはできるようになると踏んでいるが、今のところルセウス・ミーティアは突出していた。


「私は上に立つのは向きませんわ。それに、あれを解除できるとも思えません。こうやってサポートするのが好きなんですの」

「そうかい。……私はね、あの子がどうするか見てみたいんだよ。ちゃんとした補佐さえいれば、あれは、なかなかの器だろう」


 リューヌ・カタリナは閉じた扉の向こうを見つめていった。

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