第16話 いざ、突撃。

 談話室で、アディを待っている間、ずっと考えていた。この話を聞くのに、一々聞いて回るのは非効率的だ。尋ねまわっている間に色々警戒されそうである。大人の雰囲気から、どうやら表立って言えないようなことらしいし、若い人たちは悪評は知っていても、具体的なことは知らないようだ。

 かといって大人は口止めされていそうだし、何より僕の後ろにプラテアド家を見ているから、チクチクとした嫌味は言っても、決定的なことは言ってくれなさそうである。

 と、なると、確実に知っていそうで、子どもだからって言ってあんまり遠慮などしなさそうな人がいい。つらつら考えながらふと、思いついて、ポン、と手を打つと、周りから変な目で見られてしまった。

 うっかり首をすくめ、目ですいませんと謝ると、ちょうどアディが談話室にやって来た。僕を見つけると、手を振って寄ってきてくれる。


「アディ、どうだった?」


 二人でテーブルの方に移動する。お茶を飲みつつ、食堂が開くまで待つことにした。ここは軽食ならば食べてもいいし、傍には好きに飲み物が飲めるようになってる。僕はハモミラ茶、アディは甘酸っぱいアリクワムの果汁を選んだ。


「うーん。まあ、何とかって感じかなぁ。ギリギリかもしんない。パンタシアは余裕だったみたいだけど。ルースは?」

「んー、これでいいのかなっていうのが結構あったなぁ」


 ひっかけじゃなくて、本当にこの問題でいいのか、と悩んだ。今でも悩んでいる。あれは、本気であの問題を出したのだろうか。膝の上にべろーんと伸びているグーグーの毛並みをなでながら、そんな風に思った。


「以外。勉強得意そうだけどね」

「勉強っていうか、本を読むのは好きだよ。新しいことを覚えるのが好きなんだ。役に立つかは分かんないけど」

「それはわかるなー。勉強じゃないけど、新しい曲覚えるのは好き」


 勉強は苦手なんだそうだ。だが、逆に耳から聞いたことはあまり忘れないという。それはそれで特技だろう。

 そんな風にはなしているうちに、食堂が開く時間になった。


「時間だ。ルース、いこ。おなか減っちゃったよ」

「そうだね。僕も。今日の定食何かなぁ」

「一般食堂でいいよね」

「もちろん。貴賓室なんか行ったら、僕、今後日干しになっちゃうよ」


 あまり金がない貴族は定食しか食べられない。貴賓室とあだ名された好きなものを注文できる食堂と、学費に含まれているとして量だけはいくらでも食べられる一般食堂とがある。

 質、量ともに一級品という貴賓室だが、その分、お値段も張る。入学用の書類にあった料金表を見て、目を剥いたものである。

 廊下を抜けて少し歩くと、校舎の端にある食堂にたどり着いた。白い、なかなかにきれいな建物だ。屋上に草が生えているのがちょっと面白い。うちの地方にもときどきあったが、農家ばかりだった。


「左が一般食堂だっけ。右に行くと貴賓室だって聞いた。一般でも、結構綺麗だなぁ」

「ねー。もっとぼろぼろかと思った」


 そう言いながら中を開けると、意外に空いていた。中にはちらほらと教師の姿も見える。教師の給料は普通に暮らす分には問題ないが、高給取りとはいいがたい。

 入り口をくぐって少し行った先に積んであるトレーを取って、すでに用意されている定食を取る。肉、魚、野菜の三種類から選べる。僕もアディも肉を選んだ。育ち盛りに肉は必要である。


「先生方も利用するんだね。…んー、あそこ空いて」


 ふと、横を見ると学長がいるのが見えた。あのシルエットと骨格は間違いない。左に行こうとするアディを横目に、そちらの方へとトレーを持ちながら移動した。


「ちょ…ッ!?ルースっ」


 幸いなことに、彼女を遠巻きにするように、周りにはほとんど人がいなかった。秘書っぽい恰好の女性が向かいにいるだけである。


「こんにちは、学長先生」

「おや、君はルプスコルヌ家の…。いや、姉上の」

「はい、ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌです。少々、質問したいことが誤差いまして、お時間いただけませんか?」


 僕は、我が家に関する疑問を解決すべく、学長に突撃することにした。

 

「ふむ。昼休みの間だけだが、それでよければ話を聞こうか。そちらのヨクラートル家の長男も一緒でいいのかね?」


 僕の傍らではアディがおろおろしたように僕と学長を見比べている。きっと、ここでは学長も肝心のところは言わないだろうから、構いやしない。


「ええ、まあ。今日はちょっとお伺いするだけですから」

「そうか。それならばここに座りなさい。たまには学生と食べるのもよかろう。なあ、カリタ」

「学長に異存がなければ、結構です。ルプスコルヌ家の子息ということは、弟のアーギル・ルヴィーニの同室、ということですか」


 なんと、秘書っぽい彼女はヴィーの姉であるらしい。かばってくれた優しい姉、というのは彼女のことのようだった。

 儚げな、可憐な女性を想像していたのだが、想像していたよりもずっと、何というかきりっとした感じである。雰囲気に反してお胸もお尻も立派な肉感的な、非常に魅力的な女性だ。


「そうだよ。ルプスコルヌ君、ヨクラートル君、こちらはカリタ・アミニ・スクートゥム。アーギル・ルヴィーニ・スクートゥムの姉だ。わたしの秘書でもある」

「はじめまして。ルプスコルヌ家のルセウス・ミーティアです。アーギル・ルヴィーニ先輩にはお世話になっております」


 なんだかんだ言って、彼は優しい。ご飯で餌付けしたからなおさらだ。今後、もっと胃袋をつかむ所存である。そうすればきっと、ためている本とか見せてくれるだろう。彼が新しい本をため込んでいることを、僕は知っていた。


「僕はアルドル・ヨクラートルと言います。どうぞよろしくお願いいたします」


 アディが緊張した面持ちで、張り切って挨拶をする。


 先に食べてしまいなさい、と言われてもくもくと食事をした。とりあえず、食事が終わらなければ何も口をきいてくれない雰囲気だったので、さっさと済ませることにする。

 味は悪くはなかったが、ちょっぴり味気なかった。塩気がないというのではない。単純に、何か一味足りないのだ。

 それでも三種類あるから、まだルーティンでいけば飽きないだろうか?……とりあえず、弁当も検討しよう。食堂は、何か一品頼めば(飲み物でもいいらしい)持ち込みも可、である。


「さて、何を聞きたい?」


 しごく上品に食事を終えると、学長はこちらに向き直った。つながり的には彼女は大叔母にあたるようだが、あまり骨格に僕や父との共通点は見当たらない。それでも、ヴィーとは似ていた。


「遠回しにしても何ですので、直截ですが、お尋ねいたします。我がルプスコルヌ家のことです。何があったのですか?」

「何、とは?いったい、ルプスコルヌ家の何を知りたいんだね?」


 わかっているだろうに、にやりともったいぶった様子でこちらを見つめる。彼女の隣では、少しハラハラしたようにカリタが見ていた。

 アディも緊張している。というよりも、この場にいていいのか、と戸惑っている様子だった。

 学長の視線も、非常に抜け目がない。こちらを見透かすかのような視線であった。

 いったん、椅子の背に体を預け、深呼吸する。それから、再び貴族らしく姿勢を正し、学長と目を合わせた。


「……ルプスコルヌと名乗ると、反応は三つに分かれます。一つは軽蔑する者。二番目は全く聞いたことがない、と怪訝な顔をする者。それから、三つ目がまるで千両役者を見るみたいに目をキラキラさせてこちらを見つめる者です。正直、皆さんの反応は不可解ですし、原因を知りたいのです」

「それは、当然だろうね。その家の人間としては当然の反応だ。……だが、ただで教えてやるってのも面白くないねぇ」


 面白がるように学長の口が上がった。もちろん、お願いをするのだから、それ相応の対価は必要である。精霊との契約も、それが大事だ。グーグーにも僕の魔力を与えている。

 現金の手持ちは我が家にはほとんどないが、古い資料をあたり、貴重な素材の手に入れ方は知っていた。なので、短い間ではあったが、いざというときには現金化できたり、交渉の材料にできたりするものを少々仕込んできていたのだ。

 もちろん、というように首肯すると、腰に着けていた縫い縮めた魔法袋から、一角獣の角を削ったものと人魚の涙を煉り合せ、マンドラゴラをブレンドして三日月の光を一昼夜当てた、秘伝の軟膏を机の上に置く。

 ことり、という軽い音を立てておかれた、虹色に光る不思議な軟膏に二人の眼が釘付けになった。


「もちろん、タダでとは申しません。こちらはいかがでしょうか。バン=マリの秘薬と呼ばれるもので、美容の万能薬です」


 二人とアディが固まっている。何の反応もない。

 そうか、学長ともなればバン=マリの秘薬程度では驚かないのだろう。この若さであれば、もしかしたら自作しているのかもしれない。バン=マリの秘薬はエリクサーほどではないが傷ついた組織を修復してくれる若返りの秘薬だ。

 一角獣の角も人魚の涙も、頼めばそれなりに手に入る。母の教えを守ったおかげで、どちらとも仲良しだった。


「バン=マリの秘薬では物足りませんでしょうか…。それではこちらはいかがでしょうか」


 またまた魔法袋から取り出す。今度は先ほどの秘薬の元である、一角獣の角だ。削るだけならば比較的手に入れられるが、切り落とすとなるとなかなかと手間だ。

 きらきらと輝く角は、先日顔見知りの一角獣に餞別としてもらったものである。切って行け、というのでありがたく切らせてもらった。角がないと今期の繁殖はできないが、春にはまた生えてくるらしい。

 解毒作用があり、傍に置いておくだけでも毒の有無がわかるという優れモノだ。これをくれた一角獣のアルバには悪いが、それよりも疑問の方が先だ。


「………バン=マリの秘薬に一角獣の角かい……?」

「ええ。これ以上となると難しいのですが…。何しろ我が家は貧乏貴族で、現金入手は困難です。ただ、この角は大変新鮮で、切り取ってからまだ一年未満です。無理やりとったものでないので、効果のほども……ッ?!」


 と、言ったところで、学長とカリタに品物ごと拉致された。

 哀れ、アディは一人、食堂に取り残されたのであった。

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