第15話 実力試験 -筆記編-
次の授業は護身術の授業だった。
が、僕は対魔獣や野生生物などには慣れているが、人に対してはからっきしである。できるにはできるけれど、加減がよくわからない。
物心ついたころには父が怪我の影響で、武道一般が出来なくなっていたから、母には一応習った。だが、すきをついて仕掛けてくるので、学校での授業ではあんまりあてにならないと思う。あれをやったら、大けがさせてしまう。
僕が得意なのは狩りの分野だ。わなを仕掛けることと弓が特に。さらに言えば、実際の武器を持ったことはなく、魔力で作ったことしかなかった。なので、弓の張りとか強さとかはよくわからない。僕の好きなように作ってしまっている。
弓も母から習ったものである。
「……うん。君は基礎を学んだ方がいい、かな。護身術は狩りの技とはちょっと違うからねぇ。あれだと、うん。ちょっと、殺しかねないかな~」
そんなわけで、担当教官の三十半ばの女性にそんなことを言われた。かなり言いよどんでいる。確実に仕留めるならばいいが、人を相手に対抗するには過剰防衛になりかねないそうだ。
「…………はい。申し訳ありませんでした」
目の前にある五つの的のどれかに技をかけろと言ったので、魔力で弓と五本の矢を作り、同時に放したのだ。一本で仕留めるのは格好つけすぎかと思い、大人しく五本にしたのだが、それが失敗だった。過剰な威力をもって、矢はそれぞれの的を完全に破壊し、木っ端みじんにしてしまった。これも、杖の弊害かもしれない。周囲の他の生徒も青い顔をしている。
「ただ、実践となれば君の技も大いに威力を発揮するだろうね。その前に、ほどほど、というのを学ばなければならないが。ほかの子たちは、もっと逆に実践になれた方がいいな。お行儀良すぎるのも問題だ。いいね!」
魔法実践学初級と違ったのは、それでも彼女がきちんとほめてくれたことだ。この先生はいい人そうだ、と思う。おかげできちんと名前も覚えた。どうやら僕は、興味のない人は覚えられない性質らしい。
「どうぞよろしくお願いいたします。プリム・アグメン先生」
「うん、こちらも、実際のところを学ばせてもらうよ、ルプスコルヌ君」
きちんと例をすると先生は頭をぽんぽんと撫でてくれた。女性にしては大きな、剣だこのある手であった。
「ルースってさ、なかなか過激だよね」
アグメンのテストが終わると、次は座学だ。全員一緒に移動するから、その間にアディにそんなことを言われた。でも、嫌われてはいないようでうれしい。
彼はスリルが好きなのだそうだ。君といると飽きなさそう、と楽しそうに言われた。そのたびにパンタシアが遠くから睨みつけてくるのがうっとおしい。
「そんな、つもりはないんだけどなぁ。杖の使い方がよくわからなくって。もったいないから、作った棒きれで練習してたんだけど、それよりも魔力が引き出されすぎるんだ」
「棒っ切れって。なんていうか」
持っていたクエルスの小枝で作った杖を見せた。ごく簡単に削った、シンプルな杖だ。装飾も何にもない、ただし鑢をかけて油でぴっかぴかに磨き上げたものである。
「うち、あんまり現金収入がなくてね、作れるものは自分で作ろうかと思って、そうしたんだけど」
こっちに来て入学試験を受けてから作ったのである。最初に適当に作ったら、とげが刺さったので、丁寧に磨いたのだ。
「これはこれで、結構綺麗だね」
「うん、ありがとう。僕的にはこっちの方が使いやすかったんだ。おじい様とおじ様が買ってくれたこの杖、性能が良すぎて」
物が良すぎるらしい。そう言うと、後ろで知らない同級生が笑いをこらえているのが目にはいった。
僕的には結構真剣なのだが。
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座学の教室についた。あらかじめ申請していた科目数に応じて席が違う。僕は七科目ほど申請していた。
ここで、アディとは席が分かれる。話していると頭がいいように思うが、勉強は別らしく、彼は座学があまり得意でないという。今日受験するのは二目だけらしい。
「じゃ、またね」
「うん。談話室にいるから、終わったら、ルースもおいでよ」
「ありがと」
席に着くと、自分が申請した科目数だけテスト用紙が渡される。できた人からその場に解答用紙を残して退室していいことになっている。ただ、持ち込みは一切禁止で、筆記具もすべてその場においてあるものを使わねばならない。
後ろには蜂型の魔道具が監視をしているから、カンニングはできない。するつもりもないけれど。
さて、と思ってテスト用紙を見ると、これはひっかけかと思うほど簡単だった。王国史、文法、算術、錬金術などがあったが、どれもこれも恐ろしく簡単だった。
-本当にこれは、単位免除の試験なんだろうか。そこから何か見出せってことなんだろうか。
思わず、本気で悩んでしまった。だが、奇をてらった答えを書いても仕方がないと思い、素直に書く。おかげで、あっという間に終わってしまい、二科目のアディよりも先に退室した。
全てを置いて退室し、重い扉が後ろ閉まると、少しほっとしたような心地になっていた。
今日は、これで終了である。昼が終わり、二時ごろになったら一人ずつ面談がある。それまでは自由だった。
どうしようかと思ったが、談話室に行くと言っていたし、そちらに行こうかと思い、足を向ける。
途端、ずん、と頭の上が重くなった。ついでにほんのり暖かくなる。
「へいへい、ご主人。おれのこと、忘れてやしないかい」
頭の上からここのところで聞きなれた声が降ってくる。グーグーだ。もしゃもしゃした毛がちょっとくすぐったい。まわりに人がいない所為か、普通にしゃべった。
「グーグー!ごめん。そうか、テスト終わったからイイんだもんね」
通常は呼び出さないと出てこないはずの契約魔法生物だが、こちらの様子をうかがっていたらしい。頭から外し、両手で抱く。
「つまらねーから、カウダと遊んでたわ。そうだ、お前、あのオジサマがつけてくれたタグ、これに縫い付けておいてくれよ」
叔父が前の首輪に着けていたタグをすっかり忘れていた。あれはもちろんあったほうがいいだろう。魔法袋に入れてあるから、いつでも取り出せるようにはなっている。
「あ、そっか。そうだね。忘れてた。談話室で縫うよ」
そう言いながら、黒い毛並みに鼻をうずめると、太陽の匂いがした。いい匂いだなぁ、とクンクン嗅ぐとしかめっ面をされた。
嫌だったらしい。
談話室に行くと、魔法生物を連れた学生もちらほらいた。お茶を飲めるスペースもあって、快適そうだ。少し視線は感じたが、取り立てて刺さるようなものではなかった。軽く会釈をしながら人の中を通っていく。これで、対応としては間違っていないはずだ。
明るいが、テーブルやお茶のスペースから遠い場所に、背なしの丸椅子が空いているのが見えたので、そこに言って座る。全体からは離れているから、主要な人の邪魔にはならないだろう。
『まだ、お前の顔、割れてないんだな』
グーグーが頭の中に話しかけてくる。こちらもそれに合わせて話すと、変な風に見られるのでこちらも念話で返す。カウダとヴィーは普通に話していたが、この部屋の魔法生物は小さなものが多いようだ。
『そうかもね。ルプスコルヌの人間だとわかったら、なんか言われるのかなぁ』
ずん、と落ち込む。嫌われるのはそれほど気にしていなかったのだが、こうあのルプスコルヌが、とか、恥知らずのルプスコルヌとか言われると、傷つかないわけではない。
懐からと見せかけて魔法袋からもとの首輪を出し、タグを外し始める。意外に雑につけられていたらしく、あっさりと取れた。
『気にすんなよ。遅いか早いかの違いだけで、遠巻きにはどちらにしろされんだろ。お前、坊ちゃまの言う出る杭そのものだからな』
『ひどい!……でも、本当にどうしてなんだろう』
タグを取った首輪をグーグーにつけ、新しい紅の首輪を外した。金属のタグだから、強い糸にしなければ、落ちてしまう。手持ちの糸をならべ、見つめる。
布を傷めてもいけない。そして、伸縮性があって尚且つめったなことでは切れない大蜘蛛の糸がよかろう、と手に取り、針に通そうとしたとき、グーグーのいつもとはちょっと違う口調が響いた。
『ふん、このグラシャ=ラボラス様がヒントを教えてやろう。おそらくは十二年前の災厄と関係あるだろうな。調べてみるがいい』
そう言うと、にやり、とこちらを見上げてから、グーグーは僕の足元にうずくまって、寝始めた。
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