第18話 成績開示
学長室を出ると、そこにはグーグーがいた。ちんまりとお座りしていて可愛らしい。因みに僕はグーグーが可愛いと思うのだが、なかなか皆には同意してもらえていない。鼻がぺちゃっとしててかわいいと思うんだけどなぁ。
それにしても、気がついたら居たり消えたりして便利なやつだ。どこに普段は行っているんだろうか。今度、色々聞いてみようと思う。
「ルセウス、行くんだろ。オレも行く」
「うん、構わないよ。肩乗る?」
いうなり遠慮なく肩に乗ってくる。艶のある、ちょっと堅めの毛が頬をかすめてくすぐったい。肩に乗ると、襟巻状にぐるっと丸くなった。まるで猫みたいだ。
猫といえば、いつかカウダも肩に乗せてみたい。あの毛皮は素敵な心地に違いない。グーグーによれば人語を話せるらしいが、僕にはまだ話してくれなかった。
「ねえ、グーグーさぁ、どう行くかわかる?僕さ、抱えられてやって来たから、戻り方がわからないんだ」
「情けねぇなあ。いいぜ。案内してやる」
あっちだこっちだと案内され、気がついたら掲示板の前にいた。流石は犬型である。ありがとう、と言って抱え直すと、お日様の匂いがした。昼寝でもしてたのかもしれない。
『さっさと見てこいよ。それと、抱えんなら尻、支えてくれよ。落ち着かねえ』
人が増えてきたから念話に切り替えて話す。あまり、人語を話せる契約動物は居ないらしい。普通に話しかけようとし、最初に注意された。
不機嫌そうな表情に促され、慌てて尻に手を添えた。じんわりと暖かい。こうしてみると、魔法生物も生き物なんだなぁ、と思う。確かに名前にも生物とついているのだが。
『ごめん、ごめん。っていうか、グーグー少し重くなったよね』
『うっせぇ。今までが粗食だったらいいんだよ。さっさと見やがれ』
喉でぐるぐる唸るグーグーに促され、前の方に行く。もう、ほとんどの人は見ているらしく、大分人は減っていた。
掲示板には名前とその隣に小さな魔法陣のみが張り出されていた。注意書きに沿って、魔法陣に僕の魔力を流すと、僕にだけ見える評価が目の前に映し出された。本当は杖でやらなければいけないらしいが、壊しても何なので、今回は指でそっと触れる。
結果的に座学はすべて免除された。駄目だったのは魔法実践学初級と基礎護身術だ。やらかした自覚があるだけに、そうだろうなあ、という感想である。
しかし、座学は受かるということは、あの問題は本気だったらしい。あのレベルが基礎って本気なんだろうか。ちょっと基礎境域を見直した方がいいと思う。結構な割合でこの学校の前に学校に行っているか家庭教師をつけているかのはずなのに。
『大丈夫か? なんか変なことがあったか?』
『ううん、大丈夫。これで、今年は少しゆとりができたみたい。さっき、学長に渡された封印、調べる時間がありそう』
あれは、大雑把な解き方は分かるが、あの封印にあった解き方をしなければならない。そうでなければ解けないどころか爆散してしまう。それを調べるには資料が必要だった。
「ルース!」
まだ書いてあった注意事項には目を通さずに、念話で会話をしていると、後ろから声をかけられた。アドラルだ。
「アディ! さっきはご免」
「本当だよ。学長の秘書さんに連れてかれるんだもん。びっくりした~。あの後どうしたの?」
置き去りにされた彼は、僕よりも先に来て免除科目を見ていたらしい。先ほどはまだ来ていなかったから、わざわざ戻っていてくれたんだろう。
「お説教されちゃった。なんだか、僕が持ってきたもの、結構大事なものだったみたい」
お土産を渡されたことは語らず、それだけを告げる。えへへ、と笑うと少し呆れたように見られた。すると、脇からパンタシアがいきなり現れた。様子をうかがっていたのだろうか。
「そこで、呑気に笑ってるんじゃありませんわよ。ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌ。受けた全ての座学が免除だったんでしょう。全て合格したのはわたくしとあなただけだから、一緒に来るようにと学年主任からのお達しですわ」
さっさと来なさいよと言うと、彼女は踵を返し、どんどん先へと行ってしまう。ピンク色の髪がふんわりと揺れた。
そして、アドラルはまたしても置き去りになったのだった。
___________________________________
「パンタシア・ロサ・ピエタス。参りました」
「ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌ。参りました」
学長室ほどではないが、それなりに重厚な扉の前に立つと、四回扉をたたき、パンタシアは名乗った。彼女の家名はピエタスというらしい。初めて知った。僕もついでに名乗る。
そう念話でいうと、グーグーにもっと他人に興味を持て、と叱られる。実は、自分でもちょっとそう思っている。だって、同級生の名前をほとんど知らない。僕はいい助言者を手に入れたようだ。
二人で名乗ると、すぐに「入りなさい」という言葉とともに、扉がぎぃと音を立てて開く。柔らかな風が頬を撫でていった。
ついでに肩に乗せていたグーグーをおろして放す。許可がないのに連れて行くのはどうかと思ったのだ。それは彼も分かっていたらしくおとなしくさっさと消えた。
「やあ、ピエタス君。ルプスコルヌ君を連れてきてくれたんだね。ありがとう」
「とんでもないことでございます。先生の助言に従うのは生徒としての義務ですもの」
ぼくにするのがうそのように愛想よく彼女は笑った。見事な貴族令嬢っぷりである。そうしているとかわいらしい。
学年主任は、初めて見るとても物腰が柔らかな人であった。栗色の髪に海の色をした瞳だ。ありふれた色合いだが、女性的に整った容姿の持ち主だった。声が結構低いから、男性なんだろうけれど。
「初めまして。ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌと申します」
「うん。初めまして。エマヌエル・ヴィルトトゥムです。君たちの担当になります」
二つしか名前がないということは、おそらくは下級貴族の子息であるか、貴族の養子なんだろう。着ているものは地味だがいいものだから、商人の系列かもしれない。
「今年の一年生の上位学生を僕が扱うことになっているんだよ。君たちは免除できる座学はすべて免除された。二人とも見事だったね。素晴らしいよ」
「まあ、ありがとう存じますわ」
「ありがとうございます」
演技なのか本気なのかはわからないが、頬をほんのりと染めてうれしそうに微笑む。年相応でかわいらしい。突っかかったりしないでいつもそんな風にしていればいいのに。
「免除科目数はピエタス君が上だけど、成績はルプスコルヌ君だね。座学におけるルプスコルヌ君の解答は、ほぼ満点と言っていい。見事な論述だった」
長年、父に散々添削されてきたのが功を奏したらしい。結構、上手に書けていたと思ったが、客観的にもいいものだったようだ。ちょっとうれしくて浮かれかけたが、隣からパンタシアがすごい目で睨んでくる。ものすごい眼力だ。
「なっ! ルプスコルヌ家のくせに」
貴族令嬢としてはどうかと思うのだが、彼女は感情がかなり直結する性質らしかった。よっぽど僕のこと、というか僕の家が気に食わないんだろう。
「……ピエタス君、ここは学校だ。家は関係ないよ。口を慎みなさい。それに、主席と準主席の君たちにはこれから一緒に色々やってもらわなければならないのだから」
え、と思わず声がついて出る。パンタシアと一緒に何かやるだなんて、面倒くさそうだ。好きでも嫌いでもないけれど、こう突っかかられてはたまらない。僕だって聖人じゃない。いやなことばかり言う人と一緒にいたいとは思わない。
「座学が免除された分、時間が空いたろう。その空き時間に他の学生のフォローをしてもらいたい。これは、君たちに拒否権はないよ」
図書館にこもれそう、とワクワクしていた気持ちは一瞬でぷしゅん、とつぶれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます