第7話 つけられた首輪。
学長(経営主体)と校長(教育主体)の話し合いの結果、幾つかの制約が課せられた。守れと言われたのは以下の3つである。
① 緊急時以外、魔法を無詠唱で使わないこと。
② 早急に程よい質(公爵家の孫にふさわしい)の杖を選び、それを常時使用すること。
③ 寮生となり、事情を知らされた上級生から、至急、貴族としての常識を学ぶこと。
あんまり納得がいかないものばかりだったが、教師陣と叔父があまりに力説するので、折れた。今更ぶつぶつと呪文を唱えるのも、ぶんぶん杖を振り回すのも気恥ずかしいが、それができればきっともっと調整が利くぞと言われ、そんなものかと受け入れた。何しろ目の間にいるのは教育のプロフェッショナルである。素人である両親より優れた部分もあるかもしれない。
あとは寮生活だが、学校ではそもそも下位貴族には、節約の意味もあってを勧めているという。交通費がかからなくなるし、人脈を作るのには有利なのだそうだ。一部の志の高い上位貴族も寮に入っているので、将来の就職に役立つといわれた。祖父の屋敷から学校くらいまでならば走っていくのだが。
まあ、ドルシッラとはあまり関わり合いになりたくなかったから、ある意味、ほっとしている。だが、同時に少し不安であった。同年代と付き合った経験は乏しいし、貴族と付き合ったことなどなかった。僕は貴族として生きたことはないのだ。
「あんたがつくのもそういう上級貴族の息子だよ。スクートゥム家の末の子で、長男。現王の親族にあたる。私の孫でもあるよ。君よりも5つ年上で、まあ…身分や何かには公平だ。ちょっくら沸点が低いところがあるがね」
学長、リューヌ・カタリナ・アウルムは微妙に奥歯にものが挟まったような言い方をした。それより、30代にしか見えない彼女から孫という言葉が出たことに驚いた。魔力が多いたちらしい。魔力が多いと老化が遅れる。うちの両親もそうだ。
微妙に不安を感じるが、入学しないのもダメ、プラテアド家世話になるのもダメ、と僕にはもう行き場がない。彼女に従う以外に道はないのだ。王族に連なる彼女に逆らって生きていく術をまだ僕は持っていない。
せめて、彼女の孫の性格がいいことを望む。
「……承知いたしました。それでは、僕はいつから入寮すればいいのでしょうか。また、準備するものもお教えください」
「うん…そうだねぇ。入学当日じゃなんだから、3日くらい前がいいだろう。あと、学用品の準備はおまえさんじゃ不安だね。そっちのプラテアド伯爵にお願いしておこう。実用重視で選びそうだ」
横では他の教師たちと叔父がうんうんとうなずいている。実用性は重要なのだが、貴族にふさわしい格というのも必要らしい。思わず恨めしそうに学院長を見てしまった。細工物は嫌いではないが、ごてごてしたものは使いにくいのだ。
「おまえさんの
それにふさわしい格というものがあるのだ、と逆にため息をつかれてしまった。考えてみれば確かに母が子爵で貴族として登録されているのだから、僕も男爵なのだ。本当に一応だが。
「それから、こちらをつけてもらおうかの」
一番年老いた男性、校長だった、が黒と銀の鎖でできたチョーカーを差し出してくる。先っぽには黒いきらめきをはらんだ石のついた飾りがついていた。美しいというよりは些かごつい。
「これは何でしょうか」
「魔力制御のチョーカーだ。君の魔力は年齢にしては些か多いようなのでね、ちょっとつけてもらうよ」
あまりに周りと魔力の差があると、カリキュラムに影響を及ぼすとのことで、つけておくようにと言われた。ちょっと首輪みたい微妙な気分だ。というか、実質首輪だろう。石の中に貯蔵と探索の魔法陣が刻まれているのが見えた。魔法をため込むのと、いざという時の場所を把握するためのものだろう。後で、探索のものにはこっそりと切れ目を入れてやると決意する。
微妙な顔をして渡されたチョーカーを見つめていると、叔父がそれを取り上げ、僕の首に着けてしまった。少し、ゴワゴワする。ひんやりとした付け心地が気持ち悪い。
「上級生でいきなり魔力が増えたりした時に付ける補助具だ。そう害はないから安心しなさい」
お前だけではない、と安心させるように、頭をぽんぽんと撫でられる。大きな手は妙に安心する。
だが、首輪をはめられ、犬にでもなった気がする。コントロールされて躾けられる。なんだか微妙な気分であった。かつて読んだ本に、学校とはそんなところだという表現がないわけではなかったが、本当なんだ、と不思議な納得感があった。
「この後、おまえさんを寮に案内させる。一度先にみておいた方がいいだろう。その時にうちの孫にも紹介してやろう」
結構気があうのではないかね、と彼女はいった。
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「ここが学生寮よ!中に入ると中心…中央棟が食堂や社交場になってて、右が男子棟、左が女子棟ね。異性の棟には行っちゃだめ」
紫の髪をした例の教師が張り切って紹介している。先ほどの場所にもいた彼女は、寮監の一人らしい。名前をウィオラ・コヌォルウルスと言った。言いにくいからウィオラ先生でいいわよ、とのことであったから、そのまま呼ばせてもらう。
「この時間は男子棟の寮監がいないから、中央棟だけね。休みの間は常駐しているわけじゃないから。あ、そこの応接室にスクートゥム君がいるわ」
寮の雰囲気はどことなく我が家に似ている。建てられた年代が一緒なのだろう。使われている石とか、塔の様式が一緒だった。つまり、相当古い。少なくとも500年は経っているだろう。
我が家はカステッルム様式という要塞を模したものだ。古くていかめしい城だが、あれでも山城の一種なので、いざとなれば戦える。ということは、いざとなればこの寮も要塞になるのだろう。
「割と、装飾が少ないんですね」
階段をのぼり、廊下を歩いてきたが、必要最低限度といった感じの装飾であった。学生ならばもっとごちゃごちゃ飾っていそうなものだが。ところどころに古めかしい絵画が飾られている程度である。
「ああ、ねー。色々見栄の張り合いになるから、美化委員以外は装飾禁止、ってなったの。でも個人の居室は自由よ。居室は最大で4人。出せるお金によって変わるわね」
なるほど。それならば4人部屋でにぎやかにやろう。せっかくだから同世代の友達をいっぱい作るのもいいかもしれない。枕投げとか、パジャマパーティとか…と密かに胸を躍らせる。余計な心配をするよりは少しは希望を持ちたい。
「でも、あなたはスクートゥム君の部屋に入ることになっているから、安心して」
「ええ?!」
だが、次の瞬間にわずかに抱いた希望は打ち砕かれた。
「だって生活習慣を身に着けるんだもの。離れてたら仕方ないでしょ」
「それ、は…そうかも、知れませんが。その、ご迷惑では……」
「大丈夫、大丈夫。口は悪いけど、面倒見はいい方だから。あ、ほらお迎えしてくれてる」
しどろもどろになっているうちに、気づけばもう応接室の前にいたらしい。扉の前に、すらりと背の高い少年が立っている。顔立ちは幼さを残しているが、まなざしは猛禽類のように鋭い。燃えるように赤い髪が印象出来である。
彼はこちらを認めると、声をかけてくる。まだ、大人になりきらない声だった。
「……ウィオラ先生。彼が例の?」
「ええ。プラテアドの直系なのに、ルプスコルヌ家に登録された珍しい子よ。はい、ルプスコルヌ君、挨拶してもいいわよ」
「初めまして。ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
それこそが、のちに切っても切れない関係となる、アーギル・ルヴィーニ・スクートゥムとの初めての出会いであった。
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