第6話 初めての学校。

 着いてから五日経った。今までだったら、夜明けとともに起きて農作業をし、昼寝をして勉強をして、料理を作って寝る、という感じだった。おかげさまで暇すぎて退屈している。

 そんな話をしたら、学校に連れていかれることになった。すぐさま連れていかれなかったのは、身の回りの品があまりにひどいと言われたかららしい。

 僕としては衛生的で機能的であれば問題がないと思っていたのだが、さすがに貴族がそれではだめらしい。洗浄魔法があるし、成長もするからもったいないとおもうのだが。

 そんなわけでグラディウスとバシリウスが昔、父が着ていた服や彼らの保存していた服を慌てて取り出してきた。はやりすたれのない型ならば、問題なく使えた。それを女中さんたちが直してくれていたという。

 さらに言えば、文房具などに必要な学用品を持っていなかった。学校に行ったことがないので仕方がない。筆記具は父のを借りていたし、使うのもほとんどは石筆と白墨だった。おかげさまで記憶力には自信がある。

 そんなわけで仕方がないことなのだが、当然のようにドルシッラに馬鹿にされた。まあぁ、こんなものも持ってないの、と言われたが持ってないものは持ってない。必要もなかったのだから。

 そんな話をしたその日の午後、ドルシッラがこれでも使えばいいわ、と目の前にややうす汚れた筆記具をぶちまけた。素直になれない彼女なりのやり方なのだろうか、と好意的にとらえ、すべて拾ってありがたくもらったら、おびえたように見られた。どうやら侮辱したつもりだったようだ。

 でも、物に罪はないし、質はとてもいいものだったのだ。使用済みではあるが、手入れさえすれば普通につかえそうなものばかりであった。文房具を只で手に入れた、とグラディウスにほくほくと報告したら、ものすごく微妙な顔をされた。


「いいか、拾った文具を使っているなどと絶対言うんじゃないぞ。貧しいことは悪ではないが、あの学校においては弱みになりえる。余計なことは言わず、堂々としていろ」

「はい。そうですね」


 あまり僕は気にしないけれど、無難にいい返事をしておく。素直さは子どもの美徳と思われている節があるから、そう思われるに越したことはない。

 それに貧しいのは事実だ。何て言ったって、食うには困らないが現金収入がすくないのだから。事実だから傷つかないというのとは違うが、それくらいのこと、言う方が馬鹿だと思っている。人には色々な事情というものがあるのだ。


「お前は聞かれたことに答えるだけでいい。余計なことは言うのではない。余計なこともするなよ」

「はい、叔父様」


 僕は素直ないい子、自らに言い聞かせ、返事をした。

_____________________________


 と、言われて学校に入り、叔父とともに挑んだ面接ではすべて無難に答えはずだった。そもそもが許可をされているのだから、大したことはないだろうと高をくくっていたのは事実だ。

 実際のところ、質問されたことにしか答えていないし、要求されたことしかやっていない。言われたとおりに妙な水のようなのものに手を突っ込み、言われたとおりに魔法を使って見せただけである。


 それなのに………。


 何故、学長だけでなく、大勢の教師が湧いて出てきたのだろうか。目の前で喧々諤々と議論がなされている。

 その一方で、叔父は僕の後ろで頭を抱えていた。これだけ優雅で典型的な頭が痛い、という仕草を目の前で見たのは初めてかもしれない。


「プラテアド家の血を引いているというのはあるが…、本当にこれは子どもなのか?」

「まだ、授業を受けていないのだろう?学校に行っていないと聞いたが」

「杖も持っていないわね」

「魔道具の類も一切身に着けておらぬ。誰かが介在した気配も感じられぬな」

「しかも、この子、何も言わなかったしねぇ」


 頭の上を色々と声が飛び交っている。僕がやったことは非常識であったらしい。ただ単にそこにあるろうそくに火をともし、火の大きさを調整してから真空状態にして消しただけである。

 そんなことできちゃったりする?と聞かれたので、はい、と言って実践しただけで。ひょいひょいと指を動かし、やって見せた。 火の調整は母に仕込まれた作業で、料理をするのにとても便利なのだ。


「あのう、グラディウス叔父様。僕は、何かしてしまったのでしょうか」

「お、お前…この期に及んで、この事態の異常性を理解していないのか?!杖なし、無詠唱だなんて!」


 とは言われても、さっぱりわからなかった。父に教えられたとおりに極力魔力の無駄を省き、動作を最小にして無詠唱で魔法を行ったのだ。両親ともに呪文を使っているのはめったに見ない。初めての魔法を教わる時だけである。

 それに杖など無駄なだけだし、いずれ要らなくなるのだったら、最初から頼らない方がいいというのが父の主義だった。頼りすぎるとよくないらしい。


「杖って、補助輪のようなものでしょう?ない方が、反応が早いと言いますし。詠唱だって、獲物を狩るのに、音がしたら駄目じゃないですか」


 そうなのだ。詠唱するということは音を出すということ。狩りには邪魔だ。狙いをすまして仕留めるのに、音がしたら獲物に逃げられてしまう。それに杖だって料理をしたり矢を射ったりするには邪魔である。


「君は、父親に魔法を教わったんだね?杖なしで行うように言われたのかい?」

「はい、そうです。杖は頼りすぎるとよくないと、使ったことはありません。それに補助輪でない、増幅装置のような杖はめったに手に入らないから、ということでした。詠唱は、さっき言ったとおり、狩りには邪魔なので」


 いかにも魔法使いといった、一番年を取ったように見える白髭の男性に問われ、それに答える。すると、他の教師たちもじっと見つめてきた。


「あのね、ルプスコルヌ君。杖なしの詠唱なんて、中級魔術師以上しか、しないわよ。さらに言えば、貴方の年で無詠唱っていうのははっきり言えば異常。普通は上級でも大変だからやらないの。アタシだってできるけど、やりたくないもの。面倒くさい」


 うんと短くした紫色の髪をした印象的な女性が、あきれたように言う。周りの先生方も頷いている。彼ら曰く、多大な集中力がいるために、戦時中や護衛時にしか使わないと言った。続かないのだそうだ。


……慣れてしまえば楽なのになぁ。


「話すより思い浮かべて発動する方が圧倒的に早いですよ?それに詠唱時間が短縮出来たら本を読む時間がぐっと増えるではありませんか」


 同意を得るように力説するが、まわりは首を振るだけである。どうやら僕の主張は受け入れてもらえないようであった。

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