第4話 衝撃的な話。

 それからはものすごく慌ただしかった。両親は、僕に学院のことを言うことを忘れていた、というよりあまり公にしたくない事情があるらしく、学院には招かれないだろうと思っていたようだった。僕も貴族として生きるつもりもなかったから、そんなことを気にも留めていなかった。

 誕生日を祝う際に言われたことを突き合わせると、どうもそういうことらしい。詳しいことは今は言えないと言われたので、詳しくは知らないが、あえてそれを突っ込むような恐ろしい真似はしなかった。怒った父は本当に怖いのだ。

 取り立てて行きたくはなかったが、グラディウスによれば、よほどの事情がない限り、強制的に呼び立てられるらしい。召喚状というのは誇張でもなんでもなく、行かない場合は強制召喚するものであり、まぬかれないという。産まれた時に貴族の子弟として、それ用に血液登録をしているから、逃げられないそうだ。

 ただ、学院側に選択権があり、政変の時期などは、政敵にあたると判断されて呼ばれない貴族もいたという。要するに王家の都合で成り立っている学校なのだ。

 そんなわけで、呼ばれてしまったので仕方なく、誕生日を迎えた翌日から準備を重ね、今日にいたる。本の中に出てきた学校に憧れがなかったわけでもないので、ちょっとだけ楽しみだ。

 体力を使うのは面倒だが、新しい知識をとり入れられるかもしれないのは楽しみでもある。我が家には新しい本があまりないのだ。それだけは楽しみだった。それに、友達というものができるかもしれない。この近くに僕と年の近い子どもはほどんといないのだ。


「あらかたのものは魔法袋に入れておいたから、適当に使いなさい。必要と思う本も並べておく。何かあれば便宜を図るよう、ラーディにも言っておいたから」

「お母様も、お料理を棚に並べておくから、何か欲しいものがあったらお皿に書いておいてね。貴方の好きな卵入りの乾麺だって用意するわ。そうそう。ソースの瓶詰も……」


 色々と言いつのろうとする母は父に袖を引張られ、更に何かを言いかけてやめる。後ろではグラディウスがいらいらしたのを隠そうともせずに待っていた。

 何と、彼は八の月の真ん中である今日、わざわざ僕を迎えに来たのだ。今更、逃亡する気もないし、隠れたりする気もないのに。


「ではラーディ、この子のことを頼む。何かあったら返してくれて構わない。喜んで受け入れる」

「……そんな簡単にあなたの意に沿む様にはしませんよ。癪ですからね。では、行くぞ。ルセウス・ミーティア」


 そうして僕はプラテアド家の手にゆだねられたのであった。

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 プラテアド家の馬車は、荷車と違って余計な振動がほとんどなかった。なかなか手に入らない樹脂を使っているのだろう。車輪に樹脂を巻き付けると振動が軽減されることは証明されているが、なにしろ原料が南国でしか取れないため、恐ろしく高いのだ。

 そんな快適な馬車に乗りつつ、たまに外に目をやると、景色が飛ぶように過ぎていく。樹脂製の車輪を履いた一角馬に引かれる馬車は驚くほど速かった。振動が最小限なので車酔いもないので快適だ。

 ただ、この眉間にしわを寄せた御仁と一緒でなければ、であるが。

 することもないので、ひたすら本を読んでいたが、ふと、目の前を見ると向かいのグラディウスがこちらをちらちらを見ているのが目に入った。

 何か子どもに話しかけたいとき、素直に話しかけられない大人の様子である。これはこちらから話しかけたほうがいいだろう。本を膝に置き、彼に声をかける。


「あの、グラディウス・エルネストゥス・アストラ・プラテアド様」

「なんだ?」


 今度はきっちりと目が合う。母に対する視線と違い、僕に対する視線はそれほどきつくない。おや、と思う。


「都での僕の後見人をお引き受けいただいたとのことですが、父とはどういう関係なのでしょう」


 父が上の立場で接している理由も、それを甘んじて受けているグラディウスの態度も不可解だった。今日も父はラーディと彼を呼び捨てにし、下位の者にする扱いを見せていた。


「何も、聞いていないのか? 本当に、何も?」


 一瞬、ものすごくショックを受けたような顔をしてこちらを見て、またしかめっ面に戻る。


「ええ、何も。詳しくはグラディウス・エルネストゥス・アストラ・プラテアド様に聞きなさいと言われました」

「また、あの人は…。面倒くさがりな所は治っていないのだな。……まあいい。お前は、お前の父の出自を知っているか?」


 彼は呆れたように深くため息をつくと、気分を落ち着かせるように傍にある水筒に茶を入れ、一口すすった。飲むか、と勧められたが断る。

 残念ながら、上質の茶葉は体質に合わないのだ。胃が痛くなる。どちらかというと極薄い茶がいい。


「いいえ。貴族出身とは聞いておりましたが、母とは身分違いの大恋愛だったと。ですので準男爵家あたりかと思っておりました」


 どこにも余計なことを言うおばちゃんというのはいるもので、市場で一度聞いたことがある。両親は身分違いの恋をして、駆け落ち同然で母の故郷の古い屋敷に住み着いたのだと。

 ルプスコルヌ本家の屋敷は都に近いところにあり、母の父親であるルプスコルヌ伯爵が管理をしているらしい。だが、両親は勘当状態らしく、どちらの祖父母にも一度も会ったことはない。

 貴族は両親が存命でも、その嫡子は親のすぐ下の身分を名乗る。なので、一人娘である母は子爵で、僕も一応男爵という爵位を持っている。

 ただ、準男爵だとその下はない。単なる教養を身に着けた魔法を操る庶民になる。なので、父は無爵位なのだと思っていた。


「逆だ。お前の母の身分の方が低い」

「ああ、そうなのですね」


 それで、と得心が言った。父はかなり教養にあふれている。所作も美しく、礼法にも通じていた。本によるものかと思っていたが、育ちによるものだったらしい。


「本当に、色々と隔離してお前を育てたのだな」


 ふ、と表情が和らいで眉間の皺が一瞬消える。そうすると、思いのほか若く見えた。


「お前の父の本名はヴィリロス・フィリア・アウルム=プラテアド」


 え、と思う。プラテアドという名前が出てきた。つまり、それは彼と僕が血縁ということだろう。年ごろからすると、父の弟か従弟か、といったところだろうか。


「腹の立つことに、お前の父は私の兄にあたる。半分だけだが。いちいち私の名をすべていうのも面倒くさかろう。グラディウス叔父上とでも呼べばいい」

「グラディウス叔父さま?」


 首をかしげて目の前の、叔父だという彼を見つめる。父親譲りの顔で、首をかしげて上目遣いに見つめるとわりに大人は弱いのだ。


 気に入られるに越したことはないだろう。


「ふむ、悪くはない。そのあざとさは生き抜くすべとなろう。まあ、でも私達からヴィ兄上を奪ったあの女と違って、親しみが持てる」


 なるほど、この叔父上とやらは結構、父に対してひねくれた愛をお持ちのようであった。

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