第3話 召喚状。

 慌てる母に玄関脇にある小部屋に追い立てられた。父も車いすに移り、部屋に入ってくる。そこで全身の汚れを落としてから、一張羅を魔法袋から取り出した。

 父特性のこの袋は箪笥とつなげてあるから、整理さえきちんとしておけば問題なく取り出せるのだ。


「あ、もう着替えたんですね、父上」


 僕がもたもたと着替えているうちに、隣では父が一瞬にして着替えていた。父は空間魔法を特に得意としており、詠唱なしであっという間に着替えられる。

 父の衣装は襟と裾、それに袖口に刺繍を施した長めの上着に細身のズボン。靴は傷みのある足を痛めず、さらに失礼にならない飛び鹿の柔らかい革で作った編み上げ靴である。無造作に括られていた砂色の髪は、ロープのように編まれ、肩に垂らされていた。

 まだ、僕はそのレベルには達してはいないが、とりあえず中を見なくても意中のものが取り出せるくらいには熟達しているので、取り出しておく。


「ああ。お前も早くしなさい。あの家は面倒くさいんだ」


 プラテアドという言葉を口もせず、心底いやそうに顔をしかめる。瞳に暗い影が走った。どういう関係なのかは知らないが、プラテアド家は公爵家で国内屈指の貴族である。あんまり待たせるのは褒められたことではないだろう。

 父の不機嫌な顔を見ながら、できるだけ早く着替える。脱ぐのはあっという間にできるのだが、まだ身に着けるのは苦手だ。最後に少しだけずれてしまったボタンを正しく治し、父に見せる。


「そうですね。僕の格好、これでいいですか?」


 虹蜘蛛の吐き出した糸を紡いだ光沢のある黒の上着に、膝丈の同じ素材のズボン。下にはちゃんとガーターで吊るした長靴下をつけている。靴は十角牛で作った最上級の靴。これで失礼はないはずだ。


「うん。いいだろう。だが、ちょっと装飾が足りないな。これをつけておきなさい」


 そう言うと父は、紫の石がついた銀色のピンを上着に止める。それだけでグッと豪華な雰囲気となった。

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「お待たせいたしました。夫のヴィリロスはご存知でいらっしゃいますわね。こちらが面会を希望されていたルセウス・ミーティアでございます」


 応接室に入るとそこにはごてごてと徽章がついた上着を着た、比較的若い男性が立っていた。笑えば男前だろうに、眉間にはくっきりと深い皺が2本刻まれている。

 特にまだ話していいとは許可されていないので、ひざを折り、頭を垂れて最上級の礼を取る。一方で父は、軽く手を振っただけである。

 いいのか、それで不敬には当たらないのだろうか。物の本によれば、あれは身分が上の者が下の者に対して行う仕草だったはずだ。


「お前がルセウスか。私の名はグラディウス・エルネストゥス・アストラ・プラテアドだ。普通に話して構わぬ」


 なんと、プラテアド家から送られた使者ではなく、プラテアド家の人であったらしい。尊大なのも納得がいく。プラテアド家はお受けに何かがあった時のための家である。つまり、王家の血がこの国のどの家よりも濃い。

 徽章はよく見ると、本に出てきたような典型的な偉い人がつけるようなものであった。実物を見れて興奮する。下を向きつつ、こっそりと上目遣いに見る。


「ルプスコルヌ家のルセウスでございます。お初にお目にかかります」

「うむ。そこの女に育てられたにしては、礼儀をわきまえているようだ。今日、私がここに来たのはお前に召喚状を渡すためだ。これにより、お前は貴族専用のファートゥム学院へ通うことが可能となる」


 立て、と目で促され立ち上がり、彼の手にしていた手紙を受け取る。何時も手にしている本の羊皮紙よりもずっと上等だ。香水もかけられているらしく、仄かに花の香りがする。


「開けるといい。構わないね、ラーディ」

「ええ」


 なぜだか父が上からの立場で、グラディウスに接する。微妙に困惑するが、言われたとおりに丁寧に封蝋をはがし、中を確認する。


『召喚状 ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌ殿 10歳をもってファートゥム学院入学を許可する。本年、9の月までに王都、ファートゥム学院校長室へ、本状を持参の上、来られたし。 ファートゥム貴族学院 学院長 リューヌ・カタリナ・アウルム』


 そこには、招待状ではなく召喚状と書かれていた。何となく偉そうな文面である。


「…………あの、グラディウス・エルネストゥス・アストラ・プラテアド様」


 先ほど彼が名乗った名を一言一句間違えずに言うと、少し驚いたように眉間のしわが取れ、こちらを彼が見た。


「なんだ?」

「こちらに拒否権はございますでしょうか」


 ぎゅっと書状を握り締めるようにして聞く。思わず寄ってしまった皺を、そっと伸ばした。


「いや、これは貴族の子弟に生まれた者の義務である。明らかに爵位を継ぐことがないと思われる、没落貴族の第4子以降は辞退可能だが、お前のような嫡子に拒否権はない」


 それが、僕が面倒くさいことに巻き込まれることとなる、きっかけであった。

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