第2話 嵐の予感。

 翌日、早く起きて畑に行くと、エアデプ芋も程よく実っていた。ぷっくりまるまるしていて、実に食べ出がありそうである。赤エアデプ芋も白エアデプ芋も両方たっぷりとなっている。

 なので、それも収穫して程よく泥を落としてから、リュベと一緒に市場へと持って行く。母が作った小物と甘煮、それに以前作ったプフェルのジャムも忘れない。荷車一杯の荷物をもって、父と出かけた。


「父上、よく売れましたね!」


 プフェルのジャム一個を残し、他はすべて売れた。高めに値段を設定したのだが、虫にも食われず、形もいい野菜は高級食堂に高値で引き取られ、それだけで目標としていた現金を手に入れることができた。

 我が家にはほかにあまり現金収入の道がないのだ。だが、腐るほどに本はあるので、あまり困ったことはない。いったいいつの時代だろう、というものが山のようにあるのだ。父とともに地下倉庫の本を掘るのがちょっとした趣味だった。

 新しい本はあまりないが、読むものにはあまり困らない。そこの載っている魔法を参考にすると、量は取れないが非常に質の良い野菜が取れるのだ。


「そうだね。コラリアの小物も全部売れたし、助かった」


 車椅子を巧みに操作しながら父が言う。一人でももう、大丈夫だと思うのだが、市場に行くときは必ず父がついてくる。まあ、僕はあまり強そうに見えないから仕方ないのかもしれない。確かに何回か売り上げをとられそうになったことはあるが。


「ディンケル麦を買って帰りましょう。母上が麺を打ちたいと」


 母は麺打ちの名人だ。乾燥したものがいつも何種類かあるのだが、麵用の麦が切れたためこのひと月食べていなかった。パン用のものはたくさんあるのだが。


「そういえば切れていたみたいだね。お前の誕生日がもうすぐだし、作ってやりたいんだろう。僕もいくつか部品が欲しいし、ちょっとだけ街中に寄っていこうか」


 ついでに何かを買ってあげよう、と言ってくれる。うちにあまり現金がないのは知っているから、あんまり無理しなくてもいいのに、と思う。

 だが、そこは子どもなので素直にうれしかった。


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「あんまりいいのがありませんでした…」


 帰り道、すっかり殻になった荷車に乗り、父と共に家路につく。ところどころで勝手に動く荷車にぎょっとされたが、慣れっこだ。父は時々妙なものを作るのだ。


 結局、思ったものがなくて、父も僕も手ぶらであった。残った瓶詰は魔法袋に入れてしまったので、本当に何もない。


「まあ、しょうがないね。僕の方は注文したから、数日したら、届くだろう。ディンケル麦も明日には手に入るだろうし…。お前の方はよかったのかい?」


 部品は一部欠品していたし、ディンケル麦は挽いたものがなかったので、明日までに石臼で1ツェントネル挽いてもらうことにしたのだ。


「いいんです。あんなに新しい本が高いだなんて…」


 『新魔術理論』と書いた美しい本が本屋にあった。内容は思いのほか単純だったが、彩色がされていて、明確な図が示され散るとても分かり易い本だった。

 完全手書きではなく、同時筆記で書かれた最新式の魔法書で、これでも大分安くなったんです、と店主は言っていた。だが市場での売り上げが5回分が吹っ飛ぶような値段だったのだ。


「めったに欲しがらないんだから、それぐらいよかったのに」

「だめですよ! 節約です。節約しなくちゃ」


 今はぼつぼつ稼いでいるが、父は足が不自由だし仕事は丁寧だがあまり早くないようだ。そして、母は料理や手芸には長けているが、金を稼ぐ能力はあまり高くない。

 何かあってからでは遅いのだ。今のうちに貯めておかねば。両親だってまだ若い。もしかしたら、下に弟か妹でも出来るかもしれない。未来の妹か弟にひもじい思いはさせたくないのだ。

 今飢えていないからと言って、これから先も飢えないという保証はないのだから。


「お前のそれは誰に似たんだろうか…」


 それは、おそらくばあやのリーマだ。二年前まで働いていてくれた彼女は、ことあるごとに節約を説いた。この家にはお金がないのだから、頑張って働かねばならないのだと言っていた。


「いいじゃないですか。贅沢するよりはいいですよ」

「まあ、お前がいいならいいけどね」


 少々、あきれたように父が言った。あまり整えられていない道を30分ほど荷車で進むと、我が家が見えてくる。丘のてっぺんにある我が家は相変わらず無駄に立派だ。三人には大きすぎる家である。

 石造りの要塞的な家は、500年ほど前に母の祖先が建てたと聞いた。あれでも母は一応子爵なのである。名ばかりだが。

 そして、いつもは家の前にはせいぜい近所の野良猫が餌をねだりにやってくるくらいだが、今日は様子が違っていた。

 見事な彫り物がしてある馬車が停まっていたのだ。扉部分にはこの国の有名な公爵家の門が彫られている。


「あれは……」


 父がぽつりとつぶやくと、中から珍しく母が少々慌てたように出てきた。来ているものも普段着ではなく余所行きである。


「ヴィリロス様、ルル。お客様が都からいらしてて…」


 一番上等な紫の衣装だ。きっと急いで着替えたに違いない。我が家には使用人がいないから、きっと大変だったろう。


「ああ、馬車が停まっていたから、わかったよ。あれは、プラテアド家の紋だね」

「ええ、その。ルルのことでお話があるって…」


 そう、なぜだか、プラテアド家が我が家を尋ねてきたのだった。

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