暁に響く怨念の声-15
放課後。例によって埃っぽい同好会の部室に、俺、黒田、そして白上の三人が集まった。席は昨日のお昼と同様、俺と黒田は横並びとなり、黒田の対面に白上が座っている構図となっている。
さて、今朝を以てお悩み相談は解決に至ったためわざわざ集まる必要があるのか疑問だったが、黒田いわく「形式だけでも依頼の完了報告を実施したい」とのこと。
と言っても、早朝に白上が見聞きしたことをそのまま振り返るのみなので、内容は随分とあっさりしたものだった。俺は一言も発さずに耳を傾けていたが、ものの二、三分で振り返りは締めに入る。
「―――というわけで、雲野さんは人形劇の練習をやめることを提案してくれたけど、香恋ちゃんがそれを拒否したんだよね」
「はい。声の正体がわかっている状態であればだいぶマシなので。ただ、雲野先輩はやっぱり負い目を感じていたようで、せめて練習の頻度は減らすとのことでした」
「なるほど……了解。ということで振り返りは以上だけど、童からは何かある?」
特に何もないので、首を横に振る。
「じゃあ、これで完了報告は以上だけど……香恋ちゃん。最後に何かある?」
と、黒田は今度は白上に話を振った。
当然ながら白上も「何もない」と返答し、このまま解散の流れになるかと思ったのだが…………なぜか白上から声が聞こえてこない。
不思議に思って斜向かいの方に目を向けると…………白上と目が合った。
頬を赤らめながら、俯き加減に上目遣いでこちらをじっと見つめてくる白上。
その挙動はどこか落ち着きがなく、常にもじもじと体を揺らしていた。
―――どうした。
そう白上に問おうと思ったが、即座に言葉を飲み込んだ。聞くまでもなく、彼女の心の内は明白だったからだ。
―――仕込んだのは……黒田か。
完了報告というのは、俺と白上を突き合わせるための大義名分だったのだろう。
今思えば、最後に白上に話を振ったのもどこか作為的なものを感じた。
人の心情を察することを得意とする黒田のことだ。白上の心情をいち早く察知し、お膳立てをしたと考えるのが自然だろう。
隣に視線を送る。すると、ニヤニヤと卑しい笑みが返ってきた。どうやら、お膳立てをしたことを隠すつもりはないらしい。
俺は心の中で苦笑を浮かべつつ、今一度白上の方を見る。
依然として落ち着きがない白上。今度は「すーはー、すーはー」と深呼吸を繰り返しており、必死に緊張を解きほぐそうとしている様子が見て取れた。
やがて白上は最後に大きく息を吐き出すと、意を決したかのように表情を引き締めた。それから、俺の方に向き直る。
白上がこれから何を言おうとしているのか。その内容については、概ね見当がついていた。
俺自身、白上と接してきたこの数日間は本当に楽しかった。お世辞にも愛想が良いとは言えない俺に対し、フレンドリーに接してくれたのが本当に嬉しかった。何より、こんな俺に対して心を開いてくれたことに、ただただ感謝の気持ちでいっぱいだった。
だからこそ、これから彼女がしようとしている些細なお願い事に対して、本来なら断る理由はなかったのだ。
そう。その相手が―――
―――白上香恋じゃなければ。
「…………あ、あの―――」
「―――帰れよ」
白上が何かを言いかけたその刹那。俺は拒絶の言葉を口にする。
「……………………え?」
彼女からの反応は鈍かった。俺の言葉が聞こえなかったのか、あるいは聞こえたけど意味を理解できなかったのか。疑問の声を発した後、呆然とした表情を浮かべたまま固まってしまう。
ならば…………もう一度ぶつけるまで。
「もう言うことは何もないんだろ。だったらさっさと帰ったら良いんじゃないか」
「……………………あっ」
二度目の拒絶の言葉を耳にした白上は、今度は何かを悟ったかのような反応を見せた。
それから表情が段々と悲痛の色に染まっていく。唇を噛み、今にも泣き出しそうなぐらい顔を歪ませる。
だが―――白上は決して涙を流さなかった。
下を向き、涙腺に力を入れるかのようにぐっと身体を強張らせた。それから何かを断ち切るかのように何回も頭を振る。そして、ゆっくりとした動作で顔を上げた。
その表情からは、完全に色が失われていた。
白上はそのまま機械的な動作で椅子から立ち上がると、丁寧な所作でお辞儀をする。
「お世話になりました」
感情のない目つきに抑揚のない声色。そして学生にしてはやけに恭しい言動。
まるで、初めて廊下で出会ったときの白上に戻ったかのよう。
それはすなわち…………白上は俺に対して再び心を閉ざしたということだ。
白上は後ろ髪を引かれるような素振りを見せることもなく、淡々と部室を後にした。
この数日間で紡いできた俺と白上の関係性は、こうして呆気なく崩れ去ったのだった。
さよなら青春、そしてようこそ青春。 絶望太朗 @zetsutarou
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