暁に響く怨念の声-14
声が聞こえてきた方向に目を向けると、そこには懐中電灯を手にした何者かが立っていた。
辺りは未だに暗いためその姿形を捉えることはできないが、そこにいる人物の正体は明白だった。
我が同好会の会長、黒田夕である。
黒田は俺たちの視界に入る程度まで近づくと、その体を雲野の方に向けた。
「初めまして。雲野さん。私はお悩み相談同好会所属。三年の黒田夕と言います。よろしくね」
「はあ、どうも…………。二年の雲野織江です……」
かしこまった黒田夕の挨拶に対し、やや戸惑った様子で頭を下げる雲野。
この一連の流れで黒田がこうして姿を現したことに、いまいち理解が追い付いていないのだろう。
黒田は雲野の戸惑いを察したのか、すぐさま状況説明に入った。
「さっきも言ったけど、雲野さんが人形劇を趣味にしていること、私も知ってたの」
そこで黒田は、俺がマイク付きのハンズフリーのイヤホンを装着しながら食堂で聞き込みを行っていたこと。そして、そのマイク越しに黒田が一連のやり取りについて耳にしていたことを説明した。
一通り黒田の説明を受けた雲野は、「そうですか」と淡々と呟く。それから俺の方に視線を向けた。
疑念。憤怒。あるいは失望。そんな負の感情が籠った目を向けられるのだと思っていたが……。
―――その眼差しは、存外穏やかだった。
温厚な雰囲気をまとったまま、雲野は口を開く。
「ちなみに、この場にいる人以外に知っている人はいるんですか?」
「いや、いないはずだ。俺は黒田と白上以外には誰も教えてないし、黒田は人の隠し事を率先して吹聴するような奴じゃない。白上に至ってはたった今知ったばかりだから、広めようがないしな」
そう答えながら、確認の意味を込めて黒田に視線を送る。
雲野も釣られるようにして視線を送ったタイミングで、黒田は俺の発言を肯定するように首を縦に振ってくれた。
すると、雲野は安堵したように大きく息を吐いた。
それから俺の方に向き直り、満面の笑みを浮かべ―――
「―――良かった~。じゃあ萱先輩は約束を守ってくれたんですねっ!」
嬉々とした表情でとんちんかんなことを言い出した。
「ええっと……今、話を聞いてたか?」
「はい。聞いてましたよ。萱先輩には他言無用でお願いしましたが、約束を守ってくれたってことですよね?」
「…………」
他言無用。その言葉をやけに強調しているように聞こえたが……そうか、そういうことか。
黒田は食堂での俺と雲野のやり取りを耳にして、そして白上は今日この場に立ち会ったことで、雲野が人形劇を趣味にしていることを知ったわけだ。
確かに形式上は、俺が口外して知ったという形ではない。すなわち食堂で雲野と交わした、『他言無用で』という約束は果たされたことにはなる。
だが、それは言葉の綾というか、もはやこじつけの域じゃなかろうか。
しかし、被害者側である雲野自身がそこを突き、許容するような姿勢を見せた。
―――気を遣ってくれたのか……。
白上や俺たちお悩み相談同好会に迷惑をかけたという罪悪感も、多少はあるのかもしれない。
だが、少なくとも雲野の寛容さがあっての気遣いであることは間違いなかった。
怖がらせてしまった白上に対する謝罪。白上に趣味がバレてしまったことに関して理解を示すような発言。そして今回の俺に対する気遣い。
わずか数分程度のやり取りだけで、彼女はいくつもの優しさを見せてくれた。
表情や言動も穏やかで、常に温和な雰囲気をまとっている彼女。
たった二回会っただけの人のことを知った気になるのはどうかと思うが、それでも彼女から受ける印象のすべてが偽りだとは到底思えない。
だからこそ、俺は唯一の疑問が解消できずにいた。
―――そんな雲野がどうして、あんなにも恨み辛みの言葉を口にしているのだろうか。
恨み辛みの言葉を並べ続けるだけの人形劇があるとは思えないし、雲野から発せられた言葉には確かな感情が籠っているように感じた。
暁に響いたあの怨念の声は演技ではなく、もし雲野自身の心の内を表しているとしたら―――
―――その言葉の矛先は、一体誰に向けられている?
「…………何てな」
そこまで考えたところで、俺は嘆息交じりに呟いた。
そもそも俺は人形劇の知識に明るいわけではない。人形劇と聞くとどうしても児童向けのイメージが強いが、中にはホラーを題材とした物語だって存在するだろう。現に雲野は、不気味な日本人形風のパペットを所持していた。
それに食堂で彼女の人形劇を軽く見させてもらったが、声の演技は見事なものだった。あれだけの技量を持ち合わせているのであれば、聞き手の感情に訴えかけるような演技だって可能だろう。
―――ま、考え過ぎだよな。
これで唯一の疑問も解消することができた。
そんなわけで、我が同好会が初めて受けたお悩み相談は、無事に解決に至ったのだった。
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