暁に響く怨念の声-12


 これは前日の放課後のことである。

 いつものように部室の中央に設置された席に腰を降ろした俺は、既に斜向かいの席に座っていた黒田に昼休みの聞き込みの成果を告げた。


「―――というわけで、白上が乾布摩擦を行っていた時間は、午前四時だということがわかった」


「そっかー。四時か……確かに時間については明確に認識合わせしてなかったな……」


 ため息交じりに呟きながら、顔を手で覆う黒田。彼女としても、この事実に気付けなかったことはやはりショックなのだろう。自責の念に駆られているのが傍目にもよくわかる。


「……だけど良く気がついたね?」


「昨日、調査をしに行った帰りに、荒地から例の芝生の広場が見えるっていう話をしたのを覚えてるか?」


「あー、うん。確か、そんな話をしていたような……」


 視線を上に向けて記憶を掘り起こすような仕草を見せたあと、苦笑を浮かべる黒田。記憶が曖昧なのだろう。

 あのときは林道を歩いただけで酷く疲弊した黒田だったが、結局学生寮に戻るまで回復することはなかった。そんな息も絶え絶えな状態で耳にした会話が、頭に残らないのも無理はない。

 

「それで、それがどうかしたの?」


「それがな。白上は、芝生の広場が荒地から見えることをそのときまで知らなかったんだ。白上曰く、放課後の時間帯と違って早朝は暗くて視界が悪いから見えなかった、ということらしいが…………」


「―――その発言がおかしいってことだね」


 俺の含みを持たせた言い方を、敏感に察知した黒田が指摘する。

 

「まあそういうことだ。今日の朝五時半ごろに荒地に行ってみたが、例の芝生の広場は問題なく視認できた。見えづらいとか薄暗いとかそういうこともなく、はっきりとな。そこで白上の言う『早朝』が、もっと早い時間を差していたことに気付いたんだ」


 これは後付けで得た知識だが、日の出前、あるいは日の入り後の三十分ほどは灯りに頼らずとも屋外で活動できる程度には明るいとされており、これを俗に『市民薄明』と言うらしい。

 四月も下旬に差し掛かるこの時期。五時ごろが日の出時刻に該当すると踏まえて考えた場合、四時半ごろにはすでに外は明るくなっていることになる。

 つまるところ、「早朝は暗くて視界が悪い」と発言している白上は、それよりも早い時間に乾布摩擦を行っていたことになるわけだ。

 

「なるほどねえ…………いやあ、何で私、気付けなかったかなぁ」


 そう自嘲気味に呟きながら、微かに沈んだ表情を浮かべる黒田。

 しかし、その表情はすぐに和らいだ。

 

「まあ過程はともかく、これで香恋ちゃんの発言のが解消されたのは大きいね」


 そう言いながら、今度は安堵したようにひとつ息を吐く黒田。

 同好会の立場からして、事実解明に向けて矛盾が解消されたのは当然ながら大きいわけだが…………黒田の発言の真意がそこではないのは明白だった。

 もし矛盾を解消できなかった場合、白上の証言には虚偽があるということになる。

 その場合、白上が意図的に嘘を吐いているか、あるいは何かしらの理由で幻聴を聞いたり被害妄想に陥っている可能性を考慮せざる得なくなる。

 今回のお悩み相談を通じてそれなりに親交を深めた黒田にとっては、いずれも歓迎したくない説のはずだ。それを否定できる要素ができたことに、黒田は安堵したのだろう。もちろん、俺も同じ気持ちである。


「じゃあ後は、明日の四時に再び張り込んで正体を暴くことができたら、それで解決かな」


「そうだな。まあ、例の声の正体は何となく見当はついているが……」


「え? そうなの?」


 黒田の提案に首肯しつつ、意図せず口を衝いて出た言葉。それに対して黒田は、興味ありげな反応を示した。


「あ、ああ。まあ憶測の域を出ないが」


「へえ。せっかくだから教えてよ」


 妙に期待感の籠った眼差しを向けてくる黒田。探偵さながらの推理ショーでも披露されると思っているのだろうか。だとしたら荷が重い。


「良いけど、別にそこまで面白いもんでもないぞ」


 そんな前置きを入れてハードルを下げつつ、俺は自分の考えを述べた。

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