暁に響く怨念の声-6


 一通り話を聞き終わったところで、残りの昼休みの時間は雑談タイムと化した。

 と言っても基本的には黒田と白上がメインでトークに花を咲かせ、俺はたまに話を振られたときに適当に首肯する程度しか参加しなかったが。 

 白上はすっかり打ち解けたようで、終始黒田と楽しそうに言葉を交わしていた。二人は二つしか年が離れていないはずだが、傍から見れば年の離れた姉妹のように見えてしまい、失礼ながら微笑ましいと思ってしまった。


「ではまた放課後、よろしくお願いいたします。黒田先輩と萱先輩」


「うん。またね、香恋ちゃん。……あ、ちなみにこの人のことは呼び捨てで良いから」


「おい」


「……放課後よろしくお願いいたします。童」


「あ、何なら敬語もいらないよ」


「放課後もよろしく。童」


「……あ、ああ」


 散々な扱いである。そして白上の黒田に対する従順っぷりたるや。

 もっとも、俺もあまり礼儀や言葉遣いなどを気にするタイプではないし、変に壁を作られるぐらいならフレンドリーに接してもらえる方がありがたい。

 そして何より……、


「えへへ―――」


 そう純粋無垢な笑顔を見せられたら、断るに断れなかった。


「あ、もういっそのこと変態って呼んじゃう?」


「放課後もよろしく。変態」


「それはダメだ」


 ★   ★   ★


 放課後。


「おーい! わーらーべーっ!」


 待ち合わせ場所である学生寮が見えてくると、ハイテンションで俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 よくよく目を凝らして見ると、学生寮の出入り口付近に二つの人影が。そのうちひとつの小さな人影……白上がぴょんぴょんと跳ねながら目一杯に手を振っていた。


「遅いよわらべ」


 間もなく学生寮に到着すると、白上に一言文句をぶつけられた。容赦ない。


「遅いも何も、ホームルームが終わってからまっすぐこっちに向かったんだが……」


 思えば、同好会に入部してからこれまで、黒田より先に部室に到着したことがなかった。あまり意識したことはないが、うちのクラスは比較的ホームルームが長かったりするのだろうか。

 俺の嘆きの言葉を聞くと、黒田と白上は顔を見合わせて笑い合う。

 黒田はお昼休みのときと同様、髪の毛を短くまとめ上げていた。

 その見た目で幼げな印象を抱かせる白上とやり取りする姿を見ると、何だか保育士を思わせる。

 …………こんなことを口にしたら、二人から怒られるだろうな。


「まあまあ。ひとまず全員揃ったし、香恋ちゃん。早速だけど案内してくれる?」


「はい。わかりました! こっちです」


 相変わらず黒田に対しては従順な白上が、元気よく返事をしながら歩き出した。俺らはその後ろをついていく。

 白上が向かう先には、高い木々が連なる自然豊かな景観が広がっていた。そんな木々の間に、白上が林道と呼称する舗装された細道が存在する。

 

「わー、なんかすごいね。ある種のロマンを感じるよ」


「わかります。何かファンタジー映画における別世界の入口って感じで、わくわくしますよね」


 校舎や学生寮といった人工物の生活圏のすぐ間隣に存在する、いわば自然界への入り口。大学のキャンパスとかならともかく、高校の敷地の景観としては異端と言えよう。

 そしていざ林道を進んでいくと、溢れんばかりの緑が俺たちを歓迎してくれた。


「わー……」

  

 周りを見渡しながら、感嘆の声を上げる黒田。

 風が吹いたときに鳴る葉擦れの音。所々地面に光を照らす木漏れ日。そしてわずかに聞こえてくるのは鳥の囀りだろうか。

 まさしく『自然』という言葉を聞いて真っ先に連想するであろう景色が、視界一杯に広がっていた。

 木々の間からわずかに見える学生寮の建物さえ目に映らなければ、山や森の中に迷い込んでしまったのではないかと錯覚してしまうほどである。


「初めて来たけどすごいね。心做しか、空気も美味しいし」


「そうですね。あたしもこの時間帯は初めてですが、まるで森林浴にやって来たかのように心が休まります」


 黒田と白上は新鮮な空気を目一杯に取り込まんとばかりに、大きく深呼吸をする。

 こうして癒しの空間を存分に体感できるのはこの時期ならではと言えるだろう。一か月ほど経過して梅雨の時期に差し掛かると途端に湿度が増してじめっとするし、夏場に入ると酷暑が襲い掛かるうえに、セミなどを中心に虫類が活発化するので静けさが失われる。そして秋から冬にかけては当然ながら緑そのものが失われることになる。

 もっとも、その四季折々の変化を楽しむのも一種の風情と言えるのかもしれないが。


「あ、広場が見えてきましたね」


 道なりに沿ってゆったりと歩くことおよそ数分。白上の言う通り、芝生の広場が見えてきた。


「これが広場かー。何か神秘的だねっ!」


 ここでも黒田が瞳を輝かせながら感嘆の声を上げる。

 広場と言っても外周に沿って木のベンチが四つ設置されているだけで、特段目を引くような物があるわけではない。だが、木々が密集した空間ばかり続いてきた中で、こうして開けた場所が忽然と姿を現すそのギャップに黒田は感動したのだろう。

 さてさて。今まで一本道だった林道も、芝生の広場を突き当たりに左右に分かれる形で、初めて分岐が発生した。

 ちなみに右方向には何度か行ったことがあるが、変わらぬ景観が続くだけで特にこれといって言うことは何もない。

 そして左方向だが……これまで一度も行ったことがない。その理由については、黒田が言葉にしてくれた。


「何か左の道、やけに草がぼーぼーだね」


 そう。これまで歩いてきた道、そして右の道とは打って変わって、左の道はかなり荒れていた。

 黒田の言う通り背の高い雑草が生い茂っており、辛うじて林道としての体裁は保たれてはいるものの、積極的に歩を進めたくなるような景観とは言えない。

 そんな中、黒田があえて左の道について言及した理由は言うまでもないだろう。

 昼休みの白上の言動から察するに、恐らく……。


「はい。この道の先に倉庫があるんですよ」


 やはり、か。どうりで倉庫何て見たことがないわけだ。

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