暁に響く怨念の声-4


「改めまして……私はこの同好会の会長を務めている、三年の黒田夕。こちらは同じく三年の萱童。よろしくね」


「一年の白上香恋です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 廊下で軽く挨拶は済ませていたものの、部室に入ってから居住まいを正す意味も込めて改めて挨拶が交わされる。

 俺たち三人は部室の中央に設置された席に腰を下ろしていた。俺と黒田は横並びで、黒田の対面に白上という位置関係となっている。

 ちなみに今日の黒田はというと、珍しいことにいつもはだらんと伸ばしている髪の毛を短くまとめ上げていた。俗にいう、シニヨンってやつだろうか。単純に気分なのか気合いの表れなのかはわからないが、快活でどこか世話好きな一面を併せ持っている彼女には何だか様になっていた。


「さてさて、貴重な昼休みの時間を費やしているわけだし、お昼を食べながら話をしようか」


 黒田はそう言いながら机の上に置いていた紙袋の口を開け、中から購買部で買ってきたのであろうお弁当を取り出した。シンプルなのり弁当か。

 そして白上もここで食事をとることは想定していたのだろう。黒田の言葉に小さく首を縦に振りつつ、こちらはビニール袋からやはり購買部のから揚げ弁当と……おにぎり二個を取り出した。華奢な見た目とは裏腹に随分とボリューミーである。

 俺も二人に倣ってビニール袋を取り出し、あんパンと牛乳を取り出した。


「童、もしかしてお昼はそれだけ?」


「ん? ああ、そうだが」


「それじゃあ足りないでしょ。もっとちゃんと食べないと……」


 と、まるで母親ですかと言わんばかりの口調で窘めてくる黒田。もっとも、この比喩を冗談と受け取れないほど本気で心配してくるので反応に困るのだが。


「後で適当なものを買って腹に入れておくよ。それはそうと早速だが、白上。話を聞かせてくれるか」


 俺は話を逸らすために、白上に声をかける。

 その魂胆を察したのだろう、黒田は呆れたようにため息を吐くが、特に追及するようなことはしなかった。

 当の彼女は小さく「はい」と首肯してみせたが、続く言葉が中々出てこなかった。


「…………と言っても、内容は全て投稿フォームに記載した通りなのですが…………」

 

 白上は特に補足事項が思いつかないようで、言葉を詰まらせてしまった。

 というわけで、こっちから質問を投げかけてみる。


「その白上が聞いたという女の人の声だが、それは間違いなく人の声なのか? 例えば物音を聞き間違えたとか、そういう可能性はないか?」


「いえ、間違いなく人の声です。静寂の中、毎日、はっきりと耳にしたのでそれは間違いありません」


 例によって表情こそ変わらないものの、彼女の口調からは明確な意思表示のようなものを感じた。まるで、そこを疑われるのは遺憾だと言わんばかりである。


「はっきりと聞こえるってことは、声の出処は結構近いのかな。もしくは相当ボリュームが大きいとか」


 黒田自身も俺と同じことを感じ取ったのか、白上が断言できる理由を探るような質問を投げかけた。


「前者です。あくまで体感的な話ですし、具体的なエビデンスがあるわけではありませんが。ただ少なくとも、遠くから響いてくるような感じでもないです。聞こえてくるんです」


 毎日同じように…………その言葉を耳にしたことで、俺はひとつだけわかったことがある。


「白上。もしかしてその声は、で聞いてるんじゃないか?」


「はい。そうです。よくわかりましたね……」 


 珍しく感心したかのような声を上げる白上。だけどそこまで難しい推察ではない。

 うちの学校の敷地はだだっ広いうえに、樹木などの遮蔽物も多い。もし毎日ランダムな場所でその声を聞いたのだとしたら、少なからず聞こえ方に差が出てくるはずである。だけど白上は『毎日同じように聞こえてくる』と言っていた。それはつまり、毎日同じ場所でその声を聞いている可能性が高いことを示唆している。

 もちろん、声の主が明確な悪意を以て白上を脅すためにストーキングしていた可能性もなくはないが……。辺りが薄暗いうえに物静かである早朝という時間帯に、気取られることなく近い距離感を保ってストーキングするのはかなり難儀と言えるだろう。

 まあこの事実自体は今後白上とやり取りをしていけば遅かれ早かれ明白になっただろうし、別に胸を張るような推論ではない。だけど重要なのは……、


「白上さんは例の声を毎日同じ場所で耳にして、しかも聞こえ方も全く同じ……それはつまり、声の出処もまた毎日同じ場所の可能性が高いってことだよね?」


 そう。その事実を知れたのがかなり大きい。

 声の出処は同じ場所であり、しかも毎日となれば調査をするうえでかなり優位に立つことができる。

 極端な話、白上が声を聞いた場所の周辺をしらみつぶしに調査すれば、簡単に声の主を割り出すことができるだろう。

 とすると、当然訊かなければならないことがある。


「白上。早朝にどこで何をやっているのか、教えてくれないか?」


 どこにいるか。もちろんそれが今一番知りたい情報となる。 

 何をしているかについては必須の質問ではないかもしれないが、質問の流れとしてつい口を衝いて出た。まあ知らないに越したことはないだろう。

 この質問に対しても、白上は淡々とした口調で回答した。


「どこで……についてですが。学生寮の真ん前にある林道のような道を進んでいくと芝生の広場が存在するのですが、そこを左に曲がって道なりに進むと、倉庫のようなものがあるんです。その倉庫の裏手に回るとなぜか木のベンチが設置されていて、自分はいつもそこにいます」


 うちの学校の敷地の景観を知らない人が聞いたら、白上の説明はさぞちんぷんかんぷんに聞こえるだろう。特に『林道』という単語に対して違和感を抱くに違いない。

 うちの学校はマンモス校として広大な敷地を誇っているわけだが、校門から本校舎まで舗装された広い道路、それとそこから旧校舎や学生寮などに通ずる丁字路形式の道路、そして建物を除けばほとんどが緑に覆われている。詳しいことはわからないが、過去に緑化運動の一環としてケヤキやユリノキなどの樹木を大量に植えたらしい。

 そんな木々の間にも細道のようなものが存在するのだが、白上はそれを『林道』と呼称したのだろう。

 ちなみに芝生の広場についても同じ理由で敷地のあちこちに点在している。精々ベンチが三、四個設置されただけの簡易的な広場だが、ピクニック気分を味わえるとかで一部の生徒には需要があるらしい。もっとも、昼休みの時間帯に気軽に寄れる本校舎付近の広場に限った話であり、それ以外の広場に人が立ち入ることはあんまりないんだとか。

 閑話休題。

 俺自身も早朝に敷地内をぶらつくことが多々あるので、白上の言う学生寮の前に存在する林道、および芝生の広場については覚えがある。だが、倉庫は見たことがなかった。

 

「もしよろしければ、放課後に案内しますよ」


 俺、そして黒田がいまいちピンと来ていたなかったのを察したのか、白上からフォローが入った。


「ああ。よろしく頼む」


 その御厚意には素直に甘えることにする。


「それで、何をしているか、についてですが―――」

 

 続けて白上は俺の質問に回答すべく口を開く。

 俺としては最も知りたい情報は得られたので、以降の回答はさして重要ではないだろう判断し、気を抜いていた。

 だが……、続いて出てきた彼女の言葉に、俺は少なからず動揺を覚えることになる。

 

「―――乾布摩擦です」


 瞬間、場が凍り付いたような錯覚に陥った。

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