ブログ開設


「ねえ童。この同好会の活動コンセプトって何かわかる?」


 黒田はノートパソコンの電源を入れながら、不意に俺に問いかける。


「『お悩み相談会』何て言うぐらいだから、誰かの悩みを聞いて、サポートしたり解決したり……いわゆるカウンセリング的なことをするのが目的なんじゃないか?」


「その通り。まあカウンセリングって言えるほど高尚なことができるとは思ってないけど、ちょっとした悩みだったり困っていることを聞いてあげて、少しでも助けてあげられるような、そんな会にしたいなあって思ってる」


「……なるほどな」


 黒田は謙遜しているが、自殺願望を抱いていた俺の心情を看破し、同好会に誘うという形で自殺を阻止した実績がある。彼女にはカウンセリングの素質があるのかもしれない。


「それはともかく……同好会としての活動を開始するうえで、絶対に欠かせないものがあるよね」


 パソコンの画面に、ログインするためのパスワード入力欄が表示される。黒田は恐らくパスワードがメモされているであろう付箋と睨みっこをしながら、タイピングしていく。


「依頼者だろ? 当たり前の話だが、誰かが相談を持ち掛けて来ないことには、この同好会の存在意義は生まれないからな」


 黒田のキーボードを触る手は酷く覚束ない。両手の人差し指を駆使しながら少しずつ文字を入力しているその姿は、まさにパソコン初心者そのものだった。

 

「正解。童の言う通り、依頼者がいないことには何も始まらない」


 黒田はパスワードの入力を終えると、右矢印のボタンを押下する。すると、無事パスワード認証が通りログインすることに成功した。

 

「というか童、さっきから私のこと見過ぎじゃない? もしかして恋しちゃった?」


「いや、黒田の一挙手一投足が、まるで最新の文明の利器と格闘するお祖母ちゃんみたいで、思わず温かい目で見守ってしまっただけだ」


「失礼だなー。私はタイピング捜査に慣れていないだけで、機械音痴というわけではないからね?」


 それに関しては否定しない。本当にパソコンについて知見がない人は、まず電源の入れ方がわからず苦労するという。その点黒田は、タイピングの遅さを除けばパソコン操作自体は順調に熟していた。


「私のパソコンスキルはどうでもよくて……。さっき童が言ってくれたように、相談依頼が来ないことには同好会としての活動は始められない。そして相談依頼が来るようにするためには、そもそも同好会の存在を認知してもらう必要がある。つまり……」


「同好会の宣伝活動が必要、ってことか」


「そういうこと! その宣伝活動の一環として、この度お悩み相談同好会のブログを開設することにしましたー。わーぱちぱち。」


 おめでたいと言わんばかりにテンション高く手を叩く黒田。

 曰く、うちの学校には様々な部活や同好会のブログが存在するらしく、活動報告や記事の掲載なども頻繁に行われているとのこと。そして在校生の閲覧数もそこそこの数に上るらしく、人気や実績のある部活のブログには応援コメントなどで溢れ返ることもあるらしい。


「ブログを開設したり更新すれば学校のホームページに更新情報が掲載されるから、私たちのようなマイナーな同好会でも一定数は目につくはず。しかも今は四月。部活や同好会ヘの入部を検討している一年生の閲覧数が膨れ上がるはずだから、ブログという手段は宣伝活動にはもってこいというわけ」


「…………なるほどな」


 ブログというのは本来、不特定多数の人に情報を発信したり活動状況を報告するものだ。俺たちのような、有益な情報を載せるわけでもなければ実績やネームバリューもない一同好会がブログを設立したところで、何の意味もないだろうと思っていた。

 しかし、黒田の言うことが本当なら、俺たちが相談を請け負う対象となる在校生にピンポイントでこの同好会の存在をアピールできるということだ。確かに、これ以上の宣伝方法はないと言ってもいいかもしれない。

 

「というわけで、今ブログを作成しているところなんだけど……童ってその辺の知識ある?」


「いや、悪いがないな」

 

 俺がそう返事をすると、黒田は残念そうに溜め息を吐いた。


「そっかー……。それじゃあ当初の予定通り、レイアウトはテンプレート通りにして、フリー素材を使って適当に装飾していくしかないかな」


 黒田はやや沈んだ顔でマウス操作とタイピングを何度か繰り返した後、パソコンの画面を指差した。


「というわけで今はこんな感じになってるんだけど、どうかな」


「どれどれ……うん。良いんじゃないか?」


 黒田からマウスを借り、スクロールしながらブログの全容を見ていく。

 テンプレートをそのまま使用しているということで黒田的には不満なんだろうが、見栄え的には悪くない。むしろ俺からしたら、テンプレートだけでここまできれいにできるんだなと感心するレベルだ。

 そしてページ下部にある『お悩み相談フォーム』というリンクをクリックすると、これまたシンプルなデザインのメールフォームの画面に遷移した。


「メールでも相談が受け付けられるようにって、先生に頼んで用意してもらったんだ」


 黒田の補足を聞いて得心する。

 個々人の性格や相談内容によっては、対面で相談を持ち掛けることに抵抗を感じる人もいるはずだ。

 その点、メールフォームを利用すれば匿名性が保てるため、少なくとも対面よりは気軽に相談を持ち掛けることができる。

 

「まあ、一応部室の前にポストはあるけど、メールフォームの方が断然便利だしな。良いと思う」


 俺から上々の反応が返ってきたことで一応納得はしたのか、黒田は小さく頷いた。


「じゃあまあデザインはこれで良いとして……後は紹介文をどうしようかなあ」


 黒田は再びマウスを握り、ブログの一番上までスクロールした後に頭を抱える。

 画面に表示されている入力欄が、真っ白な状態だ。


「紹介文って……ブログを開設したことの発表や、同好会の活動コンセプト、後はメールフォームのリンクの案内辺りを書けば良いんじゃ?」


「そうなんだけどさ……ブログのデザインは地味だし、せめて紹介文ぐらいはオリジナリティを出したいっていうか、少しはインパクトを残したいんだよねえ……」


「そういうもんか……」


 無難なことを書けば良いと思うのだが、それでは同好会の創設者様は不満らしい。

 

「だったら、紹介文の中に流行りのフレーズ何かを散りばめてみたらどうだ? お笑いとか漫画とかで、そういうのあるだろ? いわゆる流行語ってやつ」


「おー、なるほど……。まさに流行に敏感であろう若人をターゲットにしているわけだし、ちょうど良いかもしれないね」


 若人、というワードチョイスがすでに若干ババくさいのだが、果たして大丈夫なのだろうか。


「手伝おうか?」


「良いよ。私がやってみる。童には推敲をお願いしたい」


「承知」


 黒田のノロノロタイピングを見ていると手伝ってあげたい欲が溢れてしまうため、俺は机に突っ伏して軽く仮眠を取ることにした。

 それから二十分ほど経っただろうか。


「できたー!」


 黒田が歓喜の声を上げたため、夢と現実を行き来していた俺の意識が完全に覚醒した。


「お疲れ、早速だけど読んでもいいか?」


「ぜひお願いします」


 黒田は手首を回しながら席を立ち、反対側の椅子に座る。それから全体重をかけんとばかりに、背もたれに目一杯寄り掛かった。

 相当疲れたらしい。あのキーボード捌きで二十分間もタイピング操作をしたら、そりゃあ疲労の色が濃くなるのも無理はない。

 今後もパソコンで作業する機会は増えるはずだ。今度、彼女にタイピングの基本操作を教えてあげた方が良いかもしれない。

 閑話休題。

 ひとまずはブログの紹介文の推敲が優先である。

 と言っても黒田が作成したものだ。それなりの文章が出来上がってると思って良いだろう。

 

 ―――一応、誤字脱字の有無を意識しつつ、読んでみるか。


 そんな心積もりで、俺はパソコンに表示されている文章に目を通した。


『こんにちは! お悩み相談会です!  

 早速ですがみなさん。日常生活を送るうえで、お悩みを持っている方はいませんか?

 もしお悩みを抱えている方がいらっしゃいましたら、

 ぜひ私たちにお任せください。

 そのお悩み、私たちが解決しようじゃあ~りませんか! 

 チョベリバなクラスメイトが嫌がらせをしてきたら倍返しだ! 

 セクハラをしてくる変態教師がいたら駆逐してやる!

 勉強や部活がうまくいかないときはマジ卍!

 そんな要領で、私たちが皆さまのお悩み解決をするんだっちゅーの♡

 ……思えばこの同好会を設立するうえで、様々なすったもんだがありました。

 それでも、私たちにはそんなの関係ねぇ!

 お悩み相談会を設立するなら今でしょ! 

 そう先生方に訴え、同好会の設立に至りました。チョー気持ちいい‼

 しかしながら現状、相談の依頼が一件もないため、

 まともに活動できていないのです…………てへぺろ☆

 というわけで、同情するならページ下部のリンクよりメールフォームにアクセスしてお悩み相談をくれー!

 以上、今後とも『お悩み相談会』を夜露死苦‼』


「…………何だこれは」


 あまりに酷い乱文っぷりに、思わず溜め息が漏れ出る。

 それを感嘆の溜め息だと誤解したのか、黒田は得意げな顔で俺に尋ねてきた。


「どう? さっきの童の意見を参考に書いてみたんだけど」


「何でそれで昔の流行語が入ってくるんだよ。リアルタイムで流行ってるフレーズじゃないと意味ないだろ」


「そっかー……。とりあえず流行語と聞いて思いついたフレーズを片っ端から入れてみたんだけど……」


「なぜそれで各世代の流行語が集結することになるんだ……。お前は数十年単位でタイムトラベルでもしてるのか?」


 かくいう自分も、ネットサーフィン等で流行語やインターネットスラングを目にする機会は多かったので、黒田の書いた文章の内容は一通り理解できてしまうのだが……。

 それは俺が例外的なだけであって、通常の学生にとってはちんぷんかんぷんになるであろうフレーズが多数盛り込まれていた。ネタというのは通じないと意味がない。


「黒田、書き直しだ」


 そう告げると黒田はぐったりとした表情を浮かべ、まるで陸に打ち上げられたセイウチのように机に突っ伏した。


「童……あとよろしく」


「おい」


 すっかり投げやりになっていた。

 俺に指摘を受けて拗ねた……わけではなく、文章を考える&不慣れなタイピング操作のダブルパンチを受けて、だいぶ疲労したのだろう。


「まあ別に良いが……じゃあ俺が適当に書くぞ」


「……うい」


 返事をするのも億劫だと言わんばかりである。

 それでも確かに黒田から承諾は得たので、俺はキーボードのバックスペースキーを押下し、彼女が作成した怪文を容赦なく全消去。

 そしてオリジナリティもインパクトも皆無な当たり障りのない紹介文を作成。俺とて、いちいち文章を考えるのは面倒くさかった。

 それから黒田に推敲してもらい、渋々といった形ではあるが了承を得られたため、俺はその紹介文をアップロードした。

 こうして、お悩み相談同好会のブログは、無事開設されたのだった。

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