第49話 グレズリーの最期

「おい、そいつから離れろ」


「…………」


 グレズリーはセリスが死んでいることを確認したいのか、俺に彼女から離れるように指示する。

 俺は素直に奴に従い、距離を置き、ミューズの隣に立つ。


「フェイトさん! なんで……なんで殺しちゃったんですか! セリスさんは大事な仲間だったはずです! なのに……なのに」


「大事な仲間だったから、俺の考えていることを分かってくれたんだ、セリスは」


 ミューズは泣きながら俺を睨む。

 だが俺は彼女の視線を無視するように、グレズリーから目を逸らさない。


 グレズリーは落ちている【神器】を遠くへ蹴り飛ばす。

 もし辛うじて生きていたら……そう考えているのだと思う。 

 念には念をというやつだ。


 セリスの体はグレズリーの足元でピクリとも動かない。

 彼女の頑丈な鎧の胸には剣が突き刺さっている。

 それを見てグレズリーは再び笑い出した。


「本当に死んでるじゃねえか! まさか殺しちまうんて考えもしなかったぜ!」


「そう命じたのはお前だろ?」


「命じたのは確かに俺だ。でも、やったのはお前だ!」


 不快な笑い声がこだまする。

 状況に町の人たちは顔を真っ青にし、身動きを取れないでいた。


「ほら。約束だ。その子たちを離せ」


 グレズリーは俺の言葉に噴き出し、腹を抱えて笑う。


「離すわけねえだろ! こいつらは道連れだ! 俺と一緒に死ぬんだよ!」


「お前……約束が違うだろ」


「約束なんて破るためにあるんだよ! てめえらの屈辱に満ちた顔が見たいだけだよ、こっちは」


「……こっちは迷ったんだぜ。大いに迷った。仲間を殺すか、その子たちを助けるか。そして俺は判断した……なのにお前は」


「だからなんだ? 嘘を見抜けねえてめえが悪いんだろ。これから一生、仲間を殺したことを後悔して生きるんだな」


「なら、お前は後悔したまま死んでいけ」


「な――」


 死んだはずのセリスの声。

 それと同時にナイフを持つグレズリーの指が三本、斬り落とされる。


「てめえ、生きて――」


「フェイトが私を殺すわけないだろ」


 セリスは素早い動きで立ち上がり、女の子を捕まえている腕に短剣を突き刺す。

 痛みに彼女たちを解放するグレズリー。

 

「走れ!」


 俺の叫びに、女の子たちは全力で走る。

 そして俺の後ろまで移動し、大声で泣き出す。


「怖かったな。でももう大丈夫だ。後はあのお姉ちゃんが解決してくれる」


「……フェイトさん?」


「ん?」


 ポカンとしているミューズとメリッサ。

 何故セリスが生きているのか理解できていないようだ。


「ああ、あれは人の傷を癒す武器なんだよ」


「き、傷を癒す武器? そんな物あるの……?」


「ああ。以前、セリスにはあれを見せたことがある。そしてセリスは俺の作戦に気づいてくれたってわけだ。名付けて、死んだフリ作戦!」


「……カッコ悪い名前」


 ま、名前なんてどうでもいいんですけどね。

 そう、セリスを貫いた剣は、『癒しの剣ヒールソード』。

 殺傷能力は無く、逆に回復効果のある武器だ。

 

 それを心臓に刺し、グレズリーはセリスが死んだと思っていたわけだが……

 残念。死んでなんていなかったのさ。


「てめえら……俺を騙しやがったな!」


「貴様に言われたくないな。約束を簡単にやぶるような男に」


 セリスの胸から『癒しの剣ヒールソード』が消滅する。

 そして『銀の短剣』を手に奴に接近していき、奴の体に切り傷を付けていく。


「忘れていないぞ……あの時貴様に切り刻まれた痛みを。親の死を、村の皆の死を!」


「!?」


 グレゴリーが突如バランスを崩し、膝をつく。


「な……なんだ……血が止まらねえ……なんでこんなに出血してるんだ?」


「これはフェイトが【出血】の【付与】をしてくれた短剣だ。通常よりも出血の量が多くなる。お前、ゆっくり死んでいく様子が好きだったな」


「う……うう……」


 体内の血が足りないのか、グレズリーはとうとうその場に倒れてしまう。

 血の気が引き、青く染まる顔。

 セリスはそんなグレズリーを見下ろしながら言う。


「お前の好きな死がゆっくりやって来たぞ。最期は自分の死を愉しむんだな」


「…………」


 ゆっくりゆっくりと、グレズリーに死が近づいてくる。

 出血は依然として止まらず、確実に命の火は消えようとしていた。

 そしてとうとう生命の活動が止まり、口をポカンと開けたまま終わりを告げる。


「……父さん、母さん」


 グレズリーの死体を視認していたセリスは、膝をついて肩を震わせる。

 短剣を落とし、地面に手をつき、鼻をすする音が響く。


「復讐は果たした……でも、誰も帰って来ない。誰も救われない……悲しいな。長年の恨みを晴らしたというのに悲しいよ」


「セリス……」


 俺は彼女の肩に手を置く。


「これで皆の魂は穏やかになれると思う。だから、それでいいじゃないか」


「フェイト……ありがとう」


 その時、洞窟内が激しく揺れた。

 突然のことに町の人たちが悲鳴を上げ、パニック状態に陥る。


「揺れている……まさか、崩れるのか?」


「こいつ、最後にこんな罠を仕掛けていたのか……」


「どちらにしても、私たちは殺すつもりだったってわけね」


 俺は町の人たちに大声で叫ぶ。


「逃げるぞ! 洞窟が崩れる前に外に出るんだ!」


 必死に走り出す町の人たち。

 俺たちも全力で駆け出し、洞窟の入り口を目指した。

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