第48話 フェイト、あるいはセリスの死
「悪党というのは、何故こうも人質が好きなのだろうな」
「私の時もそうでしたもんね……」
「何? なんの話? なんの話してるの?」
「……終わってから全部話すよ」
グレズリーを囲むようにし、四人で奴を睨む。
だがグレズリーはこちらに対して怯える様子も戸惑う様子も見せず、ただニヤニヤと笑うのみ。
そんなに余裕なのかよ、お前は。
「もしかして、俺たちに勝てるつもりでいるのか?」
「まさか。俺はクローズはおろか、リズベットよりも弱い。どう転んでも俺の勝ちはあり得ないだろうさ」
「……だったらなんだよ、その余裕は」
「余裕に見えるか? ただ諦めがついてるだけさ。これまで何度も死線を潜り抜けてきた。今置かれている状況がどれだけ絶望的なのかも理解している」
「なら、逃げればよかっただろ。そうすればまだ生きていける可能性もあったろうに」
グレズリーは大笑いし、そして強気な口調で続ける。
「たとえ子供がどんな奴でも可愛いもんだ。リズベットにしてもクローズにしても、俺から見りゃそりゃ可愛い可愛い子供たちだったんだよ。その子供を殺したお前らに少しぐらい苦汁を飲ませてやれりゃ、こっちとしてはそれで大満足。そう、これはただの復讐兼嫌がらせさ」
「あれだけ悪名高い悪党が嫌がらせとはな……こんなのに親が殺されたと思うと泣けてくるよ」
「おお泣け泣け! そして親を殺され、さらには最後に嫌がらせを食らったと後世に伝えてくれや」
「お前の名前など今度出すものか。貴様はここで死に、その記憶も世界から消え去っていくのさ」
セリスは剣を構え、いつでも奴に飛び込める準備をする。
しかしグレズリーは、太い腕の中にいる三人の娘の顔をセリスに向け、ナイフを彼女たちの顔の前でちらつかせた。
「三人同時に殺すぐらいわけはねえ。一人は顔面にナイフをぶっ刺し、一人は首を絞め、一人は噛み千切ってやる。それでいいならさっさと俺をやるんだな」
「この……」
「がはは! そんな顔を見るのが俺の趣味だ。ゆっくり殺すのもいいが、そうしてこちらに手出しできない、セイギノミカタを眺めるのもまたいいよなぁ!」
俺も奴に接近しようと隙を伺うが……どうもその瞬間は訪れそうにない。
捕まっているのがミューズのように力がある者なら良かったが、彼女たちはただの人。
力もごくごく平凡な物しかないであろう。
そうなれば、打開するには俺たちの力しかないというわけだ。
どうする……考えろ、どうする……
「ほおら、殺し合いを楽しませてくれるか、こいつら見殺しにするか。どちらか一つを選べ。ちなみに俺は約束は守る男だぜ。仲間のうち一人を殺せばこいつらを解放してやる。それだけで俺は満足だからな」
「…………」
俺は大きくため息をつき、そして『
「……本当だな?」
「フェイト!?」
「フェイトさん!?」
メリッサとミューズが驚愕の声を上げる。
セリスも一瞬硬直したような態度を見せ、そして睨むようにこちらを見た。
俺は新たに【複製】した剣を手にし、そしてそのセリスと対峙する。
「三人を助けるために一人を犠牲にする。論理的に考えたらそれが正解だろ?」
「倫理的にはそんなこと許せないでしょ! 何言ってるの、フェイト! あんたのこと、見損なったわよ!」
正義感の強いメリッサは、当然のように俺に対して怒りの声を上げる。
しかし俺はメリッサを無視し、セリスを見据えるばかり。
彼女も俺の思考を理解したのか、大きく頷いた。
「……分かった。だが死ぬのは私じゃない。お前だ、フェイト」
「セリスさん……フェイトさん……やめて下さい!」
「ミューズ。仕方ないんだよ。こうするしかないんだ……俺かセリス、どちらかが死ねば三人を助けることができる。それでいいんだよ」
「よくありません! 私はこれからもお二人のお世話をしていきたいんですから!」
「なら、諦めてくれ。俺たちのどちらかここで終わりだ。グレズリー、もう一度聞く。約束は守ってくれるんだな?」
「ああ、いいぜ。約束してやるよ」
グレズリーに一度頷き、俺は体勢を低くし剣を構える。
それを迎え撃つため、セリスがドッシリと腰を低くして身構えた。
「恨みっこなしな、セリス」
「いいや、死んだら恨んでやる。それぐらいは構わないだろ?」
「そうだな……お前の死を背負うぐらいのことはしないといけないよな」
「背負うのは私かもしれんぞ?」
俺は短く笑い、そして表情を引き締め一気に加速する。
「フェイトさん! セリスさん!」
それは一瞬のこと。
セリスは剣を上段に振り上げ、渾身の力を込めたように見えた。
だがそれよりも迅く、俺は剣を突き出す。
「あ……あああっ!」
ミューズの泣き叫ぶ声。
メリッサの肩が怒りに震える。
俺の突き出した剣は――セリスの胸を貫いた。
深く、深く、彼女の心臓に突き刺さる剣。
剣を手放すと、セリスは音を立てて崩れ落ちる。
【神器】が手元から離れ、金属音が洞窟内に響き渡った。
「へ……へへへ。本当にやりやがった」
「そういう約束だろ。殺せばその子たちを解放するってさ」
「当然、約束は守ってやる。俺は紳士だからな」
グレズリーはとてつもなく嬉しそうだった。
仲間を殺したことを。
自分の思い通りに事が運んだことを。
心の底から愉しんでいた。
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