30.リラン
2021年 03月06日 23時00分 投稿
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これは、ゲーム好きの僕が体験した、奇妙でなんとなく怖い話だ。
僕はいわゆる乙メンで、裁縫とか料理とか、男子にはちょっと珍しい趣味がある。多分、うちが母子家庭で幼い頃から家事をしていたから、そういうのが好きになったんだと思う。今は高校に通いながら、家では家事をこなしているスーパー高校生だ。僕の場合、スーパーは食料品店の方のスーパーだと思うけど。
家庭の経済事情もあって、僕は私立の高校に行けなかった。なるべく家に近い公立高校に入学したけれど、近いといっても電車で30分かかる。その30分に、僕はスマホゲームをするようになった。
ゲームといっても、よく見かける戦闘系とかパズル系じゃなくて、女性向けの育成ゲームだ。アプリを開くとそこは小さな島で、リランと呼ばれるキャラクターたちが過ごしている。実はこのリランたち、デザインやモーションがかわいいのだ。ゆるふわ系でちょこちょこ動くし、表情もコロコロ変わって見ているだけでも飽きない。ミニゲームも充実しているし、長く遊べて無課金でも楽しめる。学生の僕には嬉しいゲームだ。
プレイヤーはリランに衣食住を提供して養う。リランたちは自由人で、放っておくとたいていは遊んでいる。昼間なら釣りや縄跳びや鬼ごっこをして、夜にこっそりテントを覗くとトランプゲームをしていたこともある。ただ歩き回るだけじゃない、まるで生きているかのような生活感もこのゲームの魅力の一つだ。
でも、僕がハマった理由はそれじゃない。このゲームはとにかく、リランたちの「なにもできない感」がすごいのだ。料理洗濯掃除、リランたちは何一つできない。お風呂だって僕が入れないと汚いままだ。髪もとかさなければボサボサになる。僕がいなかったらどうするんだろうと心配になるほど、リランたちはなにもできないのだ。
僕はゲームを始めてすぐにリランたちが好きになった。僕がいなければ彼らは生きていけない、依存されてるような感覚も嫌いじゃなかった。あっという間にゲームに夢中になった。登下校の30分、毎日その育成ゲームをして過ごしていた。
けれど、その日は違った。その日アプリを開くまで、僕は1週間もスマホを見ていなかった。僕にとって伯父にあたる、母のお兄さんが亡くなったのだ。棺の前で声をあげて泣く母は、見ていられないほど痛ましかった。僕も、その伯父さんには小さい頃からお世話になっていて、よく釣りに連れて行ってもらっていた。伯父さんの死を悼むために、伯父さんの遺物整理のために、そして悲しみに暮れたままの母に付き添うために、僕は1週間学校を休んだ。その間、一度もスマホを見なかった。
1週間後、母もなんとか元の明るさを取り戻し、僕はひさびさに制服の袖に腕を通した。電車に乗って、いつものようにあの育成ゲームアプリを開いた。無人島にはいつものようにリランたちがいて、彼らの生活を送っていた。食事を保存できる「作りだめ倉庫」に多めにご飯を入れておいたから、それを食べて過ごしたのだろう。元気そうでよかった。そう思って、僕はまた島のキャラたちが自由に動くのを眺めていた。
不意に、一人の男の子が黄色いラッパを取り出した。釣りが好きな、明るい性格の男の子。黄色いラッパは、見たことのないものだった。僕が作ってあげた記憶もない。この1週間のうちにアップデートがあったのだろうと思い、僕はそのまま様子を見ていた。後で確認したところ、この1週間には小さなアップデートも何もなかった。
彼は黄色いラッパを口にあてがった。そして勢いよく吹いた。
「ピーーー」
マナーモードにしていたはずが、スマホからホイッスルのような音が鳴った。僕は慌てて音量ボタンを押したけれど、音は鳴り止まない。キャラクターをタップしても、スマホは反応せず。ロックボタンを押しても反応はなかった。
焦る僕とは裏腹に、スマホではキャラクターたちがのんきに動いていた。ラッパの音に招かれたかのように、島中から全てのリランが集まってきた。一列に整列して、ラッパを持った彼を先頭に行進する。規則正しく歩く様子は、今まで僕が見てきた生活感あふれる育成ゲームの雰囲気とは全く異なるものだった。
僕は電車を降りた。何をやっても音は鳴り止まない。それどころかだんだん大きくなっているような気さえした。無駄だと分かっていても、何度も画面をタップした。彼らはどこかへ一直線に向かっていた。
彼らの目的地は、崖だった。彼らは一歩一歩そこに近づいていた。顔には誰もが微笑みを讃えていた。狂気的な光景だった。スッと背筋が寒くなった。
汗をかいた指で何度もタップする。止まれ、止まれと願っても、どうしようもなかった。ラッパを吹き鳴らしたまま、一行は笑顔で崖に近づいていった。一歩一歩、進むごとに崖が近づいていく。先頭の彼が一歩、踏み外して崖下へ消えていった。後ろにいたキャラクターたちも、彼に続いて前に進んだ。リランたちが消えてゆく。波に砕けて消えてゆく。最後の一人が飛び降りた。島には誰もいなくなった。甲高く鳴り響いていた、ラッパの音が鳴り止んだ。
僕はその日にアプリを消した。他の育成ゲームをする気にもならなかった。数日経って、ようやくそのゲームについて調べてみたが、僕は何を勘違いしていたのだろうか。そのゲームは、無実の罪で島流しになった罪人たちを管理する、悪役看守のシュミレーションゲームだった。
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