28.白髪嫗

2020年 10月13日 19時53分 投稿

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 白髪のおばあさんが、優先座席の真ん中あたりにちょこんと座って、背中を丸めて座っている。左右には脚を組んだ4、50台らしきサラリーマンが呆けた顔してゲームをするのが一匹、もう一匹は60くらいだろうか、大人しそうな見た目で股を開いて座り、眠りこけるおじいさんがいる。会社帰りの人の乗る電車には、結構な量の学生も乗るものだ。白髪のおばあさんは背中を丸めて縮こまって座り、スマートフォンを左手に持って、右手の人差し指でつっついて回った。現代のおばあさんとしては妥当な姿なのかもしれない。

 礼儀正しく乗ってきた学生も、ずっと礼儀正しくしているわけでもなく、特に中学生らしい男の子たちは騒ぎ出すものと相場は決まっていて、その声の大きさや腕を振り回す様子に影響されたか、おばあさんはスマホを片付けて、きちんと前を向いて座った。両手は膝の上にそろえ、時々眼鏡などをくいと上げて、ゴーッと鳴る電車に揺られている。

 中学生は、だんだん調子に乗りだした。声も大きく騒ぎ立てれば、腕を振り回して仲間の一人を殴る真似をする。振り下ろされた拳を避けた男の子は、すっ転んで女性にドンとぶつかった。女性はバランスを崩して横の男性にもたれかかり、役得な男性は片手に女性を押し返して、自分は電車の床へと勢いよく倒れた。

 ズドン

 ひどく痛ましい音に、女性はすぐさま転けた男性の側によって声をかけ、ごめんなさいと言う。電車には突如ブレーキがかかる。中学生たちはおりようとする。

 そうは問屋が下さない、とばかりに、白髪の嫗はスタコラサッサと逃げる中学生たちの後を追って、ものすごい速さで電車を降りた。そのまま男の子のシャツの襟を掴んだ形相は、白髪頭を逆立てて鬼婆のような形相であった。そして男子どもを乱暴に引き倒して、鈍い音がして、電車内から野次馬や正義漢が婆を追って電車を降りて……と、このあたりまでは、電車内にいた女性からもよく見えていた。しかし、野次馬に覆われた白髪の婆が見えづらくなったと思えば電車は閉まり、また動き出した。窓の外には野次馬ばかり、白髪の婆も男子中学生の姿も見えなくなり、数秒の後、女性が聞いたのは大勢の──男性も女性も老いも若いも入り混じった、大勢の大きな悲鳴であった。

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