26.魔女の住む町

2020年 10月07日 20時00分 投稿

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 昔々、もしくはずっと遠くのある町に、一人の女の子がいました。少女は早くに母を亡くしていましたが、一人楽しく暮らしていました。生前の母は少女にたくさんの生きる術(すべ)を教えていましたし、また少女も明るく利口な子でしたから、母を亡くした後も暮らしに困ることはなかったのです。

 その日の朝も、少女は市場いちばに行っていました。市場は今日も活気が良く、人で溢れかえっています。少女は腕にカゴを提げて、果物屋へ向かっていました。帰ったら美味しいりんごパイを作ろう、そう思って歩いていると、ふとある絵本を見つけました。表紙に青いローブの魔女の絵が描かれた、この国では有名な絵本です。かつて少女はお母さんに、この絵本の読み聞かせをしてもらっていました。青いローブの魔女に憧れたのも、少女には懐かしい思い出でした。

 けれども、利口な少女はその絵本を買うこともなく、まっすぐ果物屋へ向かいました。店先には快活な笑顔のやさしそうなおばさんが立っていました。

「おや、別嬪なお嬢ちゃんだね。一人かい?お母さんは?」

 と聞くので、少女は、

「そんな歳じゃありませんよ。私、17なんです」

と笑いながら、りんごを3つ買いました。

「17なんて、まだまだ子供じゃないの。最近はあの老いた魔女の噂もよく聞くからね。……そうだ、魔除けにりんご一個おまけしてあげよう。枕の横に置いておきな」

「どうして枕の横に置くの?」

 少女が尋ねると、おばさんは当たり前のように答えます。

「老いた魔女はりんごが何より好きだからさ。うちのは特別熟れたりんごだから、お嬢ちゃんの身代わりになってくれるはずだよ」

 どうやら魔女は、眠っている子供を連れ去ることがあるようです。少女はりんごのお礼を丁寧に言って、そのまままっすぐ家に帰りました。

 扉を開けると、家の中は真っ暗でした。少女は扉に鍵をかけて、りんごが4つ入ったカゴをキッチンに置き、それから、青いローブを羽織りました。

「光」

 つぶやくと、少女の指から光の球が出て、ランプに入って部屋中を照らしました。魔女の娘は満足げに微笑み、好物のりんごパイを作りにかかるのでした。

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