25.鈴蘭

2020年 10月03日 20時00分 投稿

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 優花が最後に選んだのは、赤毛の彼でも桃色髪の友達でも紫の先輩でも、ましてや金髪の神様でもなく、ただの寡黙な青年だった。

 緑の長い髪をざっくりと一つにまとめて、いつも静かで大人しくしている青年は、優花が困った時気づけばすぐそばにいて、なんでも優しく教えてくれた。女の優花が男ばかりの宿の奉公人の一人になると決まった時も、ただひとり嫌な顔をせず、宿を案内してくれた。

 優花は寡黙で、無表情で、でも誰よりも優しい彼のことを気づけば好きになってしまっていた。だから、他の誰に愛を打ち明けられても、決して首を縦に振ることはなかった。まさに恋する乙女だった。他の誰でもない、彼との恋を成就させたい。

 ──そう思って、とうとうその夜、鈴蘭の咲き誇る庭に彼を呼んだのだ。

「す、好きです!大好きです!」

 優花は恥ずかしさのあまり、俯いたまま叫んだ。とてもとても恥ずかしくて、顔が上げられたものではなかった。返事が聞こえるまでの数秒の間に、何度心臓のドキドキが聴こえたか、わからないほど一生懸命だった。

 永遠のような時間が過ぎた。

「……はは、ははは、あははははは」

 急に笑い声が聞こえた。きょとんとして優花が顔を上げると、彼は普段淡白な顔に満面の笑みを讃えて、心の底からおかしそうに、お腹を抱えて笑っていた。

「ははは、ふふ、あははははははは」

「……どうしたの?」

「はは……ほんと、馬鹿みたい、こんな簡単に騙されるなんて、もうホントおかしい…あはは、ふふ、ふふふふふ」

 徐々にその笑いは、クスクスとした、女性らしい笑い方へと変わっていった。

 優花はようやく気づいた。この人は、いや、このひとは、初めから全部嘘だったのだ。性別も性格も、今までの優しさも、何もかもが嘘だったのだ。

 愕然として、優花はどうしてと呟いた。彼女は見知った顔に知らない笑みを浮かべていた。

「だって、あなたが嫌いだから」

 美しいもの、艶やかなもの、控えめなもの、どんなものでも見えないところに隠されたなにかがある。呆然と立ち尽くす少女の素足を、くすぐるように鈴蘭が撫でた。

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