23.曲がった話

2020年 10月02日 18時56分 投稿

よくわからないものを書いてしまいました。

———————————————



 アッと叫んだ。突起を掴んだ。曲がってしまった。

 端的に言えばこれだけのことである。運が悪かったとしか言いようがない。今から出かけるというときに、戸に鍵をかけてすぐ、私は壁にひっついたバッタに驚いて転んだ。何かモノにつかまらなければ転ける、そう思って咄嗟に掴んだのが、差しっぱなしの鍵だったのである。

 アッと叫んで鍵を掴んだら、おそらく丈夫な鉄製であろうに、鍵はぐにゃりと曲がってしまった。しかも、半分鍵穴から出た状態で、だ。これでは使い物にならない。今夜はまあどうにか鍵屋に頼んで開けてもいい。しかしこの鍵は、私のじゃなく、恋人のものだ。勝手に新たに合鍵を作るのはどうかと思うが、その彼女というのは、今、南米のあたりを旅行中である。まず電波が繋がらない。

 どうしたものか。私はその場で途方に暮れた。恥ずかしながら、私は彼女の家に恋人として居候中の身なので、自分の家というのはない。実家に頼ろうにも、実家は山奥の田舎だ。どうやって助けを呼ぶというのだ。

 仕方がないので、今から行く予定だった散歩を取りやめにして、L字に曲がって扉にささったままの鍵を引き抜いた。幸い、側面のギザギザのところが潰れているわけではなさそうだ。

 じーっと見てはひっくり返したり、鍵穴を覗いてみたりとしばらくしていたが、ふと、思いついて鍵の両端を持って、曲げてみた。

 ぐにゃり

 びっくりしてワッと声をあげそうになったのは仕方がないと思う。鍵は異様に柔らかく、型紙のようにあっさりと曲がった。

 これは、おかしい。

 しかしチャンスだと思った。もしもこうも簡単に曲がるなら、まっすぐ伸ばせば鍵として使えるようになるはずだ。

 私は鍵を壁の平なところに押しつけて、浮き上がったところを手のひらで押した。

 鍵はまっすぐになった。が、まさかの、そのまま潰れて薄べったくなった。

 これには私も閉口した。もうどうしようもなかった。私は鍵の残骸を財布に入れて、諦めて散歩に出た。

 結局、鍵は鍵屋に頼んで合鍵を作ってもらった。新しい鍵も曲げてはみたが、やはり、あのように曲がることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る