21.路銀

2020年 09月30日 20時55分 投稿


彼から最後に電話がかかってきたのは11月。路銀をせびられた。


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 彼から電話がかかってきたのは、秋も終わりの11月、枯葉を踏んで家路を歩いていた夕方のことであった。スマートフォンの画面上の名前を見て呆れたけれど、しかし切ってもまたかけ直してくることは目に見えていたので、私は渋々電話を取った。

 開口一番彼はこう言った。

「ごめん、金が欲しい」

 予想した通りの内容だ。私はぶっきらぼうに訊いた。

「いくら」

「19,805円」

 ざっと二万円、というのは私たち大学生にとって、けっこう大きい金額だと思う。

 私は道端に立ち止まって、数センチの溝に溜まった枯葉を踏み潰しながら、

「またあ?そろそろ割りのいいバイト先探すとか、何かしらしないとさぁ……」

「一応やってはいるんだよ。それに、俺ちゃんと返してるじゃん」

 金を借りる側の態度ではない気がするけど、借りたものをきちんと返す点においては彼を信用しているので、

「それはそうだけど……ていうか、そのキリの悪いお金は何に使うの?」

 と話を逸らした。

「路銀」

 彼はばっさり一言だけ言った。路銀といえば、あの、旅に使う金のことを言う路銀だろうか。どこに旅に行くのかと訊けば、土産はちゃんと渡すといって誤魔化された。

「とにかく、旅に行くのにそんだけ必要なんだ。必ず返すから、お願い!」

 そうやって押し切られて、私も半ば諦めていたのもあって、結局、また彼にお金を貸してしまった。

 しかし、一週間、二週間、三週間。彼に連絡しても、全く電話は繋がらなかった。そしてやっと繋がった四週間目に、電話に出たのは彼のお母さんだった。

「あのね……相馬は、昨日死にました」

 私は、愕然とした。あいつに限ってそんなこと、と思ったけれど、目を真っ赤にした彼のお母さんから彼が私宛に遺したというプレゼントボックスを受け取れば、私は彼の死を受け止めざるを得なかった。

 プレゼントボックスには19,800円のカメラ──私は写真を撮るのが好きだからだろう──がひとつと、手紙が一通添えられていた。手紙を読みながら、私は怒りと悲しみで手紙をどうしようもなくぐちゃぐちゃにしてしまった。手紙には私に感謝していたこと、お礼のつもりでカメラを、私が気を遣わないように私のお金で買ったことなどが彼らしい拙い言葉で、めちゃくちゃに書かれていた。それから、私が貸したお金に入っていた5円玉を、必ず返すと言ったのに返さなくてごめんと何度も謝った。5円玉は、紐を通して旅に持って行ったのだという。

 この時ようやく、私は彼の言った路銀の意味を知った。彼は自分の死を知っていた。死にゆく旅路に、彼はお守りが欲しかったのだ。

 手紙の最後は、こんな言葉で締め括られていた。

「すてきな路銀を持ったから、私は天国に行けそうです。」

 彼のお母さんから後で聞いた話によると、彼は5円玉一枚に紐を結えたのを、握りしめたまま眠ったらしい。彼が天国へ無事辿り着いたことを願って、私は今日もカメラのシャッターを切る。


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